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「エンリッチメント大賞2020」と、問い直される「いのちへのまなざし」


  「エンリッチメント大賞2020」の応募締め切りが迫っています。

※2020.05.28追記 締切は当初5月31日と表記しましたが、6月14日(日)まで延長しました。



 「エンリッチメント大賞」とは、NPO法人「市民ZOOネットワーク」により2002年度から開催されているイベントです。

 このイベントを通じ、日本国内に数多く存在する動物園・水族館の飼育環境の改善を目指した取り組みが幅広く紹介されてきました。

近年、全国各地の動物園・水族館で飼育動物の飼育環境を豊かにする取り組みがされています。こうした取り組みは「環境エンリッチメント(以下、エンリッチメント)」と呼ばれ、動物たちの野生本来の行動を引き出すことや、自然な繁殖や子育てを促進する等の結果にあらわれてきています。(中略)動物園や水族館でエンリッチメントの取り組みを探すことは、新しい視点で動物たちの暮らしを観察し、そして彼らの生態や行動を理解することにつながります。エンリッチメント大賞への応募を通じて、お気に入りの動物をもっと理解してみませんか?動物園や水族館で取り組んでいるエンリッチメントを正しく理解、評価することが動物たちの豊かな飼育環境づくりの最大の応援になると私たちは考えています。――NPO法人「市民ZOOネットワーク」公式HPより


 片野ゆかさんの『動物翻訳家』(集英社文庫)や、「動物園と水族館」を特集したCasa BRUTUS2019年9月号(マガジンハウス)など、このイベントでピックアップされた取り組みがメディアによって発信される事例も近年増えてきています。



 わたしがこのイベントに注目しているのは、動物園・水族館の飼育環境・展示内容それ自体の充実に寄与するとともに、歴史を重ねながら「制約の中で生きている飼育動物たちに対するどのような取り組みが、真に彼ら彼女らのしあわせに直結するのか」という生命倫理(バイオエシックス)の領域にまで至る問いと議論を提供している場だと考えるからです。

動物の飼育において、エンリッチメントの重要性が広く認識されてきたことを強く感じる。従って今後期待されるのは、エンリッチメント資材の多様化と目的の達成度評価と言うことになる(中略)エンリッチメントの目的は、①動物福祉改善、②展示改善、③個体の野生復帰にあることから、それらの達成度評価と言うこととなる。①に関しては、動物福祉とは身体的・心理的状態であることから、その改善効果を明確にする必要がある。しかも、これまでのネガティブな状態からニュートラルに戻すという発想から、ニュートラルからポジティブな状態にさらに高めるという発想への転換が必要となってきている。――(佐藤 衆介さん:東北大学名誉教授/八ヶ岳中央農業実践大学校 畜産部長「エンリッチメント大賞2019」全体講評より)
年を追うごとに「エンリッチメント大賞」というひとつの賞で全てをくくることの難しさが際立ってくると感じます。エンリッチメントの本義に照らして動物個体の福祉向上にどれだけ寄与しているかが見える取り組みに絞っていますが(中略)エンリッチメントをどのように園全体のシステムに取り組んでいくかというような重要な応募も毎年見られますし、(中略)エンリッチメントについて一般社会に強い発信力を持つ取り組みも波及効果という点で間接的ではありますが動物福祉向上への寄与を評価したいという思いに悩みました。これからのエンリッチメント大賞についての議論の必要性を改めて強く認識しました。――本田 公夫さん:元Wildlife Conservation Society展示グラフィックアーツ部門 スタジオマネージャー「エンリッチメント大賞2019」全体講評より)

 「動物園・水族館の生きものはしあわせか?」というテーマは、答えの出ない問いであるがゆえにしばしばディベート等でも議題にされることがあります。動物たちの「しあわせ」を外部から判断することについても、「どこまで正確に科学的に計測し、適切に実施できるのか。そしてそれは持続可能なのか」と問い返される部分があるかも知れません。いち観覧者にすぎない私自身も、この問いに対してはまだ結論を出せていません。

 一方で私は「エンリッチメント大賞」には、いきものたちに対するまなざしや実践のあり方を問いかけヒトと生きものの関係性をスモールステップで変革していく、「人間社会の中での新たな文化・価値観創造」の面でも大きな意義があると考えています。 

 動物園・水族館が、「しょせん『不要不急』のエンターテイメント施設」と切り捨てられてしまうような場所ではなく、「自然倫理・生命倫理の問い直し」や、「創造的な実践――Re-creation」を喚起する場所と捉えられていくために、草の根の取り組みの掘り起こしは重要な鍵となるのではないでしょうか。

 「エンリッチメント大賞」の受賞タイトルを見ていても、設置自治体や企業の大規模な投資により実現できるような大型のギミックを搭載した放飼場や、「特に優れた取り組みを行った飼育員」の属人性に着目し表彰が行われていた初期に較べ、近年では「資金は少なくても出来る限りの手段を尽くし、取り組みの情報を積極的に発信する」施設や、「それまで生きものや動物園・水族館に無関心だった人々をも巻き込んでムーブメントを起こす」取り組みに光が当たる事例も目立ってきています。

「エンリッチメント大賞」の審査員も務める川端裕人さんと本田公夫さんの著作『動物園から未来を変える』(亜紀書房)の後半に、以下のような一節があります。


動物園は定期的に「再整備」を繰り返さなければならない施設だ。その際に、基本計画の策定の前から市民ミーティングを開いて意見を取り入れるケースが増えている。これがあくまで形式的なものにとどまるか、実効あるものになるかは、自治体の職員の心づもりだけでなく、地元の市民がどれだけ動物園について現代的な問題意識をもって参加するかということもかかわっている。――川端裕人・本田公夫『動物園から未来を変える』(亜紀書房)

 ヒトならぬいのちから何を学び取り、彼ら彼女らに対して何を還元できるか。動物園・水族館からはじまる新しい価値創出の場に参加してみることも、動物園・水族館を享受してきた私たちが生きものたちやこうした場に対して「できること」のひとつかも知れません。「こんな素敵な取り組みを知っている!」という方は、ぜひ応募してみてはいかがでしょうか。



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