ノスタルジア10 -それぞれの行き先-
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ノスタルジア13
夜。ルーの部屋。
部屋でベッドに潜るルー。ルーは眠れず、何度も寝返りをうつ。
ルーは布団の中でため息をついた後、起き上がり、そして部屋を見渡す。
ルー「…」
以前の部屋とは違い、今ルーがいる部屋には窓がない。
突然、部屋にノックの音が鳴り響く。
びくりと肩を震わせるルー。ルーは慌てて布団へと潜り込む。
ノックの音は鳴り止まない。
ルーはゆっくりと毛布から顔を出し、それから恐る恐るベッドから降る。
ノブに手を触れ、扉を開けるルー。そこにはお盆を持ったシャム。
お盆にはスープとパンとカップが乗っている。
シャム「まだルーがご飯を食べてないって聞いて…」
シャムは目を伏せながら、少しうつむく。
シャム「入ってもいいだろうか? あの、ルーが嫌じゃなければ…」
ルーは少し躊躇するが、やがて頷く。
ルー「うん」
***
小さな机を囲んで雑談するルーとシャム。
ルーは、ウエストたちと一緒にいた時にあった出来事などを話し、
そしてシャムは丁重に相槌を打つ。
ルー「それでね、無くなった車を見つけたのが僕なんだ」
シャム「うん。…あ、ちょっといい?」
シャムはポケットからハンカチを取り出し、
身を乗り出してルーの口を拭く。
ルー「…」
ルーは少し顔を伏せ、頬を染める。ルーの様子を伺うように
見つめるシャム。
シャムは小さく深呼吸をする。
シャム「…ルーは帽子はとらないの?」
ルー「…!」
ルーは驚いた様子で顔をあげ、それから少し間をおいて小さく返事をする。
ルー「…うん」
うつむくルー。
ルー「だって、変だし…」
シャム「…」
シャムは少し辛そうに顔を歪める。
シャム「変じゃないよ」
ルー「嘘だ」
シャム「本当だよ」
シャムは自嘲の笑みを浮かべる。
シャム「…初めて見たから、驚いただけ」
ルー「…」
シャムは立ち上がりルーの隣へとやってくる。
シャム「いいかな?」
うかがうような視線を向けながらルーの帽子に手を伸ばすシャム。
ルー「…!」
ルーは少し肩を強張らるがシャムの手を振り払うことはしない。
シャムは慎重な手つきで帽子をつかみ、そしてゆっくり持ち上げる。
ルーから帽子が離れ、耳があらわになる。
ゆっくり顔を上げるルー。
シャム「ね?」
目の前にはルーに優しく微笑みかけるシャム。
ルー「…」
ルーはじっとシャムを見つめる。
***
ベッドに潜っているルー。ルーの帽子は机の上に置いてある。
シャムはベッド上の豆電球に手を伸ばし、電源を落とす。
シャム「おやすみ」
ルー「うん、おやすみ」
シャムは机に食器をお盆の上にまとめ、そして部屋の出口へと向かう。
突然、足を止めるシャム。
シャム「…ねえ、ルーは遺跡に行きたい?」
ルー「えっ?」
ルーは少し起こし、そして体をシャムの方へと向ける。
扉の前で足を止めるシャムの姿。
シャム「本当はね」
ルーからはシャムの背中しか見えない。
シャム「ルーが、メインクーンの為に遺跡に行く必要なんてないんだ」
ルー「…」
ルーはベッドに横たわったままシャムの後ろ姿を見つめる。
シャム「ボルゾイ連れていかれそうになったのも、
ルーの家が滅茶苦茶になったのも、私がアナタを見つけたから…!」
ルー「…」
<フラッシュバック>
・メイクーンの中心都市にある大きな建物の会議室。中年男が、大きな机を囲う人々に向かってシャムを紹介している。
