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『旅先で食べたもの・12』
この話は2016年12月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第110作目です。
「旅先で食べたもの」は今回で12作目となる。ここ「みんなのストーリー」への投稿は月に1回なので、旅先で食べたものの話だけで1年書き続けたことになる。
2014年に当時7年振りに再訪した台北の旅に関しては、いくつか書いてきたが、まだまだ書いていないことがたくさんある。正直に言うと、旅から2年が経とうとしている現在でも旅の記録の整理が終わっていない・・・。滞在は実質丸二日の旅だったが、観光スポットを訪れたり、旧友達と再会したり、慌ただしくはあっても非常に充実した旅であった。
その滞在中の一日、朝食後から夜の会食までの時間を使って一人で街歩きをした。トラベラーらしいひとときだった。これまで、そのほとんどは仕事であったが、台北には30回くらいは訪れているはずである。観光らしい観光はほとんどしたことがなく、故宮博物院に計2度訪れただけである。そういえば、観光といえるかどうかは疑問だが、あのグランドホテルへお茶を飲みに行ったことも1回あった。訪れたことがないのに過去の旅でその絵葉書を何十枚と使ってきた中正記念堂にその街歩きのときに訪れることができた。その話に関してはグランドホテルの話とともに次回に譲ることにする。
街歩きの昼食は台湾のローカルフード(この表現も昨今普通に使われるようになった)である牛肉麺と朝から決めていた。中正記念堂から少し歩くと一軒有名なお店があることをガイドブックで予め知っていたのだ。実際に歩いた距離は少しではなかったが、目指したお店には迷わないで辿り着けた。
これは台湾に限ったことではないと思うが、美味しいと評判のお店には人集りができているものである。ガイドブックがなくても人集りを頼りに食事をするところを探しても大きくハズれることはないだろう。意外とそういう探し方のほうがいいお店に巡り会えたりするかもしれない。
目指すお店が見えてきたときには気が付かなかったが、思い起こしてみるとその評判の店の前には昼時なのに人集りができていなかった。人通りすらなかった。店の前に立つとシャッターがしっかり降りていた。勝手な解釈で昼時にこの人通りだから潰れたのかと思い、同時にガイドブックは当てにならないとまで思った。場所は間違えていないはずなのでガイドブックを見直してみると月曜定休と書いてあった。そう、その日は月曜日であった。確かに台北という観光地を訪れてはいるが、街全体が観光地であるわけではなく、定休日を設けて現地の人達を相手に商売をしているお店が普通にあるのだ。そういうお店が、トラベラーというよりこの場合はツーリストといったほうがしっくりくるだろうか、ツーリストの都合で美味しいお店の一つとしてガイドブックに紹介されているだけなのである。観光地の飲食店に定休日などないというツーリスト的な勝手な思い込みを少々恥じた。
この看板が見えたときは“あった!”と思いました。
ご覧の通り見事にシャッターが降りていました(涙)。
目的が遂げられなかったといってトラベラーにはいつまでもガッカリしている時間はなく、この定休日に当たってしまったことをお土産話にするくらいでないと・・・と無慈悲にしっかりと降りた青いシャッターを写真に収め、気を取り直してもう一軒候補としてチェックしておいた店を目指した。15分も歩いただろうか、そのお店にも迷うことなく辿り着けた。お店の看板が遠くからでもよく見えた。お店に近付くに連れて人集りも見えてきた。とにかく定休日ということはなさそうだったのでホッとした。
お店と人集りが見えたときはホッとしました。
店内は満席。この写真を撮ったあとで列に並びました。
20分も並んだだろうか、満席の中でようやく空いた一人分の席に案内された。メニューにはいろいろとアレンジされたものもあったようだったが、迷わず一番オーソドックスな牛肉麺を注文した。待っている間にぐるりと店内を見回すと、地元の人、台北以外から来ている台湾の人、中国からの観光客らしき人達が席を埋めていた。欧米からの観光客らしき人は見かけなかった気がする。いたような気もするが記憶が定かではない。 店内をキョロキョロしているうちに、想い焦がれたといっては大袈裟だが、久し振りの牛肉麺が運ばれてきた。
想い焦がれた?牛肉麺。トラベラー各位いかがですか?
牛肉麺の好き嫌いが分かれるところは、濃いめの醤油味のスープに八角が効いているところだと思うが、私は好きである。スープの濃淡はお店によって異なるが、私にとっては八角が効いたこのスープが台湾に来ていることを実感させてくれる味である。
目指したお店の一軒目は定休日だったという失望を乗り越えて辿り着いた老舗の美味しい牛肉麺を啜りながら、台北へ仕事で来た際の常宿だった館内にはレストラン以外何もなかったエアポートホテルの牛肉麺を懐かしく思った。食べたときのほとんどは一人で台湾ビールを飲みながらであったが、乗務員の宿泊先でもあったので、たまに顔見知りの乗務員と話しながら食べたりもした。
スープに八角が効いてはいるものの、本場のものの足下にも及ばない間に合わせのような牛肉麺を都内で食べるとき、エアポートホテルの情景や懐かしい顔が今でも湯気の向こうに見える。そのくらい私の中に刷り込まれた食べものなのだ。
麺を平らげスープを飲み干したときに、次回の再訪の昼食は必ず牛肉麺にして全て異なる店で食べようと思った。牛肉麺の話だけで回を重ねられるくらい食べ歩くことができるのか楽しみである。
追記:
1. 私が牛肉麺を一番食べたエアポートホテルはもう無いようです。別の 場所に欧米のホテルチェーンがエアポートホテルを何年か前に建てたそうです。
2. ちょうど去年の12月に掲載された話もアジアの麺に関する話でした。 合わせて「旅先で食べたもの・9」もご笑覧下さい。
3. 牛肉麺を初め台湾の食べものに関しては、最近ではこの2冊にいい情報が載っています。
特に「台湾の人情食堂 こだわりグルメ旅」(光瀬憲子著 双葉社)は、次回の台湾への旅では前回とは違ったものを食べてみたい、好きなものを突き詰めてみたいと思っているトラベラーにはピッタリの一冊だと思います。 それでは、トラベラー各位、どうぞ良いお年を。