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122回目 "What Is Life?" by Erwin Schrodinger を読む(Part 1)。初回は準備として "A Structure for DNA" by J D Watson & F H C Crick の精読です。

精読の対象とするのは、1953 年 4 月 25 日発行の Nature 誌に公開された James D Watson と Francis H C Crick の報告 "A Structure for Deoxyribose Nucleic Acid" です。Nature に掲載された記事は次の写真の通り、一頁で完結するものでした。この報告の全文は、 "Annotated version of Watson and Crick Paper” とのタイトルで無償公開されています。(Nature 誌のサイトだとこの報告全文だけですが有料です。)

1953 年 4 月 25 日発行の Nature 誌上の Watson Crick Report の全体像



1. 講談社 Blue Backs の一つ、中屋敷 均著「遺伝子とは?」(2022 年 4 月 20 日発行)

遺伝子の構造が解りその後急激にこの分子生物学分野の理解が深まった時期に生きたのに、私は教科書かどこかで二重らせんの図を見て素晴らしいと興奮したっきり、専門外・嫌いな生物分野であること、生きて行く為の仕事も忙しかったことを理由に敢えてこの辺りを勉強してこなかったのですが、死ぬ前にはもう少し理解を深めたいと思い探し当てたのがこの本でした。つい昨年、2024 年 11 月のことです。

有機化合物の立体構造や光学異性体の話を学んだ大学生の時代の興奮を再度味わうことになりました。当時購入して必死になって読んだ本のもう一つが、Schrodinger 方程式を教えてくれた本 Linus Pauling & E Bright Wilson: "Introduction to Quantum Mechanics" でした。

中屋敷 均先生の本には Schrodinger や Linus Pauling の話題が次々に出てきたのだから当然でした。

この本の中で特に心惹かれた言葉を幾つか取り上げると次の通りです。すべては同書 110 ページに見つかるもので、著者の中屋敷先生が Schrodinger の "What Is Life?" から取り上げられた言葉です。

『遺伝子自体は機能分子ではなく、それを作り出す暗号を保持しているに過ぎない』
『生命は負のエントロピーを食べている』
『生物における遺伝情報の安定性を鑑みれば、情報を担う物質は秩序だって振る舞い、熱力学的な揺らぎにも耐久性を持つ結晶のような非常に安定な分子と推定される。』
『情報の多様性が原子間の結合の多様性として蓄積されているとすると、性質も安定性も異なった多様な物質の集まりとなるため、秩序正しく、かつすべてが高度な安定性を持つ物質として存在することは困難である。』

これらの言葉が 科学革命の構造 "What Is Life?" の英語ではどのように書かれているのかを読んで見たいと思った次第です。次回以降に取り組みます。


2. "DNA; The Secret of Life" by James D Watson with A Berry (2003) を覗き読む。

タイトル・バナー画像は Watson+Berry によるこの本から拾い上げた 3 ページのコピーを並べたものです。右端の図の説明には次の文章があります。

リボソームが当に工場そのもの、RNAが指定する通りに特定のたんぱく質である巨大分子を作り出し出来たばかりのたんぱく質の鎖が当該リボソームの周囲に散乱している姿は、見ていてゾクゾクします。このリボソームが直径 0.2 mm 程の細胞一つひとつの中に何百万個も詰まっているというのですから。

[原文 2-1] The cell's protein factory, the ribosome, in all its 3-D glory as revealed by X-ray analysis. (For simplicity, this computer-generated image does not show individual atoms.) There are millions of ribosomes in every cell. It is here that the information encoded in DNA is used to produce proteins, the actors in life's molecular drama. The ribosome consists of two sub-units (orange and yellow), each composed of RNA, plus some sixty proteins (blue and green) plastered over the outside. Here the ribosome is caught in the act of producing a protein. Specialized small RNA molecules (purple, white, and red) transport amino acids to the ribosome for incorporation into the growing protein chain.
[和訳 2-1] 上図はタンパク質を生産する工場であるリボソーム。コンピュータによりX線画像のデータに基づいて算出された作成された3次元画像です。(原子個々の形は図を単純にする為、敢えて描出していません。)一つひとつの細胞には数百万個のリボソームが詰まっています。DNAに刻み込まれた情報がここでタンパク質の生産の為に利用されるのです。タンパク質とは、生命のありようを演じる分子劇《分子が演じる生命のドラマ》の役者です。リボソームは二つの部品ユニット(橙と黄)で出来ていて、そのどちらもが RNA であって、その外壁部にはおよそ 60 本のタンパク質鎖(青と緑)が巻き付くように被さっています。この画像では、一本のタンパク質鎖の生産が進行中です《この画像ではまだ青・緑の 2 本しか製造されていないの意》。特定の役目専用の小型のRNAである分子が複数個(紫、白、赤)が存在し、これらが幾つものアミノ酸をリボソームへと運び込む作業を担います。運び込まれたアミノ酸は繋ぎ上げられタンパク質鎖に成長します。
《訳者注: この話題をもう少し明確に理解したいと思われる方には原書、または青木薫訳のブルーパックス版で原寸の画像をご覧になることをお勧めします。立体感もある鮮明な画像です。》

