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【短編】色褪せることなき昭和の親友

親友とは友だちの中でも真の友だちのことをいいます。しかし、相手も自分のことをそのように思っているかどうかは分かりません。それを確かめる必要などないのです。自分が親友だと思っていれば、たとえ片想いでもそれでいいのです。
親友は自己肯定感を高めてくれる恋人に、どことなく似ています。そばにいるだけで落ち着く、親にも似ているのです。
たとえ子どもの頃の短なつき合いでも。もう二度と逢うことが叶わなくても。その親友への想いは、いつまでも色褪せることはありません。
そんな話です。

◇  ◇  ◇  ◇  

小学6年生のとき、横浜から転校生がやってきた。僕には彼がなんとなく大人びて見えた。それは都会の子どもだから、そう感じたのかもしれない。席は僕のすぐ後となった。

「僕は林っていうんだ。よろしくね。横浜から越してきたんだ?横浜って都会だよね?」
「えっ、、、うん」
少し戸惑ったような表情をみせて微笑んだ。
田舎者の僕は、憧れのような特別な思いを彼に抱いた。またその時、なぜか仲良くなれそうな気もしていた。
彼とは通学路が同じだったが、家が近所だと知ったのは、しばらく経ってからのことだった。
ある日のこと。彼が近所のアパートの2階へ上がるところを見かけて、思わず大きな声で叫んだ。
「武田君!」
「あっ!林君!?」と気まずそうに僕をみて言った。
そのアパートは、トタン屋根、外壁、階段、手摺りなどいたるところが錆びついていた。
彼が気まずそうな素振りを見せたのは、きっとこの赤く染まったボロアパートが住処だと知られて恥ずかしかったのだろう。
しかし、彼には悪いがそれが嬉しいような、とても親近感がわいた。うちも草臥れた平屋のボロ屋に住んでいたからだ。
それから僕たちが仲良くなるには、さほど時はかからなかった。
彼の家に初めて遊びに訪れたときのこと。ギシギシと軋む階段を上がり、錆びた鉄の匂いがツンと鼻についた。そして2階隅の彼の家へと入ると僕は興味深く辺りを見まわした。真っ先に目に飛び込んだのが、台所の流し台だった。汚れた食器が溢れんばかりに散乱していた。うちはボロ屋だったが、母はきれい好きだったので台所はいつもピカピカだった。僕にはそれがとても衝撃的だったのだ。またうちには、祖父がチャンネル権を握る中古のブラウン管テレビが1台あったが、この家にはそれがない。代わりにラジオが流れていた。そして二間ある奥の部屋には、3、4歳とみえる子が積み木の玩具でひとり遊んでいた。
「弟がいるんだ?2人兄弟なの?」
「そうだよ」
「僕も二人兄弟なんだよね」
「えっ!そうなんだ。弟?」
「いや。お兄ちゃん」
「お兄ちゃんがいていいな」と羨ましそうに言うと、振り向き一人で遊んでいる弟を優しい眼差しで見つめていた。
「今日はお父さんとお母さんはいないの?」と聞くと、一瞬表情がくもり母子家庭であることを教えてくれた。余計なことを聞いてしまったと思った。

六畳間の物がごちゃごちゃと置かれた狭い部屋に、日焼けして壁にもたれて立つ背の高い本棚が目についた。そこにはマンガが綺麗に順序よく整頓され並んでいた。それが少し異質なものに映っていた。そして、その中にコロコロコミックのマンガを見つけ、
「これ読んでいい?」
「いいよ!」
狭い部屋の隙間にふたりで横臥し、しばらく漫画を読んでいた。僕はここでしか読めないと思って、ひたすら何冊も一気に読んだ。ときに「あっはっはっ!」と僕が笑うと、彼は覗き込み「あっ!そこね!」と言った。笑うツボが同じだった。それからは、この六畳間はシーンと静まりかえり、無言の空間となっていた。僕たちには、無理に吐き出すことばなど必要なかった。それがとても心地よく思えた。
そして、漫画を読み終えると彼は言った。
「フレッシュソーダ飲む?」
「フレッシュソーダ?なにそれ!」初めて触れたことばだった。

それは粉末を水に溶かして飲むジュース。淡い緑の粉末をコップに入れて、水を注ぎ、箸でかき混ぜると泡が立った。それが僕にはとても異様なものに映っていた。
今までジュースはオレンジジュースか、りんごジュースしか飲んだことがなかった。恐る恐るコップに口を近づけて飲んでみると、シュワーと口の中で刺激を感じ、ほのかにメロンの香りがした。今まで味わったことのない感覚だった。なんか少し大人になったような気がした。
ここにくると、いつもそれを飲めることが僕のひとつの楽しみでもあった。

また彼は忙しいお母さんの代わりによく弟の面倒をみていた。学校帰りに一緒に弟を保育園まで迎えにいったことが何度もあった。今思えばヤングケアラーだったのだろう。
しかし、弟思いのほんとに優しいやつだった。弟も「お兄ちゃん!」と彼を慕っていた。
また弟は僕のことも「お兄ちゃん!」と呼んでくれた。それがとても嬉しくて可愛く思えた。

