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Kaiserreich進捗報告123 ロシアその2+フランス・コミューン、ポーランド

(原文はこちらから)

久しぶり!前回のロシアの報告で、第二回では他のルートを見せると言ったが……申し訳ない、あれは嘘だ。ロシアのチームで何回か議論した結果、もっと内容が固まるまで公開は待ったほうがいいだろうということになった。実際、まだ他ルートのコーディングを進めていない。結局約束を破っているように思えるかもしれないが、これだけは覚えておいてほしい。今まで完成させた全イベントとディシジョン分だけでも、合計でコード2万行に達する。これだけでもMOD内だと最大のファイルになる量だし、しかも他のルートが残っている。
では、これまで完成したコードの中身は?その多くはロシアが第二次大戦前に体験する課題についてだ――この中には5つの危機、そしてコーカサスとトランスアムールで発生するかもしれない反乱についてだ。今回の進捗報告ではこれを紹介しよう。

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危機その1:フィンランド

ゲーム開始から非常に早い段階で、ロシアとフィンランドの軍隊はカレリア国境付近で衝突し、外交危機が発生する。

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フィンランドはまだドイツの同盟国ではないが、有効関係にある。そのためロシアが事件の対応としてカレリア割譲を要求した場合、フィンランドは友邦ドイツに接触して支援を乞うことができる。もしドイツがロシアでの経済的影響力を一部譲歩すれば、ロシアもすぐに引き下がるだろう。しかしそうならない場合、すぐに戦争へとエスカレートしてしまう。「初期に戦争をすれば、フィンランドが十分に持ちこたえて、膠着状態を作り出してしまい、それでフィンランドの勝利になるのでは?」、心配しなくてもいい。もし国境での衝突が起こらなかった場合、ロシアは初期の戦争に備えた国家方針を選択し、その後カレリアを要求するディジョンを選ぶ。

危機その2:モンゴル

ロマン・フォン・ウンゲルン=シュテルンベルク率いるモンゴルは、ゲーム開始時には数少ないロシアの同盟国だ。1927年の中東鉄道の支配権を巡る戦争でも、モンゴルはロシア側で奉天や日本と戦った。戦争自体はロシアの敗北に終わったが、それでもシュテルンベルクのモンゴルはロシア極東の安全の要と考えられている。しかしロシアとシュテルンベルクは、突如として難しい立場に追いやられる。1936年後半、とある弱小モンゴル貴族がいきなりロシアの鉄道を襲撃する。

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この事件によって、シュテルンベルクがモンゴル人たちのコントロールを失いつつある事実が浮き彫りとなってしまい、仮にロシアが犯人の引き渡しを求めた場合、シュテルンベルクの立場はさらに悪化してしまう。しかし鉄道の惨劇はロシアの世論に一大センセーションを巻き起こし、政府はなにかしらの対応を取らなくてはいけない。ロシアは行動を起こして軍部の怒りを買うのか、それても行動せずに世論の怒りを買うのか。そしてシュテルンベルクは同盟国との戦争に発展しないと賭けて、モンゴル人貴族たちを宥和するのか?

少し引っ掛かりを感じたら、それは正解だ。モンゴルの初期ゲーム内容は拡張される。シュテルンベルクのモンゴルにはイベント、新しい方針ツリーが追加される。新しいイベントとツリーは現在の「首都の混乱」イベントに連載し、シュテルンベルクの失脚を招く可能性がある。

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Discordで公開された新しいモンゴルのイベント。現地人を宥和するために旧正月を祝い、部下に注意を払い、有力者のボルジギンデムチュクドンロブの娘を後妻に迎えるなど、シュテルンベルクの微妙な立場が現れている。

ヴァシリー・ボルドィレフの帰還

1937年の始め、今度はコーカサスの状況が悪化する。これまで政府は農地改革を実施しようとしたが、ロシア人の「よそ者(inogorodnye)」とコサック地主、山岳部の民族の間に不和の種を蒔いてしまった。この関係はかねてから争いの温床となってきたが、ヴァシリー・ボルドィレフはこの隙を突いてくる。ボルドィレフはロシア人の元少佐で、1929年にロシア政府に決起して失敗している。以来、彼は少数の支持者を引き連れてジョージアに亡命している。そして1937年、ボルドィレフはジョージアとドイツの政府にを取引を持ち掛ける。

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ボルドィレフがジョージア北部の山岳地域で勢力を固め、ジョージアへの支援を求めている。イベント文によるとジョージアには山岳共和国の亡命政権も存在するようだ。

