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ノスタルジア9 -帽子と秘密-

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ノスタルジア13


ワイヤー「いたた…」

ワイヤーは頭をさすりながら目を開き、周りを見回すする。
周りには地面が広がっていて、その近くにはワイヤーと同じように
尻餅をついているウエストとチャーリィ。
車は仰向けになりながら、近くの大きな木に、刺さっているかのような
形で停止している。ワイヤーは自分が何かを握っているのに気がつき
目を向ける。ワイヤーの手の中にはルーの帽子。
帽子のフチにはふさふさとしたルーの垂れた耳と
そっくりな物がぶら下がっている。

ワイヤー「…」

ワイヤーは顔を上げ、ルーを探す。
少し離れたところには小さな子供を脇に抱えて仁王立ちになる人物。
その姿を確認し、ワイヤーはあんぐりと口を開ける。
近くで腰をさすっていたウエストとチャーリィもすぐに目の前に
立ちはだかる人物に気がつく。
ワイヤーと同じように驚き、目を開くチャーリィ。
ウエストはその人物を見つめ、目を細める。


***


ゆっくりと目を開くルー。
周りには木に激突している車とすぐ転がるバイク、そして散り散りに地面に座り込んでいるウエストたち。
ルーは自分の体が誰かに抱えられていることに気がつく。

ルー「シャム…」

ルーを顔を上げ、自分を抱えている人物を見る。シャムはまっすぐに
ウエストたちをまっすぐ見据えている。シャムは鋭い視線で三人を
睨んでいたが、ルーに気がつき、そっと地面へと下ろす。

シャム「…ッ!?」

ルーの足が地面に触れる前にシャムの手が勢いよくルーから離れる。

ルー「あっ」

ルーはよろめき、尻もちをつく。
ルーは不審そうに眉をひそめながら顔を上げる。

ルー「シャム…?」
シャム「!」

小さく悲鳴をあげて、後ずさるシャム。ルーはぽかんとした様子で
シャムを見つめていたが、やがてゆっくりと両手を挙げ、
自分の頭に触れる。そこには、あるはずの帽子が無い。

ルー「あ…」

ルーの頭には他の人たちのように犬や猫のような耳はなく、
その姿は人類そのもの・・・・・

少し離れた場所から、二人の様子を唖然とした表情で眺めている
ワイヤーとチャーリィ。ワイヤーはふと自分が手につかんでいる
物のことを思いし、手の中を確認する。そこのはルーの帽子。
ワイヤーは帽子とルーを交互に見比べ、そして慌てて手を放す。
帽子はワイヤーの手をはなれ、そして地面へと落ちる。
風を受けて無造作に転がる帽子。
突然、地面に落ちた帽子に向けて手が伸びる。驚いて顔を上げるワイヤー。そこには帽子をつかむウエスト。ウエストはワイヤーが手放した帽子を
拾いあげ、それから軽く帽子についた砂をはらう。

ルー「あのっ…」

ルーはシャムに向かって足を一歩進める。ルーの動きに合わせて
後ずさるシャム。足を踏み出すのをやめ、そしてうつむくルー。
ルーは顔を下げ、立ち尽くす。

ルー「…」

突然、ルーの頭に柔らかいものがのしかかる。振り返るルー。
そこにはルーの頭に帽子を乗せるウエスト。

ウエスト「ほらよ」

ウエストはルーの帽子をかぶせ、それから背中を軽く叩く。

ウエスト「大事な帽子なんだろ」

ルーは勢いよく帽子をつかみ、そして深く被る。

シャム「…!」

シャムは二人のその様子を見て、泣きそうに顔を歪ませる。


***


戦車の騒がしい音が響く。
帽子を抑えながらぼんやりした様子で立ち尽くしていたルーは顔を上げる。
ウエストは大きくため息をつき、それから自身がかぶっている帽子のつばを片手でつかみ深くしたのち俯く。
ワイヤーとチャーリィはルーたちの様子をぽかんとしたした様子で見ていたが、我にかえり、そして顔を見合わせ、顔を青くする。
シャムだけは特に何の反応をすることなく、ただぼんやりと
虚空を見つめている。まもなくバーマンの戦車をはじめとする車が
次々と現れ、ルーたちを囲うように停車する。
車からぞろぞろと降りてくるたくさんの兵士たち。
その中にはバーマンの姿もある。

