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建築から運営までこだわり尽くすーーNOT A HOTEL KITAKARUIZAWAの軌跡

2024年4月1日。浅間山麓に広がる2万坪の森に「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA BASE」が開業した。建築ディレクションは、ファッションブランド「White Mountaineering」を手掛ける相澤陽介氏。”洋服のように家を選ぶ”をコンセプトにしたBASEは、S、M、Lという3サイズを用意し、多様な生活にフィットする家を目指した。開業以降、高い稼働率を維持し、早くも人気の拠点として注目を集めている。

NOT A HOTELが提供する価値は、こだわり尽くした建築デザインだけではない。特に建物管理を包括的に担うライフサイクルマネジメント(以下LCM)、そして開業後の運営サービスを担うマネジメントが細部の細部までこだわりを突き詰め、ようやくNOT A HOTELという“体験”が完成する。

今回は、そんなNOT A HOTEL KITAKARUIZAWAの設備PM(プロジェクトマネージャー)・LCMを担う杉山元と、支配人を務めるマネジメントチームの串間郁海にインタビューを実施。KITAKARUIZAWAに込めた想いや開業までの日々を振り返りながら、NOT A HOTELらしい体験価値を掘り下げていく。


豪雪の山中。過去最高難度のKITAKARUIZAWAが開業するまで


―NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA開業から約1ヶ月半が経ちました。まずは、いまの想いを率直にお聞かせください。

杉山:スタートラインに立ったばかりですが、ものすごくうれしいです。開業前に代表の濵渦さんが試泊をした際「この時間をつくるためにNOT A HOTELをつくったんだな」とXで投稿しているのを見て、ガッツポーズしました。

杉山:また、BASEのディレクションしてくださった相澤陽介さんが竣工セレモニーで「世界のVIPに胸を張って紹介できる場所が日本にできた」とご挨拶してくださって…僕思わず泣いてしまって。まだまだ良くできる部分は多いですが、まずはホッとしています。

串間:わかります。いろんな方々の想いがひとつの形になり、こうして無事に開業まで辿りつけたことを、まずとても幸せに思います。その反面、運営はこれからが本番です。期待して訪れてくださる方々の“体験”に携われるのは運営チームの僕らしかいないので、改めて責任の重さを感じています。実際に毎日運営してみないと気づかない課題も多くあるので、一つずつスピーディーに対応している日々です。

杉山:建物自体、開業後にも運営と並行しての是正工事や追加工事を進めてきましたからね。すでに開業時よりも良い体験になっていますし、僕たち自身もその変化が楽しくて仕方ありません。

杉山 元:Lifecycle Manager。県立大宮工業高校卒。森ビル株式会社にて大型複合施設の運営に従事。2023年6月NOT A HOTEL参画。電気主任技術者。建築物環境衛生管理技術者。主にライフサイクルマネジメントを総括。

―KITAKARUIZAWAは豪雪地帯の山中にあり、他のNOT A HOTELの拠点と比べても格別に難易度の高いプロジェクトだったのではないでしょうか。

杉山:おっしゃるとおり、KITAKARUIZAWAは手つかずの大自然が広がるエリアです。その荒々しさがかっこよくもあるのですが、その自然環境に適した建物をつくるのは並大抵じゃない難しさがありました。たとえば、どんどん降り積もる雪の影響で、冬はなかなか工事ができません。

NOT A HOTELは最短距離でお客さまにサービスを届けるため、無駄を排除したスケジュールを引いて、シビアに管理しています。ただ、いざ地面を掘削すると見たことのないサイズの浅間石が発掘され、さらに工事を妨げたりする…。さらには、これまでとはまた違ったチャレンジをするべく、いつも以上のコストカットや品質アップにも努めました。僕はプロジェクトの序盤から設備PMとしても参加していたので、こうした建築的な難しさも体感できました。

―それほど難しい状況であっても、開業に間に合う進行が実現した要因は何だと思いますか。

杉山:施工者さんをはじめ、ステークホルダーのみなさんの目標の高さに尽きると思います。実は、KITAKARUIZAWAの工事に入る直前に施行者さんが、わざわざNOT A HOTEL NASUやAOSHIMAに足を運んでくださって、NOT A HOTELが目指すものへの理解を深めてくださったんです。

