一見穏やかな顔をしていた日々のこと 振り返り

そのいつかが案外近いということに慣れることは、なかった
生活が、見た目にはあまりにも変わらないからだ
吹き荒れることがある嵐も胸の内だから、お互い苦しみで歪んだ視界を持っていることがバレないで済んでしまったのだった


距離をおいて、互いの境界をしっかりと作って、大事なことを話せるようになった
穏やかでいる工夫をして、日々は続いていく
お互いに与えられるだけ与えて、もらえるだけもらって、その値を超過しないように過ごしている


急激に変化したあの頃のことを思いだす
仕事中にいきなり命を脅かすほど心臓が飛び跳ねてしまったことで近くの病院に運ばれた人、
長い間入院患者になり、治らない病気を抱えて生きてくことを決定づけられた人が1人いて、
その人のそばにいることを当時の私は望んでいた

進行性の遺伝による持病からどのくらい寛解するのか、進行するのか
それをどのくらい深刻に受け止めなければならないのか 見当もつかない時期に突入していった

不安に感じることばかり話してもいられないし、現在この世界では治療法の見つかっていない病に
なんとか向き合おうとして、またはどこかしら目を逸らして痛みを散らしたかった

ドラえもんができるまでとか、アトムができるまでとか、
遺伝学的に約束されてしまった運命が、何かテクノロジー的なことで解消されるまでの耐用年数
それは我々には用意されていなかったけど

できることなら笑っていたかった
だからおとぎ話を話すように、おはなしを作っていた


ぎりぎりのユーモアだった
そういうのは少し危ないのだ

でも話さずにはいられなかった
出会った頃のように夜通し散歩できる体が
もうないことがけっこう悲しかったから
ヘトヘトになるまで体を使ったりすることも
少し無理をして味わうスリルや眺望も
失われたことが悔しかった

私の愛していた人は、普通ならもう半分の長さ生きられるくらいの年齢なのに、どうしようもなくあと十年程度で寝たきりの老人と似たような状況になる可能性から逃げられないのだ
ふたりで生きる体が一つあるとしたら、半分を削がれていく痛みを私は勝手に感じていた

当事者である人は、自分の痛みに向き合うのに必死で、おそらく無限の慰めを必要としていた
(そんなものは誰にも作れないのに)


架空のことを我々は結構リアルにイメージできるので、それで遊んでいた 遊びの物語の中で、永遠の命を夢見た
(いわゆる70年そこそことか、そういう長さで健康な人に訪れる寿命のことだ)

おはなしの中で

ばかばかしい通販番組にはパワードスーツを破格の値段で売らせた

日曜の新聞に載るような小連載漫画では魔法の薬を探したし

成層圏を横切るストレッチャーが軍用機に迷惑をかけることもあった



山登りができる重戦車のような車椅子の話をした

脳だけが入っている筒越しに話す、今日の続きの世界があった

カラフルな位牌に入れるファンシーな戒名を2人分考案し、共有した

あの頃どうしても話さずにはいられなかった



体をどこにでも運べる不思議な力と、死に挨拶するならどれだけひょうきんになれるのかを

それは拙いようだけれども、紛れもなく我々なりのやり方だった

ふたりで生きる体は手に入らなかった
どうしたってまずは1人分の二本足でたたなくてはいけないからだ

私は心が萎えてしまっている人と話をするうちに、自分の庭が病気になったり
見えないものが削がれていくのを あの時どうしても気づけなかった



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