・本の積まれた小さな部屋で言葉を交わすシャムとハバナ。
・小さな田舎町。メモを片手に村人に話しかけるシャム。
シャムはふと真っ黒な服を着た少年の姿に気がつく。
少年は全身を隠すように、手袋や帽子を深く被っている。
<フラッシュバック終了>
シャム「…今ならまだ、あなたを日常に帰してあげることもできる。
元の生活に戻してあげることはできないけれど、
でも、かくまうぐらいのことはできる」
ルー「…」
少しの間沈黙が訪れ、やがてその沈黙をやぶるようにルーが口を開く。
ルー「…あんまりよくわからないけど」
ルーはベッドに横たわったまま話を続ける。
ルー「僕は自分のことが知りたい」
シャムはルーの方へと振り返り、驚いた顔でルーを見つめる。
シャム「…そっか」
やがてシャムは弱弱しくルーに微笑みかける。
ルー「ねえ、シャムは遺跡に行きたい?」
目を見開くシャム。
シャム「…。 私は…」
シャムは一呼吸おき、それからはっきりした口調で答える。
シャム「行きたくない。あんなもの見つからなかった方が良かった。
メインクーンにとっても、ボルゾイにとっても」
そう言ってシャムはルーに背中を向け、扉に手をのばす。
ベッドの中らシャムの背中を見つめるルー。
シャムはノブを回しドアを開け、
そして最後に再びルーの方へと顔を向ける。
シャム「おやすみルー、また明日」
***
早朝。メインクーンの拠点地。
小さな部屋で忙しげに動き回るハバナ。周りには数名の兵士たち。
兵士たちもハバナと同じく、部屋を出たり入ったりと動きまわっている。
その様子を廊下から眺めるルーとシャム。
ルーは少し緊張した様子でシャムの隣に立っている。
ルーの様子に気がつくシャム。
シャム「大丈夫」
シャムはしゃがみこんでルーに声をかける。
シャム「もし何かあっても、次は私がルーを守るから」
シャムはルーに微笑みかける。
ルー「…!」
ルーは目を見開いて少し頬を染める。
ルー「あ、あの!」
突然、思い立ったように声を上げ、ルーはポシェットから
オルゴールを取り出しシャムに差し出す。
ルー「これ!シャムにあげる!」
シャムは目を瞬かせるが、やがてルーからオルゴールを受け取る。
手に取ったオルゴールを興味深げに眺めるシャム。
その様子をうかがうようにルーは見上げる。
ハバナ「そろそろ出発するよー」
ハバナが部屋から顔を出す。
ルーは驚いて肩を震わせ、そしてハバナの方へと顔を向ける。
ハバナは巨大なリュックを背負い、両手に大きなバッグを
抱えて立っている。ハバナの姿に目を瞬かせるルー。
ハバナ「お二人とも、もう出発しても大丈夫かしら?」
シャムはオルゴールをバッグにしまい、それから答える。
シャム「はい、こちらはもう準備万端ですよ」
シャムは少しだけ困ったように目を細め、伺うように尋ねる。
シャム「でも博士、少し荷物が多すぎるのでは…」
シャムの言葉にハバナはきょとんと目を丸くするがすぐに笑顔になる。
ハバナ「大丈夫!大丈夫!」
ハバナはその拍子によろめく。慌ててハバナを支えるシャム。
シャム「ああ、ほら」
シャムに支えられながらハバナは目を瞬かせる。
ハバナ「たしかにそうね…」
突然ハバナは勢い良くシャムから離れる。
ルーとシャムは目を見張りながりハバナを見つめる。
ハバナ「じゃあ、もうちょっと待ってて」
二人の様子には意も介さず、よろつきながら部屋へと引っ込むハバナ。
***
メインクーンの拠点地。牢屋。部屋は寒々としていて窓ひとつない。
塀の中で、足を組みながら仰向けに寝そべるウエスト。