その結果、現場の最前線で「この工事には、あと1ヶ月かかる」という問題が発生していても、誰もが「でも、あのクオリティに届かせるためにはもっと頑張らなくちゃね」「CGパースを超える建築にしよう」と、ポジティブな解決策をひねり出してくださいました。

工事現場事務所の壁にはCGパースが掲掲出され、照らし合わせながら工事が進められた。

―そこまで徹底されていたんですね。運営の観点ではいかがでしたか。

串間:こちらもやはり雪が大変でしたね。宮崎出身の僕をはじめ、雪そのものをあまり経験したことのないメンバーが多くて…。試行錯誤しながら雪掻きするのに、次の日に出勤したら前日の2倍くらい積雪していて「昨日の雪掻きの時間は何だったんだ…」みたいなこともありました(笑)。物品の運搬や搬入ひとつ取っても、雪がネックになって思うように作業が進まないことが多かったです。

でもKITAKARUIZAWAの立ち上げには、その難しさを超える“未知の楽しさ”がありました。手付かずの大自然だったエリアで、実現したい体験から逆算して、すべてを組み立てていく。そんな経験、なかなか味わえませんから。

―例えばどんなことですか。

串間:建物や土地をさまざまな視点で観察し、「この場所から眺める星空が綺麗だから、お客さまにこの動線でハウスをご紹介しよう」とか「焚き火台があるなら、マシュマロやソーセージがあると子どもから大人までワクワクしない?」なんていうアイデアを出し合って、体験をつくりあげる。常に自然を味方にすることは難しいですが、随所にNOT A HOTELらしい体験を散りばめていく経験は、立ち上げメンバーの醍醐味ですね。

串間 郁海:NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA 支配人(Manager)。大学卒業後に外食業界へ。名古屋、京都にて調理・店舗運営に従事し、業績管理や人材開発にも携る。地元宮崎へUターンし、2023年NOT A HOTEL MANAGEMENT参画。

LCMも運営も、プロジェクトをリードする「主役」


―ここで改めて、NOT A HOTELでLCMや運営を手がける魅力について伺ってみたいです。

杉山:LCMは、単なる「建物管理者」だと誤解されることが少なくありません。でも、NOT A HOTELのLCMはまったくそうじゃない。建築の企画から施工、運用、修繕のすべてを見渡し、FM(ファシリティ・マネジメント)やCM(コンストラクション・マネジメント)といった仕事に網羅的に取り組めるポジションなんです。

しかも、企画設計段階から建築チームに並走して「こういうデザインだったらどう清掃するか?」「これでは運営コストがかかりすぎるから、この部分を修正したい」といった運営視点の意見も出せるのは、NOT A HOTELならではです。建築は「設計者」だけが主役に見えがちですが、NOT A HOTELでは内部を司る僕らLCMや運営メンバーも同じ主役なんです。

―運営チームの醍醐味は、いかがでしょうか?

串間:NOT A HOTELの運営って、自分たちの「生産」とお客さまの「消費」が同じ場所で起きる唯一の仕事なんですよね。接客や清掃によって僕たちが生産した体験を、お客さまに即座に消費していただく。その瞬間に立ち会えるのは、やっぱり大きなやりがいです。

難しくもあり面白くもあるポイントは、「何でもやらなくちゃいけない」ところ。逆に言えば「何でもできてしまう」役割とも言えます。よい体験を生み出すために「やりたい」「やってほしい」となったことに対して、決して“NO”とは言いません。いつだって自分たちなりの回答を捻り出し、体験価値にいかにコミットできるかを考えているからです。

それに工事の遅れやスマートホームの不具合などがあった場合、最終的に影響を受ける立場として、ただ受け身でいるとなにもできなくなってしまいます…。それが一番あってはならないこと。さまざまな状況や各所の課題を踏まえつつ、部門を超えて連携していく前のめりな姿勢や、現場の意見を主張していく芯の強さが求められるんです。