ある日のこと。彼の家へ遊びに行ったとき、宝物を見せてもらったことがあった。それは『SEIKO』と書かれた綺麗な四角い箱にそっと収まっていた。その宝物とはコカ・コーラのスーパーヨーヨーだった。

僕が欲しかったものだ。当時はヨーヨーブーム。真っ赤なジャケットを着たヨーヨーチャンピオンが街にきて、よくふたりで見にいった。その繰り出すスゴ技に興奮したことを今でも思い出す。
休日はキャチボール、メンコ、フリスビー、川泳ぎといろいろなことをして遊んだ。ふたりでいるときは、いつも知らない間に日が暮れていた。
また初めて家に遊びにきた友だちが彼だった。それはうちがボロ屋だったので、恥ずかしくて家に友だちを今まで誘ったことはなかった。しかし、彼も同じボロ屋に住んでいたので、臆することなく誘えたのだ。
初めて家にきた時のこと。僕と同じようにキョロキョロとして、家の隅々までしばらく観察していた。その様子に冷や冷やした。
そして「ここがお風呂か!」と浴槽を覗かれたとき「そこはダメ!」と言ったが、遅かった。恥ずかしいと思った。うちのお風呂場は狭くて汚い。浴槽も大人が体育座りのように膝を曲げ縮こまって、やっと入れるたらい風呂だ。床はゴツゴツとした冷たいコンクリートに、カビの生えたすのこ板が一枚。給湯器がないのでシャワーもない。浴槽に注ぐ水しか出ない蛇口が一つあるだけだ。
しかし、彼はこの狭くて汚いお風呂を「木の風呂はいいよね」と褒めてくれた。それが嬉しかった。彼は僕の気持ちをよく理解してくれていた。
そのたらい風呂を沸かすときは、いつも爆発するのではないかと、とても緊張した。浴槽下にある少し錆びたガスバーナーを手元に引き出し、大きなマッチ箱に無造作に入ったマッチ棒をひとつ取り出し、さっと擦って火をつける。火がついたら、火力を調整するレバーを素早く少し開け、むき出しになったバーナーの吹き出し口に、恐る恐る火を近づけると「ボワっ!」という音とともに勢いよく火が噴き出す。前髪を焼いたことがよくあった。それがいつも怖くて、何度やっても慣れることはなかった。
また給湯器がないから湯船のお湯で体を洗い流す。お風呂の順番は年功序列だ。僕はいつも一番最後。水面には垢や縮れた毛がたくさん浮いていた。それを桶ですくい捨ててから湯船につかる。お湯はお腹のあたりまでしか残っていない。しかし、それがいつもの日常だったので、汚いとか嫌だとか言ったことはなかった。今はスイッチひとつでお湯が出る。ほんとにありがたいことだ。

