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56回目 私は原書を読む。やっぱり翻訳者は騙し屋だから。騙し屋でないとしても、私は騙されているのにそれを知らないのは嫌だから。

《 誤訳部分と関連個所に訂正を加えました ‐ 7月14日》
whistle stop が何のことか、この記事の投稿以降気になっていたのですが 'The New Oxford American Dictionary' に記載があるのを見つけました。 7 月 14 日にこの気付きに関連する部分に訂正を加えました。

1. イタリヤ語をラジオで勉強している人に聞いた話

"Traduttore e traditore." イタリアでは「翻訳者は反逆者」という言い回しがあるとのことです。翻訳を「原文と等価な成果物を作り出す行為」だとお考えの翻訳家はいらっしゃらないと私は思っています。それほど原作と翻訳物は違うのです。たまたま、このことを明白に示す記事を見つけました。

気になったのは原文の意味の正確な把握をそっちのけで和文作りに熱中する姿勢です。


2. Don DeLillo 作の短編 "Midnight in Dostoevsky" を材料に翻訳小説の精読を考えます。

大滝瓶太氏の記事(18年6月10日付け)、【第1回】文芸翻訳での分詞構文や同格、言葉遊びの処理──Don DeLillo "MIDNIGHT IN DOSTOEVSKY"冒頭  と題された Note の記事を土台にさせていただきます。

[原文] We were two sombre boys hunched in our coats, grim winter settling in. The college was at the edge of a small town way upstate, barely a town, maybe a hamlet, we said, or just a whistle stop, and we took walks all the time, getting out, going nowhere, low skies and bare trees, hardly a soul to be seen. This was how we spoke of the local people: they were souls, they were transient spirits, a face in the window of a passing car, runny with reflected light, or a long street with a shovel jutting from a snowbank, no one in sight.

私の手法は「単語の意味を、OALD にて今一度確認する」です。OALD はOxford Advanced Learner’s Dictionary of Current English, 7th Edition です。

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sombre: 2. sad and serious <Example> Paul was in a sombre mood. ポールは落ち込んでいるようすだった。

grim: [adj.] 2. unpleasant and depressing: <Example> *The outlook is pretty grim. *Things are looking grim for workers in the building industry. 《金がないとか寒いとかで、身体にきつい日が続きそうで気が重いことを言うのだと解ります》

set in: (of rain, bad weather, infection, etc.) to begin and seem likely to continue <Example> *The rain seemed to have set in for the day. 雨が降り始めたようだ。この雨はこの一日中つづくタイプのものだ。

[文章1]We were two sombre boys hunched in our coats, grim winter settling in.
[和訳1」「思うだけで気が重くなる冬が始まり、この先当面この冬に耐えねばなりません。パッとした話の無い僕たち二人ですが、そんな訳でそれぞれコートで身体を覆い首をすくめていました。」
分詞構文のこの文節の働きは主文の原因を示すものと考えます。

大滝瓶太氏18年6月10日の記事から都甲幸治先生の訳文を転記させて頂いたのが以下の通りです。
(都甲訳)
 僕ら陰鬱な二人の青年は、コートを着て背中を丸めていた。厳しい冬がどっしりと腰を落ち着けようとしていた。

$$ 私の主張 $$  翻訳本を作るのでないとなると和文のスマートさや醸し出す臭いなどに気を使いません。原文が言っていること・読み手の頭に思い浮かばせようとしている景色が何なのかを正確に読み取ることに集中することが小説を読むことです。優れた日本文を頭の中で作文する苦労は不要です。

そうすると都甲先生の上記翻訳文にある『冬がどっしりと腰を落ち着けようとしていた』は元の小説とは関係ない世界に逸れていると解ります。『陰鬱な二人の青年』が目の前に広がる、目に見える世界をわざわざ描き出すのもこの小説に出てくる話題を考えると私は「陰鬱な青年二人がこのような事柄に関心を向ける訳ないのでは」と疑いたくなります。この翻訳文の読者を迷路に導く文章部分だと思います。

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way: [adv.] (used with a preposition or an adverb) very far; by a large amount <Example> *They live way out in the suburbs.

upstate: [adv.] in or to a part of a state that is far from its main cities, especially northern part <Example> *They retired and went to live upstate. 彼らは引退して町から遠く離れた寒村に住まいを移した。

whistle-stop: (The New Oxford American Dictionary) a small unimportant town on a rail road. (他にwhistle-stop tourという表現があり a brief pause in a tour by a politician for an electioneering speech の意とある。ここでのwhistle stop は線路沿いにあるものの列車が止まる駅が存在せず精々、警笛が聞けるくらいの集落の意味と理解できる。

walk: 1. [c] a journey on foot, usually for pleasure or exercise <Example> *Let's go for a walk. *I like to have a walk in the evening.

low: [adj.] 12. not bright (= dim): <Example> The lights were low and romance was in the air. 《 下方[文章2]にある low skies の訳を訂正しました6月7日 》

soul: 6. [c] (becoming old-fashioned) a person of a particular type: <Example> *She's lost all her money, poor soul. *You're a brave soul.
7. [c] (especially in negative sentences) a person: <Example> There wasn't a soul in sight. *Don't tell a soul (= do not tell anyone). *(literary) a village of 300 souls. 《小説ではこのように否定文でなくても使うことがあるという趣旨》