チャーリィとワイヤーは壁にもたれながら座り込んでいる。
塀の外では背の高い兵士と小柄な兵士が二人、
退屈そうに椅子にかけている。
堀の中でチャーリィは小さく、くしゃみをする。
チャーリィ「まったく、毛布ぐらいよこしなさいよ」
塀の向こうの兵士たちを睨みつけるチャーリィ。
背の高い方の兵士がチャーリィと視線が合うが、慌てて顔をそらす。
チャーリィは鼻をならす。
ワイヤー「…それにしても、驚いたんだな」
ワイヤーが、ポツリと呟く。
チャーリィ「なにが?」
ワイヤー「ルーだよ。メインクーンはどうしてあんな必死に
ルーを取り返そうとするんだろうと思ってたけど…」
ウエスト「…」
ウエストの耳がピクリと動く。
チャーリィ「…まあ、たしかに驚いたわよね」
少し気まずそうに視線を落とすチャーリィ。
ワイヤー「あの時、何かルーに言ってあげれれば良かったんだけど…」
ワイヤーは顔を伏せる。
チャーリィ「仕方ないわよ」
チャーリィはため息をつく。
チャーリィ「だってまさかあんな変な…」
ワイヤー「…」
ワイヤーは顔を上げ、チャーリィを不服そうに睨みつける。
チャーリィは慌てて咳払いをする。
チャーリィ「…あんな、私らとは違う形の生き物だったなんて。
そんなのの夢にも思わないわよ」
ワイヤー「でもウエストはすごいよ。
あんなすぐに対応できて。かっこ良かったんだな」
寝そべりながら罰が悪そうに頭をかくウエスト。
ウエスト「あー、まあそれは…」
バーマン「なぜ俺の部隊が、子悪党どもの見張りなんだ!」
突然、バーマンの怒鳴り声が建物中に響き渡る。
ウエストは起きあがり、そしてチャーリィとワイヤーと顔を見合わせる。
塀の前ではぽかんとした表情を浮かべている2人の兵士。
バーマンの声が話し声が徐々に近づき、そして勢い良く扉が開く。
ズカズカと部屋に入室するバーマンと、そしてバーマンに続く
たくさんの兵士たち。慌てて椅子から立ち上がる兵士。
背の高い兵士「お、おはようございます、バーマン将官!」
バーマン「フン」
小柄な兵士「あの、どうかされたのですか…?」
小柄な兵士が困惑の表情を浮かべながら尋ねる。
バーマンは質問には答えず、
黙ってキーリングを背の高い方の兵士の鼻先に突き出す。
バーマン「ん」
背の高い兵士「え… ?」
目を瞬かせ、顔を見合わせる兵士たち。
バーマン「早く取れ!」
しびれを切らせたバーマンが怒鳴る。慌ててキーリングを受け取る
長身な兵士。手の中の鍵とバーマンの顔を交互に見る兵士と、
覗き込むもう1人。
小柄な兵士「これは…?」
小柄な兵士がおそるおそる尋ねる。
バーマン「俺たちが戻ってくるまで、お前たちでこいつらの管理しろ」
小柄な兵士「…」
ぽかんとした様子でバーマンを見上げる二人。
やがて二人の兵士はお互いの顔を見合わせる。
背の高い兵士「え!」
バーマン「俺は準備が出来次第、部隊を引き連れて遺跡へ行く」
小柄な兵士「…」
困惑した様子で視線を交わす二人。
やがて背の低い方の兵士が意を決したように尋ねる。
小柄な兵士「い、いいのですか将官?」
不機嫌そうに目を細めるバーマン。
バーマン「当たり前だ!こんな所でうかうかしているうちに、
あの女に機械が取られたらどうする!」
小柄な兵士「ですが、将官は遺跡に子どもなんて連れて行っても
意味なんてないと…」
バーマン「やかましい!」
バーマンは勢いよく腕を振り上げ、力一杯机を叩く。
肩を震え上がらせ、飛び上がる二人の兵士。
バーマン「お前らは優先順位というものがわからんのか!