資金と装備を与えれば、ボルドィレフはサヴィンコフの専制に対してレジスタンス活動を開始し、やがてレジスタンスは軍隊へと成長する。

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チフリスでボルドィレフと山岳共和国亡命政権のガイダル・バンマトフが会議を開き、自由ロシア軍の結成を宣言する。

ドイツがこの計画に加担した場合、一連のイベントが連鎖し、ボルドィレフ軍はダゲスタン地域で蜂起しる。ロシアがジョージアやアゼルバイジャンを併合した場合、反乱も広がりやすいだろう。

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ロシア側もディシジョンが解禁され、レジスタンスに反撃することはできるが、一度始まってしまうと完全には撃退できない。そしてドイツとロシアの戦争が始まると、レジスタンスが広がった地域は、自由ロシア軍として蜂起する。自由ロシア軍は帝国協定の一員となり、その後の講和条約やロシア併合にも参加できる。

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自由ロシア軍に占領される地域は、ボルドィレフの反乱がどこまで広がったによって変わる。この画像では反乱が北に向かうのではなく、旧ジョージア地域に広がった事を示している。

「この国は新しいドンクバン連合なのか?」その通り。「プレイは?」できる。しかしコンテンツはロシアとの戦争に限られる。つまるところボルドィレフの目標は、サヴィンコフ政権の転覆と、ロシアの民主制回復だ。そのため勝利すると国家タグかロシアに切り替わるが、独自のルートに入る。

危機その3:ジョージア

ボルドィレフがジョージアを経由してコーカサスに武器を密輸しているのを読んで、こう尋ねるかもしれない。「ロシアもさすがに気付くのでは?」答えはイエス。その可能性は高い。

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ジョージアはコーカサス反乱の支援に消極的な選択肢を選ぶもある。しかしドイツが補給ラインとしてジョージア領内を使っても、それを止められる可能性は極めて低い。ジョージアで全く別の事件が起きるだろう(今後のジョージアのアップデートをお楽しみに)。もしそうした事件が起きた場合、ロシアは最終的にドイツの支援を把握し、問題に対処する必要が出てくる。フィンランドの繰り返しになるが、ドイツは潜在的同盟国のジョージアに変わって介入し、見返りに(まだ持っていれば)ロシアでの経済利権を譲歩する可能性がある。もしそうならなければロシアのジョージア侵攻を招くことになる。もしジョージアが陥落すると、ボルドィレフ反乱の拡大は大きく制限されるだろう。

危機その4:中央アジア

中央アジアからアラシュ・オルダが消えたのを見て、悲しい気持ちになっている諸君、心配ご無用!もし政府が農地改革を進めれば、アラシュ地域の問題を再燃させる可能性がある。改革によって新たなロシア人入植者が大挙して押し寄せ……そして現地のコサックとの対立が始まり、現地のカザフスタン人が巻き込まれてしまう。多くの人々が周辺諸国に亡命するか、あるいは日本やインド、オスマン帝国といった大国に支援を求めるだろう。中央アジアでの危機は多くのルートが存在する。ロシア政府の行動や諸外国が干渉するかによって、危機は全く発生しないまま、騒動が沈静化するかもしれないが、そうでなければカザフ人たちが蜂起する。最初はセミレチエだけだが、ほかのカザフスタン中核州にも広がる可能性がある。そして戦争になれば、さらにヒヴァ、ブハラ、トルキスタンなど、他の中央アジア諸国が敵に回る可能性がある。

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セミョーノフと聖ゲオルギウス騎士団

1938年はロシア政府に新たな懸念が生まれる。これに先立って、ロシアと日本の間で複数の外交衝突が起きるだろう。アイグンとブラゴヴェシチェンスクを挟んだアムール側で事件が起きたり、サハリン沿岸部で日本の船舶が「不慮の」沈没を遂げたりする。

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この事件をきっかけに、日本はかつての政策を再燃させ、ロシアとの間に緩衝国を作ろうとし、やがてその道具として亡命将軍のグリゴリー・セミョーノフに行き着く。

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セミョーノフは紅髭子や中国人傭兵を味方にしており、さらに日本から援助されれば、ウラジオストクに駐屯するロシア軍内の不穏分子とも接触できるだろう。セミョーノフの反乱は現地住民の不満ではなく、軍内部の混乱と不満の結果だ。