Explanation of the photo given on page 62,
"DNA; The Secret of Life" by Linus Pauling, Knopf

この本においてJ Watson は Schrodinger の "What Is Life?" にどれだけ心を揺さぶられたかを次のように語っています。

以下の引用は同書 "Chapter Two: The Double Helix: This Is Life" からの引用です。《What Is Life? を受けて This Is Life. と題している点に注目です。》

[原文 2-2] Schrodinger argued that life could be thought of in terms of storing and passing on biological information. Chromosomes were thus simply information bearers. Because so much information had to be packed into every cell, it must be compressed into what Schrodinger called "hereditary code-script" embedded in the molecular fabric of chromosomes. To understand life, then, we would have to identify these molecules, and crack their code. He even speculated that understanding life--which would involve finding gene--might take us beyond the laws of physics as we then understood them. Schrodinger's book was tremendously influential. Many of those who would become major players in Act 1 of molecular biology's great drama, including Francis Crick (a former physicist himself), had, like me, read What Is Life? and been impressed.
[和訳 2-2] シュレジンガーは生命は生物学的情報の保存と同情報の引き渡しという二つ機能そのものとして考えることが出来る筈だと主張しました。そのように単純化して捉えて良いのであり、染色体(複数本)とは要するに情報の担ぎ屋なのだと主張したのです。非常に大量の情報を細胞の一つひとつに詰め込んで置くのですから、圧縮が不可欠で、シュレジンガーは「分子の織物である複数個の染色体に刻み込まれ、相続用に整えられた暗号書面」であると主張したのです。生命を理解しようとするならば、私たちはこれらの分子を調べ上げ、その暗号を解読するほかありません。彼(シュレジンガー)は「生命を理解することーそれには遺伝子を読み取ることが必須でしょうがーそれが出来た暁には、私たちは物理の法則、当時に解っていた法則の全てを超越したところにまで行くことになっているかも知れませんとも予測していました。シュレジンガーのこの本は恐ろしいまでに人々の心を揺すります。分子生物学の偉大な演劇の第一幕に登場する主要な役者の一人たらんとする人たちの大多数がこの「生命とは何か?」を読まれて、大きな影響を受けられたのです。私もその一人ですが、フランシス・クリック(元々は物理学者だった方です。)もその一人でした。

The second paragraph on page 35, "DNA; The
Secret of Life," by J Watson with A Berry

[原文 2-3] In my own case, Schrodinger struck a chord because I too was intrigued by the essence of life. A small minority of scientists still thought life depended upon a vital force emanating from an all-powerful god. But like most of my teachers, I disdained the very idea of vitalism. If such a "vital" force were calling the shots in nature's game, there was little hope life would ever be understood through the methods of science. On the other hand, the notion that life might be perpetuated by means of an instruction book inscribed in a secret code appealed to me. What sort of molecular code could be so elaborate as to convey all the multitudinous wonder of the living world? And what sort of molecular trick could ensure that the code is exactly copied every time a chromosome duplicates?
[原文 2-3] 私自身の場合ですが、シュレジンガーは琴線に触れたのでした。なぜなら私も生命の真髄に魅せられたのです。少数のそれも大勢について行けない人々でなる一群の科学者は今なお全能の神に発する「生気の力」に生命は依存しているのだと考えています。しかし、私が教わった先生方の殆ど全員の方々と同じように私はこの生気なる考え方を蔑みました。もし、この種の「生気の力」なるものが自然の世界のゲームの進行を支配しているとなると、科学をその手法として生命の理解を深め得るという期待など殆ど持てなくなるでしょう。その反対に生命が秘密の暗号によって書き綴られた一冊の指令集であるという考え方は私を興奮させました。どれ程まで巧妙な分子暗号であれば生き物の世界が持つ優れて多様な神秘さの全てを後世に伝えることが可能になるのでしょうか? 分子においてどのような仕掛けがあれば染色体が分裂し数を増やすに当たりその都度その暗号を正確に伝え手渡すことが出来るのでしょうか?

