『訪れた証(あかし) 1』

 この話は2008年2月に書いてトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第5作目です。
 
 旅先を訪れた証に必ず入手するもの、特に海外の場合は何があるだろう。僕の場合は宿泊したホテルの名前の入った絵葉書やアメリカ系某レストランのその土地の地名が入ったTシャツとピン等がある。
 それらとは別に見つかれば必ず入手するものにスノードームがある。その土地の名勝などが水の入った球体の中にあり、振ると雪がパラパラと舞い降りるものである。お土産としていただいてもとても嬉しいものである。
 お土産でいただくものは自分が行ったことがないところのものがほとんどだ。いただいた際には底面にくださった方の名前と日付をなるべく書き込むようにしている。いつ誰からいただいたかが分かるだけでなく、その方がその土地を訪れた旅の証でもある。
 僕が集めているのは家族や友人の間では周知で随分いただいた。大体土産物屋や空港にあるときはあるので見つけやすいというのもあるが、気になってつい探してしまうという人も多い。いまでは自分で購入したものも含めて70個ほどある。
 スノードームの好きなところは、特に自分が訪れたことのないところのものは、眺めたり振ったりしていると写真や映像と違った想像を掻き立ててくれるところだ。その土地ではないところで作られている場合がほとんどだが、その土地の空気が凝縮されている気がする。
 初めて自分で買ったスノードームは1992年もしくは1993年訪れたシカゴで買ったシアーズタワーのものだと思う。集め始めた切っ掛けは、作家百瀬博教氏のエッセイ「空翔ぶ不良」を休刊して久しい旅行雑誌「GULLIVER」で読んだためか、「空翔ぶ不良」の挿絵を毎回描いていたイラストレーターの安西水丸氏のコレクションを「GULLIVER」で見たためかは定かではない。しかし、「空翔ぶ不良・GULLIVER・百瀬博教・安西水丸」の影響だったことは間違いない。
 今から9年前の一日、JR線の駅で百瀬氏と邂逅した。漢(おとこ)や不良のストーリーが多い氏の作品の中で唯一の旅のエッセイである「空翔ぶ不良」のファンであることを告げ握手を請うた。気持ちよく握手をしてくださった氏にはその後親しくさせていただくどころか本当に可愛がっていただいた。世界中にいろいろな旅のエッセイがあるが、僕が一番好きなのは間違いなく「空翔ぶ不良」である。
 人生を旅とするならば人との出逢いは旅でいえばトランジットのような気がする。お互い全く違う人生を歩んでいながら、その出逢いで重なる。そこからまた別々の道を歩むが、そのトランジットの間に見聞きしたことが次の歩みへ与える影響は少なくはない。氏との出逢いがなければこのように旅のストーリーを書くようになっただろうか。
 氏のスノードーム蒐集は半端ではなかった。本当に愛情を注いで蒐めていた。スノードームの本を2冊上梓し、博物館まで作ってしまうほどだった。氏に関してはいつか「旅人」というタイトルで書きたいと思う。

 今回のこのストーリーは本年1月27日に惜しくも亡くなられた百瀬博教先生に捧げます。百瀬先生との出逢いがなければ前作「至近距離」は書けませんでした。百瀬先生、前作はお見せできませんでしたが、今回のストーリーはいかがですか?先生を慕っていた方々皆さんが好きだった笑顔を浮かべながら、あの豪快で元気のある大きな声で、「おい、この鼻っ垂らしッ!(笑)」と仰っているのが聞こえてくる気がします。天国で大叔父の弥三郎とご笑覧いただければ嬉しいです。僕に漢(おとこ)や不良は書けませんが旅の話は書いていきます。僕がそちらへ旅立つまで見守っていてくださいね。またゆっくり。

推薦図書
「空翔ぶ不良」 百瀬博教著 マガジンハウス
「スノードーム」 安西水丸・百瀬博教 キネマ旬報社
「スノードームに魅せられて」 百瀬博教 河出書房新社


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