さて、彼が転校してきて半年が経った時のこと。
ホームルームで担任の先生が神妙な顔をして「武田君、前に来て下さい」と突然言った。彼は前に出るとなぜか申し訳なさそうに俯いた。先生も神妙な顔つきをしている。何か悪いことをしたのだと思って、固唾をのんで見守っていると、先生はみんなを見廻し、ひと呼吸おいてから言い放った。
「皆さん!急なことですが、武田君は親の仕事の都合で来週、横浜に戻ることになりました」と。
「えっ!」驚いた。そんなこと彼から何も聞いていない。
彼は俯いたまま「短い間だったけど、ありがとうございました」と覇気のない声で言うと、先生に促されてすぐに席に戻った。うしろが気になった。「なんで?どういうこと?」が頭の中を駆け巡り動揺した。そのあとの先生の話が全く入ってこなかった。
ホームルームが終わると、僕は後ろを振り向き「なんで今まで黙ってたんだよ!」と声を荒げて言った。
「、、、ごめん。きっと悲しむと思ったから、ずっと言えなったんだ、、」
返す言葉がみつからなかった。
「、、横浜に行くのはいつ?」
「、、15日」
「もうすぐじゃん!」
しばらく沈黙となり、僕は重い口を開いた。
「駅まで見送りに行くよ。何時の電車なの?」
「たしか2時頃だったと思う。けどその日は学校だよね?!」
「そんなのいいんだ。絶対に行くからね」
「、、うん。ありがとう!」と小さく呟いた。
あんなに暗い顔をした彼を初めてみた気がした。遣るせない思いでいっぱいになり悲しくなった。
大人の都合で犠牲になるのは、いつの時代でも子どもなのだ。
そして別れの日。歯医者にいくと偽って学校を早退した。校門まで最短の校庭を横切り、足早に駅に向かった。電車の時間にはまだ余裕があったが、ふと電車がもう出発してしまうような気に襲われ、駅まで3キロの道のりを全力で駆けた。休まず息を切らしながら、ひたすら走った。
すると、駅前の踏切が見えてくると、突然「カン、カン、カン」と胸に刺さるような音が鳴り響き、目の前で遮断機が降りた。
「まさかこの電車では?!」
下り列車の表示ランプをみてホッとした。
不安を拭い無人駅のホームに着くと、彼はベンチにポツンと腰掛けていた。
「間に合った!良かった!」
彼は僕に気づくと満面の笑顔を見せて
「本当に来てくれたんだね」と手を振った。
僕は息を切らして、腰を屈め両手を膝におき
「はぁっーはぁー、当たり前だろ!」と苦しく吐き出した。
すると、隣のベンチに弟と座っていたお母さんが「林君、今までありがとうね。せっかく仲良くなれたのにね」と言った。
お母さんを今まであまり見たことがなかった。香水のいい香りがした。化粧をして着飾った綺麗なお母さんを見て、うちのお母さんとは大違いだと羨ましく思った。
弟が「お兄ちゃん!」と叫び、無邪気な笑顔をみせて懐に飛び込んできた。
僕は膝をついて、ぎゅっ!と力いっぱいに抱きしめた。この愛くるしい弟とも、今日でお別れかと思うと泣きそうになった。その愛くるしい顔に思いっきり頬を擦りつけると、くすぐったいと笑った。これが僕との最後の別れになるということも知らずに、、、
そして、ホームに到着電車のアナウンスが響きわたった。いよいよ彼との別れの時がきた。すると彼は、肩にかけた大きなスポーツバックを下ろし、その中に手をつっこみ、急いだ様子でゴゾゴゾと何かを探しはじめた。お目当ての物を取り出すと、ニコッとして言った。
「これをあげるよ」
それは時計の箱に入ったあの宝物だった。
「これはもらえないよ。大事なものだろ?」
「いいんだよ。もらってくれ!」といって僕の両手に握らせた。
「、、ありがとう」と小さな声で僕は返すと、宝物を握るその両手にすうっと、ひと粒の涙が零れ落ちた。少し恥ずかしく思い涙を拭うと、アナウンスとともに、線路の向こうから別れの電車がぼんやりと見えてきた。僕たちしかいない静かなホームにその車両が横たわると、彼は乗り込みドアのそばにつと立った。
向かいあい「、、、、」お互い最後の言葉がみつからない。
「ドアが閉まります」とのアナウンスがなり響くと、僕は「元気でね!」と呟いた。彼も「元気でね!」と微笑み、その瞳には今にも溢れそうな涙がいっぱいたまっているのが分かった。僕は宝箱を両手でしっかりと握りしめたまま、じっと彼を見つめていた。
「プッシュー」とドアが閉まるとその瞬間、彼は背を向け座席に腰掛けた。そしてゆっくりと電車が動き出した。その動きに合わせて、僕はホームで並走した。お母さんと弟が窓越しから手を振っている。お母さんは彼になにか声をかけたが、聞き取ることはできなかった。弟は無邪気に笑って最後までずっと手を振っていた。
しかし、彼だけは背を向けたまま俯き、こちらを振り向くことはなかった。
たぶん泣いていたのだろう。その姿を僕に見せたくなくて。弱みを見せない強いやつだったから。
霞む車両が、やがて陽炎に吸い込まれ消えていった。同時に彼はもういないという寂しさが押し寄せ、今まで感じたことのない胸の痛みにかられ、その場で泣き崩れた。
それから、誰もいないホームにしばらく佇み、真っすぐに伸びる線路を眺めていた。この路はきっと彼に繋がっているのだ。いつか必ず会えるときがくると自らを慰めた。
悲しみの余韻のなか、改札の方から数人の男子高校生がワイワイと楽しそうに話しながら、ホームに入ってきた。僕はそれを羨ましく思いながら、彼を失ったつらい現実をひとり必死に受け止めようとしていた。

高校生のとき、電車で友だちと横浜へ遊びに行き、彼がいる街はそんなに遠くではないということが分かった。
あの別れからもう半世紀近くも時が過ぎてしまった。あのとき真っすぐな線路を眺めて、いつかまた会えるときがくると信じた想いも、大人になっていつのまにか消え失せていた。
けど今でも電車に乗り横浜駅に停車すると、車内になだれ込む人混みの中に、もしかしたら彼がいるのでは?などと思ったりする。かりに運命の悪戯で隣に座ったとしても、もうお互い気づくことはないだろう。
しかし、この宝物はいつも僕のそばにいる。彼との友情の証だ。
あのとき僕も彼に宝物を渡せば良かったと、今でも後悔をしている。

彼は僕のことを、たまには思い出してくれているだろうか?
いや。片想いでいいのだ。
僕にはこの宝物と、色褪せることのない彼との想い出がある。あのときの昭和の少年が、心優しき親友がいつだって僕に微笑んでくれているのだから。

ー了ー

最後までお読み下さり、ありがとうございました🙇

※イラストはAI画像です

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