―串間さんは立ち上げメンバーであり支配人でもあります。現場を一つに束ねるのも大きな役割ですよね。

串間:そこまで大したことはしていませんが…常に自分が一番明るくいることは心がけていますね。声も一番大きいと思う(笑)。

杉山:串間さん、清掃してるときもすごく楽しそうで…鼻歌を口ずさみながら清掃しているんですよ(笑)。

串間:そう、あれはただ掃除してるんじゃなくて、感動をつくりあげる仕事なので(笑)。そう言うとスタッフは笑うんだけど、ちょっと空気は明るくなったりするわけですよ。支配人として、そういう陽のエネルギーを誰よりも持っていたいと思っています。初めて経験することばかりの日々だから、スタッフの不安はどうしても大きくなる。それでも、その怖さを微塵も感じさせないくらい僕が明るくいれば「なんか大丈夫なんじゃない?」ってムードになるので。

杉山:串間さんはそういうメンバーへの気遣いも素晴らしいのですが、建物や設備に対しても「自分たちが守っていくんだ」という意識が強いんですよ。自分ごとだと思っているから、空調に照明、スマートホームのことも熟知していて、いろんな意見や提案が出てくる。必要なときは強く主張もしますしね。僕ら建築チームからすると、串間さんはものすごく心強いんです。

串間:その姿勢は、杉山さんを見て学んだことでもありますよ。普段はニコニコしているのに、LCMとして言わなければいけないときは一歩も引かず、自分たちのスタンスや要望を明確に示すじゃないですか。そのメリハリがすごくうまいし、プロフェッショナルだなと感じます。

“頼まれていない仕事”にこそ、価値がある


―二人のお話から、和やかな雰囲気ながらも、仕事を進めていくうえでかなりタフなシーンが多いことが伝わってきます。特に印象的だった出来事は何ですか。

杉山:開業準備の局面では、運営チームの強さを感じる場面が本当にたくさんありました。たとえば、一般のホテルだったら開業前に数ヶ月の準備期間を設けて、その間にOSE(食器や家電などの運営備品)の搬入も行います。

KITAKARUIZAWAのOSEは物量もかなり多いし、通常ならそれだけで1、2週間程度かかるような作業を、串間さんたちはたった半日で終わらせたんです。「この場所にこれを置く」「この順番でこう運ぶ」みたいなシミュレーションとOSEのインプットが完全に済んでいるからこそ、なせる業ですよ。これにはさすがに痺れました。僕らも負けてられないなと。

串間:たしかにグラスの数や位置に至るまで、すべてを決めきってから臨みましたね。安心して開業を迎えるために頑張りました。

―逆に串間さんは、建築チームに関する印象的な出来事はありましたか。

串間:たくさんありますが、特に印象的だったのは、夜の22時くらいにいきなり一輪車で1トン程度の量の砕石を運びはじめたことですね。

杉山:ありましたね。鮮明に覚えてますが、あるエリアに「1トンくらいの砕石を撒いたら、もっとかっこよくなりそうだね」というアイデアが出たんです。次の日にちょうど現地でイベントがあったので、やるならいますぐやるしかない。遅い時間帯でしたが、みんなで手分けして運びはじめました。

予定していた作業ではないので諦めることもできるんですよ。でも、やれば絶対にもっとかっこよくなると思ったんです。それにみんなの驚く顔が見たいなって…いたずら心もちょっとありました(笑)。

―どうしてそんなにも妥協せず、能動的に動けるんだと思いますか。

杉山:僕の根底には「LCMという仕事の価値を広めたい」という気持ちがあるんだと思います。ただの「建物管理者」じゃなくて、もっとクリエイティブな仕事なんだよって。僕らが精いっぱい頭や手足を動かして、その働きを認めてもらうことで、LCMがどれだけ独創的な立ち位置なのかを伝えていきたいと思っています。

串間:僕はやっぱり「運営は社内のアンカーだ」という自負でしょうか。お客さまと直に接する運営にしかできないことがたくさんあるし、その役割は本当に責任が重い。建築がいくら素晴らしくても、現場の動きが崩れたらマイナスにだってなりかねません。