もし財政部に遺跡の管理権が渡ったら俺たちはどう責任を取るんだ!?
こんな小悪党どもにかまってられるか!」
堀の中で、バーマン達の話を聞き、そして肩をすくめるウエストたち。
バーマン「わかったら、お前たちは自分たちの任務をこなせ!」
小柄な兵士「…」
バーマン「返事をしろ!」
勢いよく前のめりになるバーマン。
小柄な兵士・背の高い兵士「は、はい!」
兵士たちは背筋を伸ばし、声を絞り出す。
バーマン「フン」
返事に満足し、鼻を鳴らすバーマン。
バーマン「いいか、絶対に逃がすなよ!」
バーマンはそう言って踵を返し、牢屋を後にする。
バーマンのあとに続くたくさんの兵士たち。
バーマンいなくなると部屋は静まりかえる。鍵を握ったまま呆然と
立ち尽くす2人の兵士。長身の兵士はベルトにキーリングを引っ掛けると、力なく、椅子に座りうな垂れる。
背の低い兵士も、もう一人に続いて椅子に座る。
ウエスト・ワイヤー・チャーリィ「…」
その様子を塀の向こうから眺める3人。
ウエスト「こいつら、昨日の今日で、
もうルーを遺跡に連れていくつもりなのか?」
ウエストは塀物言いたげな目で、残された兵士たちを見つめる。
***
メインクーンの拠点地。小部屋。
先ほどとは打って変わり、ハバナはショルダーバックだけを
肩に掛けている。ハバナの背後に並ぶ4、5人兵士たち。
兵士たちは大きな荷物を大量に抱えている。
シャム「…」
ハバナは笑顔でルーとシャムの前に立つ。
ルーは体を傾け、背後の兵士たちをのぞき見る。
パンパンに膨らんだ巨大なリュックが腕からこぼれ落ちそうになり、
慌てて持ち直す1人の兵士。
ハバナ「軽いと動きやすくていいね、アリスさんの言う通りだったわ!」
シャム「そうですね」
シャムは困ったように微笑む。
ハバナは満足げに破顔し、そして天井に向かって腕をあげる。
ハバナ「さあ、出発しましょう!」
ルーは、高く上げられたハバナ拳を見上げる。
***
メインクーンの拠点地。牢屋。
机にうなだれながら座る2人兵士。
寝そべるウエストと壁にもたれて座るチャーリィとワイヤー。
ワイヤー「あーあ、みーんな遺跡に行っちゃったんだな。
もうボルゾイからの報酬もパーだね」
ウエスト「んー」
チャーリィ「報酬どころか、このままじゃ私達の身が危ないわよ!」
チャーリィため息をつき、それから兵士たちを横目で盗み見る。
チャーリィ「ね、どうするの?」
ウエストに近づき、小声で尋ねるチャーリィ。
ワイヤーもウエストの方へ体を近づける。
ウエスト「うーん、そうだなあ…」
寝がえりをうち、チャーリィとワイヤーに背を向けるウエスト。
チャーリィ「あ、ちょっと!」
不満げに声を上げるチャーリィと肩をすくめるワイヤー。
チャーリィ「まったく…」
チャーリィはため息をつきながら、ウエストから離れて壁にもたれかかる。
***
メインクーンの拠点地。門前。
トラックの荷台にテキパキと荷物を詰め込む兵士たち。
背後から兵士たちの様子を眺めるルー。その隣にはシャム。
兵士たちは荷物を乗せ終えた後、荷台へと乗り込む。
シャム「さあ、ルーも行こう」
シャムにルーを抱き上げ、荷台へと乗せる。
ルーは荷台に降り立ち、そしてキョロキョロとあたりを見回す。
積み上げられた荷物と周りに腰掛ける兵士たち。
荷物の1つががルーの方へと傾く。
兵士「おっと、ごめんね」
兵士の1人が腕を伸ばし、荷物を支える。
ルーは兵士の方へ顔を向ける。
