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「あゝ海」

ふるさと≠実家のぼくにとって、“いなげの浜”はなんの思い入れもないただの“浜”だった。

中学時代まで両親と岡山で過ごし、高校時代は親元を離れ、北海道へと渡った。そのときから両親は千葉に移り住み、実家は千葉となった。

実家の近くには海がある。それが“いなげの浜”である。そこから天気のいい日だと東京スカイツリーや東京タワー、東京の街並みが見える。冬の空気が澄んだ日には富士山も見ることができる。

いなげの浜からの富士山(冬撮影)

これまでの7年間、この海には本当にお世話になってきた。

ラグビーの練習、ランニング、スケートボードなど身体を動かしたいときも、カメラ、読書、noteの執筆などの新たな趣味をしたいときも、自分と向き合いたいときも、この浜に通った。

7年間、この浜で、この海で、向き合うべきことと、徹底的に向き合い続けてきた。それが、いいように働くこともあれば、わるいように働くことも多くあった。


けれど、学生最後の夏に、これだけ人に恵まれてて、やりたいことを見つけて、それに没頭できる環境があって、これからももっと極めていきたいと思えるものに出会えて、選んだ道は正しかったと思う。

そう思えるのは間違いなく周りのおかげだけど、帰省の度に、気持ちを切り替えさせてくれた“いなげの浜”のおかげでもあるのかもしれない。

今回は就活を終えてから初めての帰省、初めてのいなげの浜だった。とりあえず、スタート地点にたてて本当によかった。

そして、台風が過ぎ去ったあとの濁った海を見ながら、残りの半年間、何をしようかって考えながらこのnoteを綴った。


元々なんの思い入れもなかった“いなげの浜”も
今思えば、思い出と思い出の狭間を過ごした思い出深い場所。

追伸)いなげの浜×帰省=浜田省吾みたいなところがあって、上手くいかないときには、よく「日はまた昇る」を聴いていた。今日、改めてこの曲を聴くと涙腺がやられそうになった。

あとは、地に足をつけて足元掬われないように。

それでは、京都に戻ります。

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