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【創作大賞2024】リビング・ブレイン 2話
2話「青い鳥(前編)」
一夜明けて。特例個体……小松透の破損したボディーなどの修理をほとんど不眠不休でしていた真木と瀬名は、ぐったりした様子でRUJの真木の自室の外にあるソファに寝ていた。窓から朝日が差しこみ、2人の目を射る。瀬名が寝返りをうつ。
「……ああ〜もう朝か。真木さん、真木さん起きてください」
「んん……悪いがもう少し寝かせてくれないか瀬名くん。頭が働かない」
瀬名に体を揺さぶられた真木は薄目を開けたが再び目を閉じる。
「仕方ないですね……じゃあ僕、コーヒー淹れてきます。真木さんは要ります?」
瀬名が振り返り、真木に聞いてくる。真木は無言で首をふる。
「砂糖とミルクは?」
再び首をふる真木。目の下にうっすら隈ができている。
「わかりました、行ってきますね……ってあれ?」
真木に背を向けて廊下を歩き出した瀬名が歩みを止めて窓の外を見る。コツコツと嘴で小鳥が窓ガラスを必死につついていた。
瀬名があわてて窓を開けると外の小鳥が飛びこんできて瀬名の横を通りすぎ、ソファで寝ている真木の白衣の上にとまった……かに見えたが違ったらしくそのまま飛んで真木の部屋のドアの前でホバリングし、再びコツコツとドアを開けてほしそうにつつく。
(一体どこから来たんだろう)
窓を閉めた瀬名は首を傾げる。小鳥がつついているドアまで行き、開けてやった。小鳥は中を調べるように飛び回り、やがて台の上に寝かされた透が着ている真新しい黒ネクタイと白いシャツの上に着地した。ツンツン、と彼を起こすようにつつく。
「あっ、こら。つついちゃダメだって!」
瀬名は急いで部屋に入り、透の胸のあたりにいる小鳥をしっしっと手で追い払う。ところが小鳥は旋回して再び彼の体の脇に垂直に伸ばされた手の上に止まった。
「……瀬名くん?どうかしたのか」
部屋のドアから外のソファで寝ていた真木が何事かと顔をのぞかせる。
「ああ、なんだ。Alice.じゃないか、この型タイプは久しぶりに見たな」
「あ、ありす?」
「そう。そこの小松透が開発した小鳥型ロボット。最近は携帯のLETTERSアプリと連携してテキストや写真データも送れるようになったらしい」
真木はうろたえる瀬名に台の上の透を指し示す。
「きっと誰かが彼にメッセージを託したんだろう。ちょっと見てごらん」
「は、はい。えっと……送り主は、小松……佑?」
瀬名がAlice.に近づき、白衣のポケットから取り出した自分の携帯で機体からデータを読み取って口に出す。
「ああ。彼の息子さんだね、たしか中学生だったはずだがなんて?」
「父さん、ごめんなさい。母さんが作ってくれた夕食の写真を一緒に送ります……ですって。何かあったんですか」
瀬名が尋ねると真木はうーん、と表情を曇らせる。
「それは……そうだなあ、僕より彼本人の口から聞くのがいいだろう。そろそろ……起きるころだと思うから」
真木がそう言い終わらないうちに、台の上の透の体が電流が走ったかのように一瞬びくりと震えた。手の上のAlice.が驚いて飛ぶ。
事が突然すぎてびっくりした瀬名の前で非常にゆっくりとした動作でその体が上体を起こす。ちょうどホラー映画で死体が起き上がったようでなんとも不気味な光景だった。
「おはよう。どうかな、気分は」
『…………その声は真木、か?』
目覚めた透は膝に手を置き、じいっと真木を見つめ目を細める。
「そうだよ、ちゃんと見えてるかい?」
『ああ……視界は非常にクリアだ。そちらの彼は?』
「瀬名真一。僕の製作チームの一員だよ、君の体の修復を手伝ってもらったんだ」
真木に紹介された瀬名は透に軽く会釈する。透の目が瀬名をとらえ、確認するように再び細められた。
『……それはどうも。私の体の損傷ダメージはだいぶ酷かっただろう。よくここまで……』
そこで透の言葉が途切れる。何かと思えばその目が自分のそばを飛ぶAlice.を追っていた。すっと片手を上げると今まで飛び回っていたAlice.が降りてきて手の甲へ止まる。
「そうだ、息子さんからメッセージが届いていたよ」
『佑から?珍しいな……ああ、なるほど』
真木から教えられ手に乗せたAlice.からメッセージを読み取った透はふむ、と手を顎にそえる。
『この度の私の修理に関してよほど後悔してるようだ。後からメッセージを送り返してみるよ……そういえば瀬名くん、君何かしにいく途中じゃなかったのかな』
「え、そうですけどなんでわかったんですか透さ……あ、いや小松博士」
瀬名が再び驚いていると透は台の上で思いきり伸びをし、胸の前で手を組み合わせる。
『実は……少し前から目は醒めてたんだよ。会話の最中に起きるのも失礼だと思ったからそのまま寝たふりをしていた。このAlice.が窓から飛びこんで来たから真木に頼まれたコーヒー、淹れ損なったんだろう。なんなら私が淹れに行こうか?』
「そ、そうでしたか。ああすみません、お願いできますか」
自分が今からしようとしていたことを透に言い当てられた瀬名は少しとまどった挙句、愛想笑いをした。言い返す言葉もない。
『コーヒー、砂糖とミルク有りだったな。行ってくる』
「お、おいおい。まだ目が覚めたばかりだろう、急に動いて大丈夫かい」
すたすたと台から下りて真木の部屋から出ていこうとドアに手をかける透の背中に、真木が心配そうな顔をする。
『まったく……心配性だな君は。大丈夫、今最高に調子が良いんだ』