ルー「…それ、重い?」
兵士「え?」
じっと兵士を見つめるルー。
兵士「うーん、そうだねえ。結構重いよ」
ルー「持つの手伝おうか?」
兵士は荷物を押さえたまま、一瞬呆気にとられるが
すぐに人懐っこい笑みを浮かべる。
兵士「ああ、いいよ、いいよ! 大丈夫!」
ルー「…」
少し顔を伏せるルー。
トラックの下で荷台に手をかけるシャム。ルーの背後からシャムが現れる。
シャムはうつむいたまま立ち尽くしているルーに気がつく。
少し眉をひそめ、ルーに手を伸ばそうとするシャム。
しかしルーはシャムが手を触れる前に勢いよく顔を上げる。
ルー「ねえ、おじさんは遺跡に行くの楽しみ?」
兵士「うーん、そうだなあ…」
兵士は空を仰ぎながら腕を組む。じっと兵士を見つめるルー。
兵士は視線に気がつき、それからルーに笑顔を向ける。
兵士「もちろん楽しみだよ、中はどうなってるのか気になるしね!」
ルー「そっか…!」
笑顔になるルー。
シャムは二人の様子を穏やかな表情で眺める。
***
会話一つなく静まりかえる牢屋。
部屋には時計の針が時を刻む音と、ウエストの寝息だけが響く。
机に肘をつけながら、だらしなく座る兵士2人。
足を組み、地面で寝そべるウエスト。チャーリィとワイヤーは退屈そうに
壁にもたれかかっている。
背が低い方の兵士の一人があくびをし、そして立ち上がる。
背の高い兵士「ん?」
もう一人のが顔を上げる。
小柄な兵士「ちょっと、コーヒー入れてくる」
背の高い兵士「..ああ」
背の高い兵士は相方に顔を向けたままだらしなく机に突っ伏す。
背の高い兵士「ついでに俺のも頼む」
小柄な兵士「…」
背の低い兵士はその様子を怪訝そうに見つめた後、黙って部屋を後にする。
横目で兵士たちの様子をうかがうウエスト。ウエストは体を起こす。
チャーリィ「どうしたの?」
ウエストの様子に気がついたチャーリィが顔を寄せる。
ワイヤーもウエストに近づく。帽子に手を入れゴソゴソと動かすウエスト。チャーリィとワイヤーその様子を見つめる。
やがて、ウエスト帽子から手を引き抜く。
ウエストの手を覗き込むチャーリィとワイヤー。
手にはハンドルのついた小さいマジックハンドのおもちゃが握られている。
チャーリィ「あら…」
目を開くチャーリィとワイヤー。
ウエストは口角を上げ、にやにやした笑みを浮かべる。
ウエスト「見てろよ」
そう言ってウエストはハンドルを回し始める。
ハンドルの回転に合わせてゆっくりと伸びはじめるマジックハンド。
ウエスト「…」
ウエストはマジックハンドを、兵士の腰にぶら下がっているキーリングに向かってそっと伸ばす。ゆっくりと鍵に向かって進む小さなマジックハンド。
兵士はマジックハンドに気がつくことなく、机に突っ伏しながら
あさっての方向をぼんやりと眺めている。
時々、不安定に揺れながらもマジックハンドは着実にキーリングに向かう。
ワイヤー・チャーリィ「…」
ゴクリと喉を鳴らしながら緊張した面持ちで
マジックハンド見つめるチャーリイとワイヤー。
ふと兵士が起き上がり、ウエストたちの方へと顔を向ける。
背の高い兵士「えっ?」
背の高い兵士の目に、塀の内からつり竿を構えるように長い棒のようなものを自分自身に向けているウエストの姿がにうつる。そしてその周りでは
真剣な表情でその長い棒を見つめるチャーリィとワイヤー。
ウエスト「げ!」
ウエストが顔を青くさせ、声を上げる。同じように顔を真っ青にさせ、
