【園館等訪問ルポ】鵜飼をめぐる冒険 おもしろうて、やがてかなしき――(前編)
■ 「近代以前の動物鑑賞文化」を手探る
おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉
芭蕉 (真蹟懐紙・夏・貞享五)
2019年は私にとって、今まで以上に熱を入れて各地の動物園や水族館に足を運んだ1年となりましたが、同時により広範な「ヒトと生きものが共に在る文化」にも関心が向いた年でもありました。
動物園・水族館(以下「園館」)はヒトの文化の中で発展してきた施設ですが、ヒトが生きものを生きたまま扱ったり触れてきた文脈は園館以外の多様な文化の領域でも存在しますし、近代以降に発展した園館よりも長い伝統を持っている場合も多いです。
こうした、園館の成立以前から命脈を保つ「動物文化」ないし「動物鑑賞文化」は、現代の私たちが動物園や水族館の生きものをまなざす視点にも無意識下で大きな影響を与えているのではないかと感じます。
前置きが長くなりましたが、先に述べた「動物鑑賞文化」の代表として2019年に特に強く関心を抱いていた「鵜飼」について、この記事では関連施設の訪問記録を辿りながら述べていきます。
■ 長良川うかいミュージアム(岐阜県岐阜市)
金華山の麓、見上げれば岐阜城の天守閣が聳える長良川河川敷。真新しい「長良川うかいミュージアム」が建てられていました。
この日はたまたま大分県から「おんせん県」をPRするキャラバンが来ており、湯桶に浸かったスタッフさんと鵜のゆるキャラ「うーたん」が一緒に写真を撮っている場面も。とてものんびりした時間が流れていました。
ミュージアムの入口には天皇・皇后両陛下行幸啓の碑が残されていました。長良川の鵜匠たちは「宮内庁式部職鵜匠」に任ぜられており、国内の鵜飼の中でも特別な役割を担っている旨が解説されています。
館内には、鵜匠の手によって鵜が魚を捕らえる場面が実演される水槽を設けたスペースもありました。この日はスケジュールが合わず観覧できませんでしたが、水中での鵜の動きをよく観察することができます。
鵜飼の文化的背景から、ウミウの生態、野生下個体の捕獲の方法、地名やことわざに登場する鵜まで、展示の切り口は非常に広範です。中には訪問者が自ら操作することで学びを深められる展示もあり、伝統の古めかしさよりもインタラクティブな展示方法による発見の驚きの方が勝りました。
ひとしきり観覧し終わり再び外に出ると、一棟の水禽舎を見つけました。生体のウミウが暮らしています。館内の技術を駆使した解説で得られる知識に、存在していることそれ自体によって裏付けを与えるかのように、ウミウたちは出口付近にひっそりと佇んでいました。
この時の旅ではミュージアムの近くに宿を取ったのですが、ロビーでは長良川鵜飼でかつて活躍した鵜が綺麗な衣装を着せられて在りし日の姿を留めていました。「菊乃」と名付けられています。鵜匠が提供した剥製です。
私は園館での学びを踏まえ、野生動物を擬人化してまなざすことには慎重にならなくてはならない、という考えを抱いているのですが、この宿や剥製を提供した鵜匠がウミウを――いや「菊乃」をぞんざいに扱わず、大切に敬ってきたその意思はありありと伝わってきたのでした。
園館の展示動物や家畜について近年特に見直しが叫ばれている「動物福祉」概念の、ひとつの在り方を垣間見た思いでした。
年老いて漁ができなくなり、鵜飼を引退した鵜も、引き続き鵜匠の家で暮らします。毎年、鵜飼シーズンが終わると、鵜に感謝と弔いの気持ちを示して、亡くなった鵜の供養が行われています。――ぎふ長良川鵜飼公式HPより
■ かみね動物園 はちゅウるい館 (茨城県日立市)
鵜飼文化は日本各地に存在し、前述の長良川など非常に知名度が高く長い伝統を持つものもあります。
翻って、鵜飼に使役されるウミウを飼育・展示している施設は現在の日本の動物園・水族館では何件あるでしょうか。