バーマン「もう逃げられんぞ!」

バーマンは勝ち誇った様子で胸を張る。

バーマン「よし、早く捕まえろ!」

兵士たちはあっという間にワイヤーとチャーリィのを取り囲む。

チャーリィ「え、ちょっと!」

ワイヤーとチャーリィの腕を強引に引っ張り、立ち上がらせる兵士たち。
バーマンは3人を連行するよう兵士たちに指揮を取る。

兵士「おい」

兵士の1人がウエストに近づき、乱暴に肩を掴む。
顔を上げるウエスト。ルーは全身を震えながらウエストと兵士を見上げる。
シャムは辺りの様子をぼんやりと眺めていたが、突然我に帰り、
慌てて周りを見渡す。

シャム「バ、バーマン将官!」

焦った声をあげるシャム。
シャムの声に合わせて兵士たちの動きが一斉に止まる。

バーマン「なんだ!?」

勢いよく振り返るバーマン。
バーマンはシャムの姿を確認し、それから目を細める。

バーマン「どうされました、シャム准士官? 
何か問題でもありますかな?」
シャム「…」

シャムは逡巡するが、やがて小さくつぶやく。

シャム「…いや、なんでもない」

バーマンは鼻をならし、それからシャムに背を向ける。

バーマン「よし、連れて行け!」

バーマンの掛け声とともに、再び動きはじめる兵士たち。
数名の兵士たちがウエストを囲う。ルーはその様子を不安げに見上げる。
ルーの視線に気がつくウエスト。ウエストはルーを一瞥し、
それから抵抗することなく兵士たちについていく。
ウエストの後ろ姿を見つめながら立ち尽くすルー。


***


夕方。荒野を走る数台の戦車、その中にはシャムが運転するバイクの
姿もある。ルーはシャムの背中につかまっている。

シャム「…」

ルーとシャムの間に会話はなく、バイクのエンジン音だけが響いている。
そっと顔をあげ、シャムの顔を盗み見るルー。
シャムはまっすぐ前を見つめて運転しているが、その表情は強張って
いるようにも見える。ルーの背後からガタガタという音が響く。
振り返るルー。背後には戦車に引っ張られるウエストたちの車。
車は乱暴に引きずられながらルーの隣を通り過ぎていく。
ルーは悲しげに眉を下げ、引きずられる車を見つめる。


***


メインクーンの発掘拠点地。拠点地を囲むようにたくさんの戦車が
停まっている。その中にはシャムのバイクもある。
バイクから降り、門の前に並ぶルーとシャム。

ルー「…」
ルーは、シャムの隣で何度も帽子を直しながらそわそわと落ち着かない。
戦車からバーマンをはじめとするたくさんの兵士たちが出てくる。
数名の兵士に囲われながらウエストたちも現れる。

兵士「さっさと歩け」

兵士はウエストの肩を乱暴に押す。ぶつぶつと小声で文句を言いながら
ウエストたちはバーマンに連れられ、ルーとは違う方向へ歩いていく。
ルーは3人を後ろ姿を不安げな表情で見つめる。

***

ハバナ「ルー!」

門が開き、ハバナの騒がしい足音が近づいてくる。

ハバナ「無事で本当によかったわ!」

ハバナはルーに飛び込むように抱きつく。
シャムはハバナを確認すると、軽く会釈をする。

シャム「私はこれで」

シャムは一言告げると、そのまま足早に建物の中に入って行く。
ハバナはその様子をきょとんとした表情で眺めていたが、
自身の腕の中のルーを思い出し、慌てて手を放す。
しゃがみこんで目を合わせ、ばつが悪そうに笑うハバナ。

ハバナ「ごめんね、私たちのせいで」
ルー「ハバナのせいじゃないよ」
ハバナ「うん」

ハバナは困ったように眉を下げ、微笑む。

ハバナ「ボルゾイの人たちとずっと一緒にだったのよね?
怖い目に合わせられたりしなかった?」
ルー「ううん」

ルーは悲しそうに少しだけ目を伏せ、小さな声でつぶやく。

ルー「楽しかったよ…」
ハバナ「!」

ハバナは驚いたように少しだけ目を見開き、ルーの顔を見る。

ルー「…」

目を伏せたまま、それ以上は何も言わないルー。
観察するようにルーを見つめるハバナ、ふとルーのポシェットに
目が止まる。ルーのポシェットからはウエスト達からもらった
おもちゃがはみ出ている。