あたふたと体を揺らすチャーリィとワイヤー。
兵士はゆっくりと棒の先に視線を落とす。そこには自分のベルトに
かけられたキーリングをしっかりと掴んでいるマジックハンド。
背の高い兵士「…」
兵士はぽかんとした様子でマジックハンドを眺めていたが、
徐々に目を丸くし、それから飛びつくように、慌ててキーリングに手を
伸ばす。しかし、マジックハンドは一足先に鍵を抜き取り、空高く上がる。
背の高い兵士「あ、コラ!」
背の高い兵士は、空中のキーリングに向かって手を伸ばし
何度も飛び上がる。
背の高い兵士「くっそー!」
マジックハンドは左右に動き回り、
きわどいところで兵士の腕を避け続ける。
ワイヤー「ウ、ウエスト!早く巻き戻すんだな!」
ウエスト「やってるだろ!」
チャーリィ「もっとよ!もっと早く回して!」
ワイヤーとチャーリィは鉄格子を握りしめながらウエストに向かって叫ぶ。
額に汗を滲ませながらハンドルを回すウエスト。
背の高い兵士「こら、待てっ!」
空中で軽快に動くマジックハンド。兵士はマジックハンドが動くたびに
キーリングに何度も飛びつき、夢中で手を伸ばし続ける。
そうこうしているうちに、とうとうキーリングは兵士の間合いに入る。
背の高い兵士「よし!」
兵士は力強く意気込み、そして勢いよくキーリングに向かって飛び込む。
部屋中に響き渡る鈍い音。
ウエスト・ワイヤー・チャーリィ「…」
塀の内側で顔を引きつらせながら地面を眺めるウエストたち。
床には檻に激突し、伸びきっている背の高い兵士がうつ伏せに倒れている。
***
メインクーンの拠点地。廊下。
ぼんやりした表情で廊下を歩く背の低い兵士。兵士の手にはカップが2個、握られている。カップから上がる湯気。
やがて兵士は牢屋の前へとたどり着く。
小柄な兵士「あ…」
兵士の前に立ちふさがる扉。
背の低い兵士は自分のふさがった両手を一瞥した後、ため息をつく。
兵士は肘で扉のノブを器用に動かし、それから体重をかけ扉を押し開ける。
なんとか扉をこじ開け、牢屋のある部屋に入室する兵士。
小柄な兵士「ったく…」
兵士はブツブツと文句を言いながら、顔を上げる。
目の前にはウエストとチャーリィとワイヤーの3人が
仁王立になって立っている。
小柄な兵士「あ!」
背の低い兵士は目を見開き、そして小さく悲鳴をあげる。
***
荒野を走るトラック。荷台には荷物だけではなく、ルーやシャム、
そして4、5人の兵士たちが腰を下ろしている。
ルー「…」
ルーはトラックに揺られながら、ぼんやりと風景を眺める。
風を受け、ルーの帽子についた耳が少しだけ舞う。
急停止するトラック。
ルー「うわっ」
反動でよろめくルー。兵士の1人が片手てルーを支える。
兵士「大丈夫?」
ルー「うん」
ルーはうなずいた後、ゆっくりと立ち上がり、そして周りをぐるりと
見渡す。木々が立ち並ぶ林の中。
軍服を身につけた沢山の人々が、忙しげに動き回っている。
ルーの背中を見守るように見つめる兵士。
兵士「坊や、遺跡についたみたいだよ!」
兵士がルーの背中を軽く叩く。
ルー「うわっ」
小さく声をあげ、よろめくルー。
兵士「ごめん、ごめん!」
ルーは兵士の方へ顔を向け、そして不満げに睨む
豪快に笑う兵士。
兵士「ほら坊や、そろそろ降りよう!」
遺跡とその周辺。
ハバナを先頭に林の中を進む一同。キョロキョロと辺りを眺めながら
ハバナの後に続くルー。ルーは作業員たちとすれ違うたびに、