透はそう言い残すと外に出ていってしまった。部屋に残された瀬名と真木は二人して顔を見合わせる。
「いっつもあんな感じなんですか小松博士って」
「ああ……うん。彼、人の話をほとんど聞かないタイプだからね、変わってないなあ」
あっけにとられた表情の瀬名に真木はそう返してため息をつく。
「何かあっても大変だから一応見にいこう」
「他の社員に気づかれてもまずいですしね」
二人は再びうなずき、透の後を追って廊下に出る。柔らかな日差しが気持ちのよい朝だった。
「青い鳥(後編)」
《LETTERSに通知があります》
自室にいた佑の携帯が鳴った。送り主を確認した佑はおそるおそるLETTERSアプリを開き、そこに書かれた文章に目を通す。
《メッセージ確かに受け取りました、Alice.と一緒に今日の午後、家に帰る予定です》
《追記:週末、どこか行きたいところはありますか。よければ考えておいてください》
(……よかった、父さん直ったんだ)
佑はこわばらせた表情を少し和らげて返信メッセージを打ちこむ。あの後飛ばしたAlice.が戻って来ないので心配していたが、無事に父の元にたどり着けたらしい。
(僕が今、行きたいところ……)
佑はここ数日のテレビ、ラジオ、新聞、インターネットなどのニュースを頭の中で思い返してみる。自分たちが暮らす白い大都会(ホワイト・メトロポリス)は地上層と地下層に分かれて成り立っている。地下層は未だ解明されていない部分も多く、地上層にはない施設や娯楽などがあるという。
(そうだ……あそこにしよう)
佑の脳裏に昨夜テレビで見た地下層にあるという今より昔の時代のものを保存している博物館の様子が浮かぶ。あの場所なら静かで父とも話しやすいはずだ。離れていた時間はほんの少しなのに話したいことは沢山あった。
*
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
真木の部屋に戻ってきた透からコーヒーの入ったステンレス製のマグカップを手渡された真木と瀬名は礼を言って受け取る。目覚めたばかりの彼を心配して物陰からこっそり見守っていたが取り越し苦労だったらしい。
真木が修理の時にボディーの新調のついでに各種システムの更新もしたらしく、その動作や振る舞いはごく自然で一目で体が機械だとは見抜けないはずだ。
「ち……ちょっと待ってください小松博士、さすがにその体では飲食は無理なんじゃないですか⁈」
瀬名が透がいつの間にか自分用にコーヒーを淹れ、マグカップに口をつけようとしていたのを発見し大声で止める。その様子を見た真木がくすりと笑った。
「そんなにあわてなくても大丈夫だよ瀬名くん。彼が食べたり飲んだりしたものはそのまま、体内でピンクブラッドに変換されるようになってるから」
『まあ、ひと昔前のRUJ製品なら確実に機体内部がショートして故障するだろうな。うん……美味い』
真木の助け舟に透がマグカップの中のコーヒーをひと口飲んでからにやっと笑う。瀬名は安心して胸をなでおろしたが、緊張で体中に変な汗をかいていた。
「よかった……もう、知ってるなら先に教えてくださいよ真木博士。心臓に悪いです」
「いや、すまない。知ってると思ってたんだ、今後は気をつけるよ」
瀬名に睨まれた真木は申し訳なさそうに謝る。
『そうだ真木。君、地下層にある博物館の場所を知ってるか』
「地下層の博物館?なんでまたあんな場所に行きたいんだい」
『息子から朝送ったメッセージの返信が来ててね、今週末に出かけようかと思ってるんだ』
真木が問うと透は自分のスーツのポケットから携帯を取り出して操作し、LETTERSアプリを開いて画面を見せる。
「なるほど……いいんじゃないか、久しぶりの家族サービスも」
真木が同意すると横から瀬名が小さく挙手し、口をはさむ。
「……あの、僕場所知ってます。前々から気になっていたので一緒に行ってもいいですか小松博士」
「瀬名くん、ダメだ。君は彼のモニタリングの作業があるだろう」
『私は別に構わないが……。ついでに道案内をしてくれると大変助かる』
瀬名は真木にたしなめられて落ちこんだが、透が同行の許可を出したので表情が一気に明るくなった。
「ありがとうございます……!」
瀬名はひかえめにガッツポーズをし、透に何度も礼を言う。
「まあ……いいか。その代わり、彼の様子の観察と何か異変があったらすぐに僕に連絡するようにしてくれよ」
「はい!了解です」
真木は透とはしゃぐ瀬名を見てうなずく。
『……決まりだな。なんなら君も一緒にどうだい真木』
「悪いけど僕は遠慮するよ。君の様子をモニタリングする人間がいなくなる」
真木は透の提案に片手をふってやんわりと断った。
『そうか。じゃあ瀬名くん、行く日が決まったら連絡するから頼むよ』
「はい。ええと……今日の午後にご自宅に戻られる予定でしたよね?ゆっくりなさってくださいね」
瀬名が嬉しそうな表情で言うと透は無言のまま微笑み返した。
「帰る前に一応、もう一度点検だけしようか。機体とシステムを新しくをしたから後から不具合が出ても大変だ」
『ああ、そうだな。そっちは君に任せるよ』
真木が透に再び台の上に横になるようにうながす。瀬名が透の肩に止まっていたAlice.を自分の両手で抱きかかえるようにして遠ざける。
「瀬名くん、別室で作業中のモニタリングを頼むよ」
透が台の上に横になったのを確認した真木から指示された瀬名はうなずき、自分の肩にAlice.を乗せたまま真木の部屋の外へと出ていった。
「じゃあ始めようか。すぐ終わるから目を閉じてリラックスしててくれ」