[文章2] The college was at the edge of a small town way upstate, barely a town, maybe a hamlet, we said, or just a whistle stop, and we took walks all the time, getting out, going nowhere, low skies and bare trees, hardly a soul to be seen.
[和訳2]
《原文では「僕たち二人」が今いる場所が話者の目の位置であることを忘れずに読まねばなりません。》大学は都市からはるか遠く離れた寒村の端っこにあります。この寒村は町とは言えません。小さい集落と自分たちは表現しますいったところです警笛用停車場に過ぎないのかも知れませんどうってことない集落だなと私たち二人は話し合いました。( 7 月 14 日訂正)私たち二人は頻繁に散歩をします。屋外にでるのです。どこへ行くと定まった処なしにです。今日、は雲が低く垂れこめてい空は暗くて、木々はすっかり葉を落としていて裸です。人影はほゞありません。

(都甲訳)
 州のずっと北の方にある小さな町の外れに大学はあった。いや、町とは言えない、もしかしたら村かもしれない、あるいは信号が灯ったときだけ列車が停車するだけの集落かもしれない、と僕らはいった。そして僕らはいつも歩いていた。外に出るだけで、どこに行くというあてもなかった。空は低く木々は裸で、人っ子一人(※「ソウル」とルビ)いなかった。

$$ 私の主張 $$  原文2の前に示した単語の意味の復習事項を頭に入れていると私の和訳文の根拠がお分かりいただけると思います。特に私が誤りかけたのは way を道と思って the edge of a small town way を名詞句と一瞬考えたことでした。a whistle stop は今一つ良く分かりませんが、読み進むと解ることを期待します。 (7 月 14 日訂正)
都甲訳の『州のずっと北の方』は OALD に依る限り誤訳です。『と僕らは言った』ですが、we said は直前の案 maybe a hamlet だけ「二人が口にした」話であって 直後の 「or just whistle stop」 という見解を指すもので( 7 月 14 日訂正)、他の案は話者の考えです。we took walks も歩くに違いないのですがここで原文は「どこに行くにも歩くのだ」とは言っていません。屋外に出たい。歩きたいから歩くと言っています。took が過去形なのは冒頭の We were two sombre boys の were と時制を一致させる為のもので、ここでは all the time の句によってその日だけでなく「頻繁に散歩します(当時はよく散歩しましたの意)」と和訳しました。hardly a soul to be seen は人の姿が見えないのであって、『人っ子一人いない』のとは意味が違います。

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transient: [adj.] 1. continuing for only a short time (= fleeting; temporary)
2. staying or working in a place for only a short time, before moving on

spirit: 3. [c] (always with an adjective) a person of the type mentioned: <Example> *a brave spirit: *kindred spirits (= people who like the same things as you)

runny: [adj.] 1. (of your nose or eyes) producing a lot of liquid, for example when you have a cold 2. having more liquid than is usual; not solid: <Example> *runny honey: *Omelettes should be runny in the middle.

[文章3] This was how we spoke of the local people: they were souls, they were transient spirits, a face in the window of a passing car, runny with reflected light, or a long street with a shovel jutting from a snowbank, no one in sight.
[和訳3]
ここの住人がどのような人たちなのか、私たち二人は次のような話を交わしました。彼らは彼ら特有の気質を持っているようだ。自分たちの眼の前を通り過ぎるだけの、何を考えているのか良く分からない人たちだね。通り過ぎる車の中にいる人の顔だね。それも窓に反射する光の所為でその顔すら直ぐに判別不能になる顔だよ。もう一つ別の表現をすると、ここの住人は、積みあがった雪の土手に差し込まれて立て置かれているスコップが一本見えるだけの長い道路、それもそこには誰一人見当たらない道路だな、と二人で話し合ったのでした。(原文が隠喩表現であることを念頭にあえて「ような」の類のあいまいさを加える単語を和訳文に使用しなかった。)

(都甲訳)
 僕らは地元の人たちをそう呼んでいた。彼らは魂(ソウル)だ、はかない亡霊だ。通り過ぎる車の窓に見える、反射光ににじむ顔。積み上げられた雪からシャベルが突き出ている長い通り。あたりには誰もいなかった。

$$ 私の主張 $$  都甲訳は歯切れ良い。意味が読み手次第でかなりまちまちな意味で受け取られるのではと思えます。短編によくある手法に「その幕開け部分に話の落としどころを準備するような文言を入れる」というのがあります。そしてその文言が多くの場合、私が思うに、英語を母語とする人にもその理解がややこしくて、後々まで記憶に残ることを期待しているのです。

この先をまだよく読んでいないのですが、a long street with a shovel jutting from a snowbank, no one in sight の部分がそれ臭く思います。ここに記した私の和訳の正しさはこの後読み進めば解るはずとの割り切りで、ここではこのままとします。

ただし、souls と spirits との二つの単語をどう理解するかにかかる齟齬は気になります。もう一つ、この部分を読解する時に意識しておきたいのは they were … a long long street がその文章の構造であることです。主語が複数で were なるリンキング・バーブで繋がる補語が単数であるともです。


3. 結びと引用させて頂いた大滝さまへのお礼

上記の通り、読者の違いで読み取る世界、読者それぞれが頭に残し、考え、楽しむ対象である世界が、ここまで異なることには私自身も驚きました。この種の違いは 50 年前に大学で英語原書で化学(専攻学部である化学)の入門書に入れ込んだ時以来意識してきたことでした。今回改めて感じ入った次第です。

大滝さまの記事を土台にしながら大滝さまの文章に触れなかったのは、大滝さまの文章の詳細を読みつくしていないからです。意識してコメントを避けさせて頂きました。しかしながら、今回このようなことを書く機会を作ってもらえたことには大いに感謝いたしております。大滝さまへ向けた私の関心は今回のものより大滝さまの別の記事、[第5回]「良い本」とは何かー Richard Powers …に重いものがあります。取り組むのはこれから少し先になります。