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元将軍のミハイル・ディテフリスを中心とした秘密結社「聖ゲオルギウス騎士団」の説明イベント。共和制とサヴィンコフ政権の両方に反対し、ロマノフ家のニキータ・アレクサンドロヴィチを君主とする王政復古を目指している。またイベント序文には1929年に軍部の粛正がおこなわれ、サヴィンコフ支持者と急進左派が追放されたらしいことを示している。コメント欄によると前回の進捗報告で存在しなくなった将軍はこの粛正で消えたらしい。

ボルドィレフ同様、セミョーノフ軍はトランスアムール地域にゆっくりと広がり、さらにトランスバイカル地域にまで及ぶ可能性がある。

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しかしボルドィレフと違って拡大する速度は遅く、もしロシア軍は十分なリソースを投じて反撃すれば(ディシジョンを使う。ボルドィレフも同じ)、ウラジオストクの支配を回復し、東でのトラブルを未然に防ぐことができる。失敗すれば、セミョーノフ率いるロシア軍はロシアに宣戦布告し、ドイツとの戦争の邪魔をしてくるだろう。トランスアムールは日本から支援されているが、日本の同盟国ではなく陣営には入らない。今のところは。
セミョーノフの目標はロシア政府の転覆ではなく、シベリアを自分の王国にすることであり、もしロシアが西部で敗北すれば、目標を達成できるかもしれない。

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セミョーノフの初期領土は反乱がどこまで広がったかで決まる。そして国名も「トランスアムール」だけではなく、領土によって変わる。今はこれだけしか完成していないが。

「この国はトランスアムールの新バージョンなのか?」そうだ。「遊べる?」独立したら遊べる。セミョーノフがシベリアを支配した後のコンテンツを用意している。セミョーノフは日本の同盟国に収まるか、他の陣営に加盟するかを選ばなくてはいけない。またミハイル・ディテリフス率いる聖ゲオルギウス騎士団を満足させ、他のロシア地域に領土主張し、君主制を復古することもできる。騎士団は、永遠に日本の属国になり下がる気はさらさらないだろう。

危機その5:ウクライナ

もしかしたら最後の危機がもっとも危険かもしれない。ここで巻き込まれる国は帝国協定の加盟国、ウクライナだ。ウクライナのドンバス地域の石炭企業は多くがロシア系で、ドイツ政府の指図を受けていると思い込んでいる。

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ドンバス地域に大きな影響力を持つ南部石炭・鉄鋼協会の説明イベント。ロシアからも季節労働者が押し寄せるドンバスではロシア系も大きな影響力を有している。しかしブラック・マンデー以来、「ドイツがロシアの影響力を排除しようとしている」との噂が流れ、ロシア系住民が不満を抱くようになっているようだ。

1938年後半に事件が発生し、反ドイツ感情のパラノイアはストライキを招き、ロシア人の石炭工夫は祖国に介入を求める。ロシアが介入を選んだ場合、もちろんウクライナと外交危機が発生する。フィンランドやジョージアと違って、ドイツは経済利権を譲歩しても危機を終了させることはできない。譲歩する選択肢はあるが、ロシアは拒否するだろう。ウクライナがドンバスを明け渡さない場合、戦争をすることもできるが、ロシアは非常に早い時期に単独で帝国協定と戦わなくてはならず、あまり有利とはいえない。

そのため「石炭危機」と呼んでいる別のシステムを用意した。

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これはドンバス内での国境紛争を扱う内容で、小規模のロシア軍とウクライナ軍が戦闘を繰り広げる。これはバニラの国境紛争システムを使っていない。両国が一週間ごとに戦術を選び、ドンバスで”advantage”ポイントを競う(危機発生までの選択肢に応じて初期のadvandageポイントが変化する可能性もある)。どちらかが一定数のポイントを集めれば勝利となる。石炭危機が決役の突かないままズルズルと続くと、ウクライナが粘り勝ちとなって元の状態に戻る。しかしロシアが勝利すれば、早期の戦争をせずに資源豊富なドンバス地域を獲得し、しかもドイツと東欧最大の帝国協定加盟国ウクライナに大きな外交的敗北を味わわせることが出来る。

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「石炭危機」始まる!ロシアは戦略の選択に14日を要する。

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最後に

これで今回の進捗報告はおしまい。次回は他のロシアのルートを見ていくことになると思うが、すぐに来るとは思わないでほしい。いま見せられるのはまだ作業中のもの、刷新されたロシアとドイツ、それに日本の講和システムだけだ。日本はロシアと講和するために毎回シベリア全土を征服する必要はなくなるし、ドイツも戦争を終わらせるためにロシアを完全に併合する必要はなくなる。これはかねてから要望されていた。

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それでは次の時間まで、ロシア・チームからは以上だ。楽しんで!


