小説 『遠別少年』の魅力
「遠別少年」装丁展は2月11日に無事オープンし、3日間を終えました。
金土日の3日間×3週間という変則的な開催ですが、そのうちの1/3が過ぎたことになります。
この3日間、オミクロンと雪というダブルパンチに見舞われました。
寒さ厳しい遠別が舞台の小説だから、開催するなら一番寒い2月がいいんじゃないかとこの時期に決めたのですが、まさか都内に積雪とは——東京を遠別化してやろうという坂川さんの演出じゃないだろうな。
そんな状況にも関わらず、大盛況とはいきませんが少なくない方にいらしていただき、感謝しかありません。カバーの違いで印象が変わる装丁の面白さを楽しんでもらいました。本も購入いただき本当にありがく思います。
ふと気付いたのですが、これまで『遠別少年』を「装丁家・坂川栄治氏の自伝的小説」と紹介していました。でもこれだと坂川さんを知る人しか手を伸ばしにくいんじゃないか、と。
坂川さんは吉本ばなな『TUGUMI』、カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』、上橋菜穂子『獣の奏者』、絵本『だるまさん』シリーズなど、ベストレセラーの装丁を手がける装丁界ではレジェンド的存在ですが、一般の人によく知られているわけではないと思います。
こういう場合「自伝的小説」というのが強いアピールにならないかもしれない、業界内有名人の作品をネタに内輪で盛り上がろうとしていると取られかねない…と心配になりました。
私たちが『遠別少年』を取り上げたのは、装丁の題材を探していたことももちろんありますが、純粋に小説として面白かったからです。
そうでなければわざわざ本を作ることはしません。最初に福田和雄さんが、次に私がこの小説に惹かれて題材にさせてもらおうと考えたのです。
坂川さんより少し下の世代ですが東京生まれ東京育ちの福田さんが「少年時代のことを思い出す」と言うのが読む前は不思議に思いました。東京とは全く違う北国の話ですから。
でも読んでみるとその意味がわかりました。
祖母とともに黄金色の麦畑で見た飛行機、友だちと連れ立って泳いだ階段湖、女風呂を覗きに行こうとする話などが描かれていますが、エピソードそのものというよりそのとのときの気持ちや心の揺れ、感覚が同じだ、と感じるのです。
私は坂川さんよりひと世代下ですが雪国育ちなので、雪や冬の描写がとても豊かだということがわかりました。
年配の「おじさん」が苦手なんだよ、と坂川さんは言っていましたが、そのきっかけになった話もあります。かまれた経験から犬嫌いになるように、理不尽に激しく怒られて「おじさん」が嫌いになってしまう——同じ経験はないですがよくわかります。本気で怒る大人は怖かったですからね、子供の頃は。
坂川さんはこの小説のことをこう言っています。
自分の体験をもとに、いつの時代も変わらないことを書こうとしたのでしょうか。
だとすると、この再々書籍化で主人公の「私」に別々の名前を与えたのは「自伝的小説」という小さな世界から解き放ちたかったのかもしれません。自伝的小説という説明の仕方がよかったのかそうでないのか、自信がなくなってきましたが、多くの人に読んでほしいと言う気持ちは変わりません。
昭和に育った人、平成に育った人、令和に育った…はまだですが、いろんな人に読んでいただき感想をお聞きしたい。
2月18日金曜から展示は再開します。