《単語帳》☆call the shots: (OALD) to be the person who controls a situation ☆elaborate: (OALD) [adj.] very complicated and detailed; carefully prepared and organized

The first paragraph on page 36, "DNA; The
Secret of Life," by J Watson with A Berry


3. DNA の分子構造の確定、その機能機序の理解は、命への神の関与を完全に否定したと歓喜します。

同じ "Chapter Two" では、上記引用の後にワトソンがどれほど多くの研究者グループの活動に聞き耳を立てていたか、自分の学位、PhD 取得の為の研究テーマにあっては直ぐ取り掛かれるテーマで我慢するも、もっと自らが世界を驚かせえるような大きなテーマ、それもそのテーマ中の核となる部分が何なのか、誰が何処で取り組んでいる仕事が本命なのかの判定に注意を集中していた様が具体的行動でしるされます。以下は、この Chapter Two 最後の部分です。

[原文 3] The discovery of the double helix sounded the death knell for vitalism. Serious scientists, even those religiously inclined, realized that a complete understanding of life would not require the revelation of new laws of nature. Life was just a matter of physics and chemistry. The immediate task ahead would be to figure out how the DNA-encoded script of life went about its work. How does the molecular machinery of cells read the messages of DNA molecules? As the next chapter will reveal, the unexpected complexity of the reading mechanism led to profound insights into how life first came about.
[和訳 3] 二重らせんの発見は生気説の終焉を宣言しました。まともな科学者たち、宗教に好意的な人も含めて、このグループの人々は生命の何たるかを完全に理解するにこれまでは存在しなかった自然の法則の発見に依らなくても良いと判断することになりました。生命は科学と化学に従うということです。この先、我々に求められる仕事は、DNAに刻み込まれた、生命に関する秘密の文字がどのようにして動作するのかを解き明かすことなのです。すなわち細胞の中に存在する分子という機械がDNA分子が保持する指令文をどのような方法で読み取るのかの解明です。次の章で説明するのですが、この読み取り行程の機序の複雑さが、驚くなかれどのようにして生命が誕生したのかという問いへの根源的な理解に道を開くことになるのです。

《単語帳》sound the death knell for something: signal the end of something ☆revelation: a fact that people are made aware of, especially one that has been secret and is surprising

The last paragraph on page 61, "DNA; The
Secret of Life," by J Watson with A Berry


4. ワトソンとクリックのレポートの理解の為の予備学習

冒頭で触れたこのレポートについては読まずに済ますことが出来ません。私が読むために作成したStudy Notes を、この記事の末尾に添付ファイルの形で公開します。ご高覧ください。

またこれを読み進むに当たって、次の 2 点を事前に頭に入れておかれると読み進み易くなるかと存じます。私がこれらに気付くまでに少々余分な時間を取られたこと故の助言です。

a) バックボーンの鎖に方向があることについて
鎖は 5'end から 3'end に向かって右手方向に回転しながら伸びると説明され、これとペアを組む相手側の鎖は逆方向に右回転しながら伸びます。このようなることの必然性は水素結合でペアリングするとされる塩基対が繋がるには、例えそれがGとCが向き合うのであっても、G、C は立体構造物であるため、当該二本の鎖の向きが逆でないとペアリングが出来ないことになります。二本の鎖の向きが同じだと G に対して C が裏返ってしまうことになりペアリングできなくなります。

b) 5'end とか 3'end という表現におけるダッシュの意味について
鎖を構成する単位の一つがリン酸残基でありもう一つがデオキシリボース残基です。しかしここでデオキシリボース残基はその1'の位置の炭素に於いて塩基の窒素と化学結合して一つの分子を形成しています。複素環の位置を示す番号はこの塩基の環にダッシュの無い番号を振り、その後にリボース残基の環に番号を振ることになり、既に使った一連の数字と区別する目的でダッシュを付けるのがルールのようです。


5. Study Notes の無償公開

"A Structure for Deoxyribose Nucleic Acid" by James Watson & Francis Crick を精読する為に作成した Study Notes を以下に無償公開します。ご自由にご利用ください。