質問

Q.ボルドィレフとセミョーノフの反乱はどのルートでも起きる?

A.ボルドィレフの目標はロシア民主主義の回復だ。だからサヴィンコフルートだと反乱するし、共和国ルートなら何もしないだろう。君主制は、絶対君主制なら決起するし、立憲君主制だったら蜂起しない。

Q.ドイツにはウクライナを支援できる?

A.ウクライナが劣勢なら支援できるし、優勢ならロシアを妨害できる。ただしこれは間接的な支援にとどまる。

Q.ロシアは国家大衆主義だと降伏しないみたいだけど、それだとほとんどのルートで降伏しないことにならない?

A.前回のPRで公開した通り、サヴィンコフには独自の”anger”システムが存在し、民衆の怒りと軍の怒りを管理しなくてはならない。戦争で劣勢になればどちらか(おそらく軍部)の怒りが頂点に達し、サヴィンコフ政権は転覆するだろう。そしてそのあとでドイツと講和する可能性はかなり高い。

フランス・コミューン

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フランス、革命の祖国
第三共和政は、その始まりと同じように滅亡した。ドイツによって敗北を喫し、民衆の意思を封殺しようとしたのである。grande guerre(世界大戦)は悲惨な末路を迎え、ブルジョア政府は当然階級利益を重んじ、祖国や民衆を顧みようとはしなかった。休戦が発表されると、諦観や安堵が国を覆った。政府は軍に即時動員解除とストライキや抗議活動の粉砕を要求した。全て講和条約を締結せんがためであった。1919年11月、ヴェルサイユ条約が調印されたとき、残ったのは怒りだけだった。それはずさんな計画で、無謀な攻勢で、喜んで大勢を死に追いやった者たちへの怒りだった。奴らはあまつさえカイザーとの屈辱的な講和を選び、それすらもプロレタリアートに武器を向けるためだった。それは特権政治の聖戦と偽り、フランス国家の存亡をかけた決戦であるかのように偽った者たちへの怒りだった。結局明らかになったように、この戦いですら金満家のための戦争に過ぎなかった。この怒りによって、平和主義者や愛国者たちは団結し、ついに民衆は立ち上がった。大規模な抗議活動が多くの大都市を席巻し、スト参加者を守るために民兵が組織された。そして軍隊の中でも、武器を捨てようとしない人々が現れ、とうとうその時が来た。どこかで銃声が鳴り響き、一人の将校が死んだ。革命が始まったのだ。
1920年5月1日、フランス全土の代表がパリに集結した。彼らはかつての父祖たちを振り返った。1872年の神話とパリ・コミューンの同志たちを、ロシアの神話を。そして祖先たちの共通して抱いた夢、公平な社会の実現を誓い、フランス・コミューン連邦(Federation of the Communes of France)の建国を宣言した。当然、共和政府も黙ってはいなかった。内戦が国中で勃発した。兄弟が兄弟と反目し、流血と破壊がそこかしこに吹き荒れた。しかしやがて進歩勢力が反動を押し返した。民衆の解放のために戦う人々を前にして、ブルジョアの奴隷どもに勝ち目などなかった。その年の終わり、政府はわずかばかりの品性すら持ち合わせていないのだと示した。降伏よりも亡命を選び、アルジェから民衆を再び奴隷にしようともくろんだ。反動の息の根を止められず、課題は山積し、革命の足場は固まっていなかった。しかし、メトロポリテーヌはとうとう解放されたのだ。
コミューンとその機関
しかし今度は「制度派」と「組合派」が内部で対立し、コミューンの安定を脅かした。「制度派」とは議会社会主義者が中心となった派閥で、労働者インターナショナル・フランス支部(SFIO)急進党の急進的メンバーが参加していた。彼らは議会制社会主義共和国の建国を支持していた。一方の「組合派」の中核はフランス労働総同盟で、内戦中は民兵団を組織して赤軍の根幹を担った。組合派はより純粋な「サンディカリズム的」制度、すなわち組合(フランス語で『シンジケート』)が権力を有する制度を支持していた。最終的に、SFIO左派(マルクス主義者や前衛主義者、評議会主義者の寄せ集め)と戦争初期からの平和主義者(戦時活動への支持を反対していた)がCGT系議員の側に付き、妥協を迫った。こうして1920年9月、フランス・コミューン連邦憲法が宣布され、二重制度が誕生した。人民議会は二つに別れ、組合の代表から構成される「労働総取引所(BGT)」と、フランス各地のコミューンの代表から構成される「コミューン連邦議会(AFC)」が並立した。両院とも連邦の問題について同等の議決権を持ち、議員らは有権者が必要と判断した場合には再選挙を行うことが出来ると定められた。連邦の経済問題はCGT(公認されている唯一の組合連盟組織で、現在は政府の一部門と化している)とその連邦レベルの議会であるBGTが取り扱っているが、それ以外の日常的な意思決定については各地のコミューンに大きく分権化されている。行政権については、一般的には閣僚評議会議長を首班とする連邦政府に委ねられているが、コミューン各機関の強力な民主的性質によって、確固たる力を振るうことはできない。
この妥協体制は機能しているが、しかし非効率的であり、過去十五年にわたってコミューンの政治論争の中心となり、左派の間では不満の種になっている。現行の制度に満足している者は少数であり、たとえ賛成している者であっても、大改革が求められているとは認識している。

