「頼られる」と「都合よく使われる」の紙一重
ある意味、私は、何事もある程度のことはだいたいはできるし、だいたいできるからイヤでもない。これは強みでもある。
だが、この一見器用にも思える資質を持っていると「頼られる」こともよくあるが、しかし、「都合よく使われる」こともあるのだ。
人は、自分がやりたいこと、自分がやったほうがうまくいきそうなことは、自分でやるのだ。
でも、「まぁこれは自分がやらなくていいか、そこまで重要性を感じない、やりたいという気持ちが少し優先順位として低い時」は、そこまでして自分がやらなくてもいいのだ。そういうとき、誰かにフルのだ。
そのフル先が、私になることがある。
その人がそんなつもりはなくても、自分がフラれた感がある。
これは如何ともしがたい。私自身、仕事を誰かにお願いする時、本当に困っている時に頼る部分と、今はちょーっと時間ないし、そこまで重要でもないから、ま、いいか!と誰かにお願いする時がある。
要はそれがフル行為なのだと私は認識している。
だから、そんな時、自分がフったと思われないように、いかにうまく騙すかがポイントだと感じている。
そう、私にも、お願いする時、どうか、どうか頼ってまーす的な、上手に騙して欲しい。
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