その人たちを興味深げに見つめる。林を進んだ先に大きな岩が現れる。
岩の間からはみ出る巨大で無機質な造形物。ゆっくりと目を見開くルー。
ルー「わあ…!」
ルーはその扉のような形の機械に駆け寄り、そしてそれをを見上げる。
真っ黒で巨大な扉がルーの前に立ちはだかる。
ハバナ「これがそうなの」
ルーの背後から覗き込むように顔を出すハバナ。
ハバナの方へと振り返るルー。
ハバナ「すっごく大きな機械でしょ?」
ハバナはルーに笑いかける。
ルー「これも動くの?」
ルーを見つめるハバナは小さく歯を出してにやりと笑う。
ルー「…」
怪訝そうにハバナを見つめるルー。
ハバナは深呼吸し、それから明るい声をあげる。
ハバナ「それをこれから調べるの!」
機械の扉の方へとまっすぐ歩くハバナ。ハバナは扉にある
不自然なくぼみに指を入れる。ハバナのの背後から覗き込むルー。
ハバナ「見てて」
ハバナは独り言のように囁く。
無機質な機械音をたてながら扉の一部が変形していく。
ルー「…」
息を飲むルー。
やがて真ん中には小さなくぼみがある台が現れる。
くぼみの上に表記された1つの記号。
記号はまるで、メインクーン人やボルゾイ人の手先、ふっくらとした4本指の
毛むくじゃらなものとは違う、細くて長い5本の指を持つ手が大きく開いているかのようにも見える。
ハバナ「ねえ、ルー」
ハバナは台を見つめたまま、真剣な声で尋ねる。
ハバナ「ここの窪みにルーの手を入れてみてほしいの」
ルー「…えっ」
ルーは台を少しの間見つめた後、周囲を見回す。
周りには二人を囲うように並ぶ兵士たち、その中にはシャムの姿もある。
ルー「…」
ルーは何も答えず、そして俯く。不審そうにルーを見つめるハバナ。
俯くルーの周りを囲う兵士たちがハバナの目に映る。
ルーの様子に合点が行き、笑顔になるハバナ。
ハバナは背筋を伸ばし、そして咳払いをする。
ハバナ「えっと、みなさん」
兵士たちの視線が一斉にハバナに集まる。シャムだけが厳しい視線で
機械の扉を眺めている。
ハバナ「ちょっと後ろに下がってもらっていいかしら?」
ざわめく兵士たち。
兵士たちはお互いの顔を確認あった後、少し後ろに下がる。
ハバナ「もっとさがってもらってもいい?」
兵士たちは不審そうに首をかしげながらも、さらに後ろへ下がる。
ハバナ「オッケー、じゃあそれぐらいで」
ハバナは兵士たちに笑顔を向けた後、ルーに駆け寄る。
ハバナ「もう大丈夫よ」
ルーの隣にしゃがみこみ、ささやくハバナ。ルーは顔を上げ、
ハバナの顔を見る。ハバナはルーに向かってウインクをする。
ルー「ありがとう」
ルーもハバナに笑顔を向け、そして右手の手袋を外す。手袋を取ると
細く長い5本の指がついた小さな手が現れる。
ルーは台の上の穴を見つめる。
穴の奥は、まるで地面の底までずっと続いているかのように真っ暗で、
奥を確認することができない。
ルーは小さく深呼吸をし、そして台のくぼみに右手を入れる。
ルー「…」
真剣な眼差してくぼみを見つめるハバナ。緊張した様子で眺める兵士たち。
その時、くぼみを中心に水がホースを伝うように扉一面にに光の筋が走る。
兵士たち「…」
誰かの息を飲む音が響く。
光の筋が走り終わったのち、それから、黒く重い、巨大な扉がゆっくりと音を立てて開いていく。
兵士たち「…!」
兵士たちは目を見開きながら、お互いの顔を確認し、そして手を