メーデーに公開されたフランス・コミューンのリワークの予告。国家精神では徴兵人口への大きなデバフが目立つ。新しい国家元首のジャン・ジロムスキーは戦間期フランスの政治家。SFIO左派に属し、マルソー・ピヴェールとともに共産党との連携を主張し、のちの人民戦線結成に貢献した人物。

政党はそれぞれ以下の通り。史実の組織から引用しているが、中身は同じではないらしい。

・全体主義ブロック(Bloc Totaliste)
・統一サンディカリスト党/革命サンディカリスト委員会(Parti Syndicaliste Unifié/Comités Syndicalistes Révolutionnaires)
・労農共産党(Parti Communiste Ouvrier et Paysan)
・青年共和派連盟(Ligue de la Jeune République
・社会主義共和派委員会(Union Socialiste Républicaine
・自由コミューン擁護委員会(Union pour la Défense du Libre Commerce)
・フランス・キリスト教徒連盟(Fédération des Chrétiens de France)
・農民戦線(Front Paysan
・国家再興行動秘密結社:(Organisation Secrète d’Action pour la Restauration Nationale

また開発者から派閥についても公開されている。

・議会と組合、地方と中央の関係が争点となる。
・正統サンディカリスト派は現状維持を目指している。
・「ゲード主義者」と呼ばれるマルクス主義勢力はサンディカリズム制度が腐敗の温床になるとして反対しており、組合の権力削減、地方議会への分権を支持している。サンディカリズム体制への反対派や組合の過大な権力に憤る人々の反感の受け皿になっている。・全体主義ブロックには以下の二つの勢力が参加している。
・「ネオソシアリスト(新社会主義者)」はサンディカリスト革命を「過渡期」と捉え、より一層の集権化を目指している。中間層や官僚から支持され、他派からは「ジャコバン派」と呼ばれている。開発者によれば「東ドイツ的」。
・ソレリアンは労働者や若者たちの勢力で、知識人や官僚に「盗まれた」革命を取り戻し、地方の民兵や議会に更なる権力を与えて官僚制を「監視」し、「真のサンディカリズム」を実現しようとしている。こちらは「文化革命的」。
・全体主義勢力は選挙では選ばれない。まだ開発中だが、ローマ進軍のように混乱に乗じて政権を獲得する方向で考えている。どちらかが政権を握れば、もう一方を粛正するだろう。
・上記に未公開の派閥を含めた5勢力が政権を取れる可能性がある。
・レーニン主義勢力は存在しない。アナーキストも存在するが、政権は握れないし、リーダーはウクライナの亡命将軍ではない。

ポーランド

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こちらは5月3日のポーランド憲法記念日に公開されたポーランドのリワーク予告。以前公開された予告と比べるとドイツの属国になっている点は変わらないが、オーストリアの経済利権などの国民精神が追加されている。体制派から反対派、さらに父親に至るまで誰からも支持されていない国王、不均衡な農地所有権、社会主義者とナショナリストの間で二極化する社会などの問題が触れられている。

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1936年に発生すると思われる革命イベント。全国で民衆が蜂起し、首都の王宮も包囲される。グデーリアン部隊を突入させるか、それともさらに軍を動員するか。

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こちらは対ロシア戦中と思われるイベント。東部諸国が崩壊し、ポーランド国内は大混乱に陥る。さらに陸軍内の一部がロシアに亡命していたロマン・ドモフスキと通じているようだ。

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こちらはドイツのための戦いに反対する労働者たちのゼネストイベント。これまでのイベントを踏まえると39年まで政変イベントがあるようだ。

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ポーランドの初期政党。

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