『いつかそこへ』

 この話は2010年2月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第28作目です。

 インドがここ数年だいぶ身近になってきた。住んでいる町に、そのほとんどがカレー屋だが、インド料理屋が増えている。外からちらりと覗いただけだが、厨房でもフロアでも働いている人達はどうも本当にインドの人達のようだ。
 この町は線路のこちら側と向こう側では同じ町なのにその表情は異なっている。日が暮れる頃になると線路の向こう側は中国、韓国、フィリピンの人達が多くなり、昔ながらの下町が全く別の顔を見せる。歩くのを躊躇してしまうくらいに変わってしまう。
 インドといえば、やはり単純にカレーが思い浮かぶ。今は様々なカレーが世間に出回っているが、家のカレーと蕎麦屋のカレーが美味いと思っている僕には別物に感じてならない。
 ロンドンでは美味しいイギリス料理(そんなものあるのか?)になかなか巡り会えなかったので、中華料理やインド料理を食べた。インド料理屋に行くと、僕はミックスグリルを必ず注文していた。味付けは同じだが、数種類の肉が食べられるのが気に入っていた。
 それから、タージ・マハル。初めて手にしたタージ・マハルの絵葉書は、拙文「距離・1」に出てきたLindaが20年以上前に送ってくれたものだ。その頃の僕はまだアジアの他国へは旅した経験が無く、香港の面白ささえ知らないでいた頃だったので、いつか本物のタージ・マハルを目の前にしてみたいと思ったのはその時からずっと後のことだ。
 僕はまだインドへは行ったことがない。割りとよく出掛けていく美術展や展覧会、よく観る映画もだいぶインドのものが入ってきている。
 昨年観に行った「チャロー!インディア」展はとても面白い美術展だった。展示品のどれもがその色使いから欧米の影響を受けているのが伺えたが、ここは譲れないというインド色のようなものが自分なりに感じ取れて面白かった。
 映画館で観て後にDVDも買った「ダージリン急行」も面白い映画だった。これを観てインドを電車で旅してみるのも面白そうだなと感じ、インド行きをちょっと計画してみようかなと思った。
 映画と言えば、昨年大ヒットした「スラムドッグ$ミリオネア」を観たときには、旅するのはちょっとまだ無理だなと思った。妹尾河童さんの「河童が覗いたインド」を読んで、あれだけ時間をかけた長旅は無理だけどやはり行こうかなと思った。
 そういえば百瀬さん(作家の故百瀬博教さん)が「不良ノート」でインドの事を書いていたなと思い出し、久し振りに「インド夜想曲」というタイトルのエッセイを読んだ。丁度いいタイミングで、いつかは観なくてはと思っていた、映画「インド夜想曲」のDVDが安くなって再発売されたので買った。
 この映画を観ることによって、自分のインドに対する思いや好奇心がどのように変わるか、インドへ行ってみようと再び思うのか興味をもってこの映画を観た。
 観終わって自分の中に残った結論は、「まだ無理」だった。観たものや読んだものによって行こうと思ったり、やはり行くのを止めようと思うのを繰り返している。
 何が無理だと思わせるのかというと、自分の所為ではないのに可哀相に惨い外見になってしまった人達を目にすることに耐えられないのだ。どこへ行っても目にすることはあるが、インドは特にその様子が剥き出しで強烈な気がする。この点が克服出来ないと、旅先での楽しみの一つであり、最大の目的である大好きな街歩きは不可能だろう。
 しかし、タージ・マハルだけはどうしても観たいという気持ちは強い。そこで、最近考えているのは、僕と同じような考えを持っている友人・知人を集めて弾丸ツアーでタージ・マハルだけ観て帰ってくることである。
空港→ホテル→タージ・マハル→ホテル→空港→帰国・・・というスケジュールだ。
 ある程度の人数が集まれば旅行代理店もこの要望に応えてくれるだろう。インドで悟りを開くつもりもないし、インドにかぶれてしまった・・・失礼、大きな影響を受けた方々が仰るところの人生が変わってしまうような旅をするつもりもないので、あくまでも今は僕にとってこれで十分な気がする。
 こういうことを言うと、否定的に「本当の旅とは・・・」等と言う方々がいると思うがこれも今の僕にとっては本当の旅なのだ。
 航空会社に勤めている頃、一度だけ仕事で行く機会があったが諸事情により流れてしまった。これだけ旅が好きなのに行くことに二の足を踏み、未だに訪れていないということは、この国とは縁がないということなのかもしれないと思うこともある。
 今現在抱いているこのような警戒心一杯のインドへ行くことに対する気持ちを覆す何かが現れないだろうかと期待している自分がいるのも事実である。
 今読んでいる本を読み終えたら、藤原新也さんの「印度放浪」を読む用意をしている。パラパラとページを捲るとなかなか刺激的な写真が満載だ。「印度放浪」を読み終えたら僕のインドに対する気持ちがどのように変化するのか今から楽しみだ。
 今のところ僕とインドの付き合いは、「カレー、ミックスグリル、たまにチャイ」で十分満足である。インドへ行くのは、絶妙なタイミングを見計らってくれているであろう旅の神様からのゴーサインが出るまでもう少し待ってみよう。

追記:「インド夜想曲」というエッセイが著書の「不良ノート」にある百瀬博教さんが亡くなってこの一月末であっという間に2年です。今読んでいる本は指揮者の小澤征爾さんの修行時代のお話で、次は藤原新也さんの本です。百瀬さんのご命日の前後のこの時期にこの話を書き、読んでいる本とこれから読む本が百瀬さんと交流のあった方々の著書だというのも偶然ではない気がします。生前連れて行っていただいた浅草のフジキッチンさんへ今年も行って、お店の方々と百瀬さんの思い出話をして自分なりに供養しました。このストーリーを入稿する前に、麻生珈琲さんへ行ってアイスコーヒーを飲みながら赤入れをしました。3年目に入った僕のストーリーを天国で楽しんでいただいていたら嬉しいです。合掌。


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