とりあいながら歓喜の声をあげる。ルーとハバナの周りが歓声で包まれる。シャムだけは扉を、厳しい視線で見つめつづけている。
ルー指を引き抜き、手袋をはめる。
ルー「…?」
自身の手の甲を手袋越しに見つめ、それから少しだけ撫でるルー。
ハバナ「ありがとうね」
ハバナは少しだけ屈み、ルーの顔を覗き込む。
ルー「…!」
ルーは手の甲を撫でるのをやめ、そして顔を上げる。そして大きく頷く。
ルー「うん! 」
ハバナはルーの様子を確認すると、微笑み、兵士たちの方へと振り返る。
そして、それから兵士たちに向かって大きく手を広げ、大きく深呼吸を
する。
ハバナ「みなさん!これまで多くの苦労がありました!」
声を張り上げるハバナ。兵士たちの視線が集まる。
ハバナ「見てください。とうとう私たちはこの未知の領域に足を
踏み入れることができるのです。そして、私がここまで来れたのは、
ここにいる皆さんのおかげです!」
兵士たちの中から鼻をすする声が響く。
ハバナの演説を聞きながら、横目で兵士たちの様子を伺うシャム。
ハバナ「しかしです。この遺跡を調査し、
そしてそれを我々が手に入れたところで、何かが大きく変わるとは
限りません。それどころか何も見つからない可能性だって
大いにありえます。でも、でもです。私は、私個人は、今回の探索によって何か歴史が変わるような、そんな大発見があることを予感しています!」
ハバナは兵士たちに向かってそう言い切った後、勢いよく踵を返し、
そして大きく深呼吸をする。キラキラと目を見開き、頬を紅潮させながら、扉を見つめるハバナ。扉の奥は真っ暗だが、うっすらと地下へと続く階段があるのが見える。
ハバナ「それでは皆さん、参りましょう!」
ハバナは明るい声でそう言うと、躊躇うことなく入室し、
そして階段を降りていく。
ぞろぞろとハバナの後に続く兵士たち。
ルーは、一心不乱に扉へと向かう兵士たちに圧倒され、後ずさる。
ルーの肩に軽く触れる手。シャム。
シャム「行こう」
ルーは振り向き、シャムと顔を見合わせる。
シャムに向かって小さく頷いた後、ゆっくりと扉の中に入っていくルー。
***
メインクーンの拠点地。牢屋。
牢屋にウエストたちの姿は無く、
塀の中には下着一枚の二人の兵士が転がっている。
メインクーン拠点地門前。数台の戦車やバイクが駐車されている。
その少し離れた場所にで乗り捨てられたように放置されたボロボロの車。
車の鍵は差しっぱなしになっている。
急いで車へ乗り込む3人。ウエスト、ワイヤー、チャーリィ。
チャーリィは運転席に腰を下ろすと、すぐさまキーを回す。
エンジンがかかり、振動し始める車。
チャーリィ「動きそうよ!」
ワイヤー「やったあ!」
チャーリィ「ね、どうする?今ならメインクーンから楽に出れそうよ」
チャーリィはハンドルを握りながら、ウエストに尋ねる。
ワイヤー「ええ!遺跡には行かないの?ルーはどうするんだな?」
ワイヤーは不満げな声を上げる。
チャーリィ「あのねえ、今、逃げずにいつ逃げるのよ」
そう言ってチャーリーはワイヤーを睨みつける。負けじとチャーリィを
睨み返すワイヤー。チャーリィとワイヤー不満げな視線を送り合うが、
やがて二人はウエストの方へと顔を向ける。
ウエストにチャーリィとワイヤーの視線が集まる。
ウエストは俯いて目を伏せている。
ウエスト「…」
やがてウエストは勢いよく顔を上げる。
ウエスト「行くに決まってんだろ!
このままじゃ引き上げたんじゃ車一つ買い換えられねえ!」