どこからどこまでの施設を「動物園・水族館」と呼ぶかという定義の問題はありますが(「日本の動物園・水族館」の曖昧さについては既に多くの方々が言及されているとおりだと感じます)、ここでは仮に2020年現在JAZA(日本動物園水族館協会)に加盟している施設に限定し、JAZA公式ページの「飼育動物検索」により調べてみましょう。
・日立市立かみね動物園(茨城県日立市)
・アクアマリンふくしま(福島県いわき市)
常磐地域の、わずか2園館のみ。数字だけ見れば、ジャイアントパンダ(2020年現在3園で飼育展示)、ウォンバット(2020年現在2園で飼育展示)、シャチ(2020年現在2館で飼育展示)、エンペラーペンギン(2020年現在2園館で飼育展示)ばりの「珍」動物です。
園館では数少ないウミウの展示ですが、2園館のひとつであるかみね動物園では、「ウ」が2018年に完成したばかりの最新の施設名に冠されていました。
「はちゅウるい館」です。「爬虫類館」なら多くの動物園や水族館に置かれていますが、「ウ」が強調されています。爬虫類たちに加え、ウミウの展示施設もこの建物に付属しているのです。
ウミウは、日立市の鳥。長良川をはじめ、日本の鵜飼に従事するウミウたちは日立市十王町の「鵜の岬」で捕獲されている個体が大半です(※京都の宇治川鵜飼の鵜匠が近年ウミウの人工孵化に成功しており、すべてが野生個体という訳ではないことは付言します)。
簾から鵜を垣間見る展示は、野生のウミウを捕獲する「鵜とり場」を再現したもの。鵜飼文化の意匠も取り込んでいます。
かつてウミウが飼育されていた舎もまだ残されていました。大きな鵜籠といった概観で、現在の「はちゅウるい館」に比べるとやや唐突に、無造作に置かれています。市の鳥であるウをその名に冠する施設の誕生は、地域固有の動物や自然の展示に力を入れていくという、近年の園館に広がっている動きとも呼応しています。
■ 番外編:恩賜上野動物園 不忍池「カワウ繁殖島」(東京都台東区)
園館でのウミウの飼育展示は現状ではとても珍しい、と書きましたが、近縁なカワウは野鳥としてもしばしば目にすることが出来ます。
このカワウが大きな存在感を放つ動物園として、恩賜上野動物園の名前が真っ先に挙がります。
現在の上野動物園の園内マップに、「カワウ」の案内は出ていません。しかし、西園の面積の多くを占める不忍池には、年中多数のカワウが暮らしている島があります。
その光景は、東園から西園に向かって「いそっぷ橋」を歩いて行くと、下り階段に差しかかった頃に眼前に飛び込んでくるはずです。
不忍の枯れ蓮と、鵜が点々と連なるコロニー。私が上野動物園を訪れる時は東園から入って西園から出ることが多かったので、この光景は観覧が終盤に近付いたことに気付いた時のもの寂しさとともにいつか記憶されていました。
しかし感傷に浸り切らずに、コロニーをもっとじっくり観察してみましょう。カワウの他にモモイロペリカンが何羽か暮らしています。園内マップで紹介されているのはペリカンの方なのに、数が多いカワウの方が主役のようにも見えます。原産国こそ違いますが、魚を捕えることに長けた生態を持つ鳥類の混合展示と捉えることも出来ます。
1970年代、関東地域のカワウは乱開発や水質汚染によって激減。不忍池はカワウをはじめとする水鳥保全と調査の重要な拠点でした。保全の取り組みは実ったものの、近年は生息数が増えたことによる糞害が問題化、地域によっては駆除も行われています。
ヒトの文化とともに愛でられるウミウと、野生動物としてある時は保全、またある時は駆除の対象となるカワウ。姿かたちは似ていても、この二種は自然文化史という視座から見ると、全く違った位相に置かれているのかも知れません。
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ここまではウミウ・カワウや鵜飼文化についての「解説展示」が行われている施設を見てきましたが、実際の鵜飼はどのような様子なのでしょうか。後編では、私が2019年に観覧したふたつの鵜飼について概観していきたいと思います。