泥船
就職活動真っ最中、内定はまだなく、志望度の高いものから、不採用通知がくる日が続いた。このままで行きたいところに行けない、それどころじゃなくどこにも行けないかもしれない。
そんな中、名前も知らない大阪の制作会社の2次面接に呼ばれた。そんなに行きたいわけではないが、内定があるに越したことはない。
グループ面接で、既に緊張している大阪出身の女の子と5秒に1度爪をいじる滋賀の女の子と自分の3人だった。面接は16時からの予定だったが、30分ぐらいおしているらしい。緊張をほぐすために周りの2人に話しかけた。もちろん、緊張をほぐすためというのは、自分自身の緊張であって周りの緊張などは知らない。
話して分かった自分以外の2人はこの会社が第一志望だということ。話して分かった一次面接の人事は社長だったということ。僕は社長の顔と名前すら知らないそんな志望度だった。それを聞いて私は焦ってその会社のウィキペディアを調べた。すると、池田というディレクターが演者を殴った。という文字が衝撃すぎて、社長の名前も覚えられず、結果40分遅れて面接が始まる。
人事が最初に発した言葉は、「何か質問とかある?」だった。「もちろんない」なんて答えそうだったが、他2人も同じ顔をしていて質問しそうになかったので私は質問した。私の質問に人事は10分かけて答えた。次の質問にも10分。盛り上がっているわけではない、1人語りの無双状態。「こりゃおすわ」なんて思いながら聴いていると、「君は安定したうちじゃない会社が向いていると思うよ、なんか雰囲気とかもそうだけど」と大阪出身の女の子が捕まった。突然のトラップに、彼女はタジタジで上手く返せず、緊張が全員に伝わって僕の心臓すら破裂しそうだった。
彼女は''大阪愛''の話で、反撃を始める。彼女の志望は全て大阪で、大阪攻めで内定を勝ち取る作戦のようだ。「大阪の何がいいの?」「大阪の人は〜、温かくて〜、優しくて〜、フレンドリーで、、、」
僕は驚愕した。話が抽象的で弱いからというわけではなく、僕が福岡から大阪に来るまでに、誰も道を譲らない・席を詰めて座らないから座れない・行列のお店で割り込みをお願いするなどの大阪に来て小1時間ぐらいで、優しさの真裏を体験していたから。「はっきりいうけど、大阪の人あんまり優しくないで、それなら地方の人とかの方がよっぽど優しいで」この人事のセリフに死ぬほど頷いた。でも大阪の制作会社の人事がこんなことを言っていいモノなのか?と不思議に思ったが、合点がいった。
人事の正体は、池田だった。
演者を殴ったとウィキペディア見たあの池田だった。池田は、次に滋賀の女の子を捕まえる。「君もなんか、教職とってるようなんだったら、多分うちじゃないと思う、真面目そうだもん」滋賀の女の子は、負け確定のような言葉を食らう。彼女の反撃は、''真面目なイメージを払拭すること''だった。
池田の「いろんな体験が大事、クラブに行ったり、外国に行ったり、虫を研究したりとにかくいろんなことをすることが企画になったりする」といったあくまで例を差し出すと、彼女は「私は不真面目で、スラム街に行ったことがありますし、クラブに行って遊んだこともありますし、結構夜は遊びます」急に彼女は夜の女であることを明かした。
池田は即座にそーゆーことじゃないと否定した。
このような不毛な議論に私の出番はなかった。私への質問はすぐに終わり、圧倒的に分量が少なかった。不安だった。他2人の今の印象を語っていた池田に、自分の今の印象を聞かずにはいられなかった、「正直今私はどう思われてるのでしょうか?」と面接でタブーなような気もする質問をすると、30秒沈黙が続いた。
「ん〜もうじゃあ言うわ。君は僕が他の2人への質問に興味ないでしょ?君は多分この安定していない泥船に乗るような人だから。他の2人はうちの泥船みたいな会社じゃなくて、安定した会社に向いてると思うんだよ、だから心配なんだけど。君はあまり心配していない。」と言われた。分からない。これは褒められているのか、怒られているのか。でも君はこの会社に向いていると言われたことは事実、でも本音は他2人より優勢だと思った。
''最後に言いたいことはありますか?''という質問が2周することになったが、「私は二周目ではもう大丈夫です」と答えた。もちろん言いたいことは山ほどあったが、偽善者の僕は配慮した。時間も押していて、次の組が予定の1時間長く待っている。そして何よりも第一志望と掲げた2人の最後の反撃チャンスを邪魔するわけにはいかなかった。2人は''本当に第一志望です''と熱量のみで訴える自己アピールで面接を終えた。
帰り際の空気は最悪だった。僕以外の2人は、面接では隠した悪い部分を露わにして、悪口合戦だった。褒めの言葉をもらった僕に居場所はなくて、何かあったわけではないが、僕は2人にすごく嫌われた感じが伝わった。僕は2人と歩幅を揃えることなく、気付かぬうちに姿を消した。どうしようもなかったけれど、心が気持ち悪かった。僕は内定をもらったわけでもない、彼女たち2人が内定をもらうかもしれないのに、圧倒的に分量のなかった自分がこれで落ちていたらどうするんだ!なんて想いもあった。
ホテルに帰って池田や会社について調べた。すると社長挨拶、企業理念、先輩の声、一貫して書いてあった「良い子」を採用すると言った内容。第一志望、入念に用意してきた2人は、「良い子」を演じていたことが分かった。しかし、「悪い子」を求められた2次面接で、途中良い子をやめて悪い子に乗り換えようとして、壊れてしまった。僕より泥船に向いているじゃないか。とか思った。