感染症病棟〜新型コロナウイルスが変えたもの〜⑦
感染拡大
Aさんの感染から間も無くしてあっという間に感染が広がっていた。
連日のように新型コロナウイルスに関する報道があり、オリンピックの延期も発表されていた。
ナースステーションの休憩室で食事をしながらそのニュースを黙って見ていた。
感染を少しでも防ぐために黙食が徹底されていたのだ。
(こんな世界情勢じゃオリンピックが延期になるのも当然か…
なんか、暗いニュースばかりで気が沈むな…。)
そう思い、ニュースを見るのも辛くなっていた。
しかし、感染状況を把握するために
さまざまな媒体からの情報収集をせざるを得なかった。
感染症病棟は出勤する度に
1人…また1人とどんどん患者が増えていた。
Aさんの事例を受けて
患者の受け入れの際には最新の注意を払い
患者の個人情報保護にも配慮しながら
緊張状態の勤務が続いた。
そんな中
唯一ホッと休まるのは退勤時の車の中だった。
家に帰ってもすぐに風呂に入り、なるべく家族に接触しないように気を遣いながら過ごしていたため
周りに気を遣わない車の中が落ち着いたのだ。
ある日、ふと車を見ると
桜の花びらがフロントガラスに付いていた。
(花見も今年はできないだろう…。)
そう思いながら
その日は何となく山道を経由して自宅方面に向かっていた。
自宅に向かう途中に
定番の花見スポットがあった。
少しだけ寄り道してみると
僅かに花見客が居た。
その光景や桜の満開の様子を
駐車場で車の中から見ていた。
何かしらの緊張が解けたのか
目に涙が浮かんだ。
(来年は当たり前のように
みんなで花見ができますように…。)
そう祈りながら帰宅した。
その日から数週間後
政府から東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県を対象に、特別措置法に基づく緊急事態宣言が発表された。
テレビで緊急事態宣言下の街の様子が映し出され、人通りがほとんどない様子が報道されていた。
(スクランブル交差点に人が殆ど居ない…。
こんな光景初めて見たな…)
そう思いぼんやりとその映像を見ていた。
そして、7都府県の緊急事態宣言から数日後に
緊急事態宣言の対象地域は全国に拡大された。
止まらない感染拡大に
次第にスタッフも疲弊していた。
ある看護師がカルテを入力しながら
ポツリと呟いた。
「…世間では密を避けるためにテレワークが始まったんだってさ。
私たちもテレワーク出来たらいいのにね。
そんなの無理に決まってるけどね。」
その言葉を聞いていた別の看護師が
「……テレワークとは違うけど
ある程度自立した患者には
専用のタブレットかパソコンなんか渡して
中の状況をテレビ電話で確認したりできないかな…?
どうしてもナースコールじゃわからないこともあるし、
映像として確認できれば何度も入室することを避けられる可能性もあるし
患者からしても、売店で欲しいものとかあればこちらから映像を映し出すことで代わりに買い物だってできるんじゃないかな…?
家族は面会出来ないわけだし…。って…あれ?
なんか変なこと言ったかな?」
と提案した看護師は反応を伺うように周囲を見渡した。
思わず
「いや、それ結構いいんじゃないんですか?」と言い、周りも頷いた。
早速その意見は管理職に伝えられ、
僅かであるがタブレットの導入が開始された。
ちょっとした要件であれば
自立した患者はタブレットで対応できるようになった。
感染拡大していく状況に対して
出来る限り効率よく安全に行えるか
試行錯誤を繰り返す日々であった。
そして何とか感染のピークを乗り越えたのだった。
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