ハバナ「それ、どうしたの?」

明るい声でおもちゃを指差すハバナ。
ハッと顔を上げハバナの顔を見るルー。目の前には優しげな笑顔のハバナ。
ルーはバッグからおもちゃを取り出し、ハバナに差し出す。

ハバナ「…」

ハバナはそれを受け取り、それから興味津々におもちゃを触りはじめる。
ハバナは一通りおもちゃを触ると、空中に向けて、引き金を引く。
おもちゃの銃からは勢い良くグローブが発射される。

ハバナ「わあ!」

ハバナは驚いて歓喜の声を上げる。

ハバナ「ビックリした」

ハバナはルーに歯を見せていたずらっぽく笑いかける。何度もトリガーを引いたり、戻したりして楽しそうおもちゃで遊ぶハバナ。
その様子をどことなく緊張した様子で見るルー。
ハバナはおもちゃを触るのを止め、ルーにささやくように尋ねる。

ハバナ「ね、これどうしたの?」
ルー「ウエストからもらった」
ハバナ「ウエスト…?っていう人が見つけたの?」
ルー「ううん、ウエストが作ったの」

目を見開き、顔を輝かせるハバナ。

ハバナ「ウエストは他にもなにか作ったりするの?」

前のめりになるハバナ。
つられてルーも少しだけ興奮した様子で顔を上げる。

ルー「うん!作るのが好きって言ってた」
ハバナ「本当に!かっこいいね、その人。会ってみたいなあ…」

楽しそうに声を上げ、そして独り言のようにつぶやくハバナ。

ルー「…」

バーマンに連れて行かれる3人を思い出しルーは少しだけ顔を伏せる。

ハバナ「ね、ルー」

ルーはハッとしてハバナの方に顔を向ける。

ハバナ「これ、少しだけ借りててもいい?」
ルー「えっ」

ルーは目をぱちくりさせてハバナを見る。

ルー「ハバナはそれが気に入ったの?」
ハバナ「うん、ラボで詳しく見てみたいの」

満面の笑顔のハバナ。
ルーはポシェットに視線を落とし少しだけ考える。

ルー「それ、ハバナにあげる」
ハバナ「えっ?」

小さく声を上げ目を見開くハバナ。

ハバナ「いいの?」
ルー「うん。この前オルゴールくれたから、それと交換」

ハバナは少しだけ面食らった表情でルーを見つめていたが、
やがて納得する。

ハバナ「…うん、ありがとう」

控えめに笑うルー。

ハバナ「よし、じゃあ早速ラボに行かなきゃ! ルーも中に入ろう」

ハバナはルーに手を差し出す。

ルー「うん」

ルーはハバナの手を取り、二人で歩き始める。
途中、ルーは不安げな表情でウエストたちが
バーマンに連れて行かれた方向を何度か振り返って見る。


***


夜。メインクーンの発掘拠点地。廊下。
他愛もない話をしながら並んで歩くルーとハバナ。
やがてルーの部屋へと着く。
ハバナはルーを招き入れるように、扉を大きく開ける。

ハバナ「ここがルーの新しい部屋よ」

ルーはハバナの顔色を伺いながら、恐る恐る部屋に足を踏み入れる。
その様子を笑顔で見つめるハバナ。

ハバナ「じゃあ、夕食が準備できたら、また呼びに来るわね」
ルー「….今日はご飯いらない」
ハバナ「えっ?」

ルーは少し俯く。

ルー「疲れたから…」

きょとんと目を少し見開き、首をかしげるハバナ。

ハバナ「もう寝るの?」
ルー「うん」
ハバナ「…シャムさんに会わないの?」
ルー「うん…」

ルーは小さな声で返事をする。
ハバナはルーの様子を訝しげに見つめていたが、
突然、思い立ったように明るい声をあげる。

ハバナ「そうね、今日はゆっくり休んだ方がいいかもね!」

顔を上げ、安心したように少し顔を緩ませる見せるルー。

ルー「うん」
ハバナ「じゃあねルー、また明日!」

ハバナはルーにウインクをして、それから颯爽と立ち去る。

ルー「おやすみなさい」

ルーはハバナの背中を見つめながら、ぽつりと呟く。

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