しかも、僕らがやるべきことはお客さまのご要望に合わせて、日々臨機応変に変化していきます。すべてのお客さまへ価格に見合うサービスをご提供するために、僕らになにができるかを常に考えて、動き続けなくちゃいけないんです。「アンカー」と表現しましたが、開業後は改善の第一走者としての役割も期待されるので、ここからが頑張りどころですね。

杉山:そういう意識を誰もが持っていることが、NOT A HOTELの良さですよね。どの領域も、他の領域に任せっきりにしない。最前線を担ってくれるのはたしかに運営チームだけど、そこに至るまでのすべての場面で社内の全員が、プロジェクトをリードしているんですよね。

「NOT A HOTEL本店」をつくる姿勢で


―今後、KITAKARUIZAWAのLCMと運営をどうしていきたいか、チームとしての展望を聞かせてください。

串間:NOT A HOTELの拠点はこれからも増え続けていくけれど、そのなかでKITAKARUIZAWAを「一番行きたい場所」「他拠点をリードする場所」にしたいですね。地域にとっては「北軽井沢エリアといったらNOT A HOTEL」という存在に、社内では「KITAKARUIZAWAに行くとNOT A HOTELマインドが醸成される」という存在になりたい。「NOT A HOTEL 本店」のようなイメージです。業務の仕組み化が進めば横展開もしやすくなるし、NOT A HOTELの成長にもしっかりついていける運営チームができると考えています。

杉山:LCMも業務効率化は課題ですね。どの拠点でも同じ体験を提供していくためには、さまざまなナレッジの蓄積が必要。拠点数が増えても最少人数で回せるくらい、超効率的な組織づくりをしていきたいと思っています。業務の幅が広いLCMは、本当になんでもできるチーム。設備や構造のバックグラウンドを活かしたり、別分野の興味を伸ばすこともできるポジションだからこそ、やりたいことが明確でない人にとってもエキサイティングな環境と言えますね。

―では最後に、個人としての目標も教えてください。

杉山:僕はこのまま、一気通貫で仕事をする面白さを味わい尽くしたいですね。KITAKARUIZAWAではいままでしたことがなかったPMにもチャレンジさせてもらって、ようやく0→100を体感できました。これからはMEP(機械・電気・配管)などの知識も増やし、より守備範囲の広いLCMになれるよう、研鑽に励んでいきます。

串間:僕の役割は、NOT A HOTELに訪れるお客さまだけでなく一緒に働いている仲間、自分の家族も含めて、自分の関わる人たちに喜んでもらうことだと思っています。KITAKARUIZAWAでは自分の無力さを痛感する場面も多かったけれど、まだ伸びしろがいっぱいあると思えば、うれしくもあって。これからも目の前の人たちと誠実に向き合い、自分の強みを磨きつつ「NOT A HOTELの運営立ち上げには串間がいれば大丈夫」「Mr.NOT A HOTELだよね」と言われるような支配人を目指していきたいです。

杉山:すごく良いですね! NASUやAOSHIMAを経てのKITAKARUIZAWAだからこそできることが、これからもいっぱい出てくると思います。「NOT A HOTEL 本店」にふさわしい、誰もがわくわくする場を一緒につくっていきましょう。

イベント情報(5/25)


杉山も登壇する、建築PMやLCM(施設管理者)を対象としたイベントを5月25日(土)開催します。まテーマは「建築PM・LCMが明かす、NOT A HOTELの完成プロセス」です。PM、LCM観点でのこだわりから、完成の舞台裏まで様々なエピソードを共有しますので、ぜひご参加ください。応募期間は5月20日(月)までとなりますのでご注意ください。

採用情報


現在、NOT A HOTELでは建築チームや運営チームをはじめ複数ポジションで採用強化中です。カジュアル面談も受け付けておりますので、気軽にご連絡ください。

STAFF
TEXT:Sakura Sugawara
EDIT/PHOTO:Ryo Saimaru

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