台風十三号「インニョン」が到来したのでインニョンを飲んでみた
九月八日、台風十三号「インニョン」が接近した関係で、関東では大雨が降っている。
インニョンとは香港が提案した名称で、カモの一種(オシドリ)のことを指すとともに、香港では人気のある飲み物の名前でもあるらしい。それはコーヒーと紅茶を混ぜ、砂糖や練乳をたっぷり入れたドリンクなのだが、そんなものが国民的に人気だなんて驚きだ。コーヒーと紅茶は相容れないものというか、混ぜるな危険というか、とにかく一緒に飲むなんて考えたことも無かった。日本では、引き算で美味しさを引き出す和食が文化的に根付いているから、極力無駄を省き、それぞれの繊細な香りや味を楽しむというマインドが根底にある。だからコーヒーと紅茶を混ぜて飲むという発想が出てこない(或いは抵抗がある)のかもしれない。知らんけど。
香港の食文化は過去に英国の植民地であったことや、国際金融都市として栄えた歴史から、ヨーロッパ料理や中国料理等、様々な国の影響を受けている。更なる美味しさを求めてそれらを混ぜ合わせ、昇華した結果、香港独自の食文化が形成されたのだ。昨今、香港は「美食の楽園」などと称されるわけだが、きっとインニョンもその過程で作られた料理の一つなのだろう。食文化が違えばこうも考え方が変わるのは面白い。異文化体験として、私もインニョンを作って飲んでみようと思う。
まず練乳を用意しなければならない。私は台風の中、練乳を求めて外に出た。横殴りの雨が身体中に当たって痛い。コンビニにつく頃には、グリーンのTシャツが深緑色になってしまった。
私は駆け足で店内に入り、棚を見回した。……無い。生クリームの横にも、パンの近くにもそれは見当たらない。店員にも聞いてみたが、練乳は取り扱っていないらしい。
なんでこんな日に外へ出てしまったのだろう。別に今日じゃなくてもよかったじゃないか。危ないし。行動力はあればあるほど評価される世の中だけれど、こんな行動力は要らない。なんだ台風の中練乳を買いに行く行動力って。ばかばかしい。しかも買えないし。
もういいや。私はとぼとぼと家に帰った。スーパーに行く気力は到底無かった。途中、風で傘がひっくり返った。
しかし困ったぞ。これではインニョンが飲めない。でも、練乳くらい自分で作れるんじゃないか。どうせ牛乳と砂糖で出来てるだろ、あんなもの。
「練乳 作り方」で調べてみると、あれよあれよとレシピが出てきた。どうやら、練乳は牛乳と砂糖で作れるらしい。ほら見たことか。ならば家にあるものだけで出来る。よし、早速作ってみるぞ。
一応レシピを載せておく。是非作って飲んで、私と同じ気持ちになってほしい。
完璧だ。なんか結構美味そう。なにより結構手間だったので、美味くなきゃ困る。私はストローをくるくると回し、かき混ぜた。いざ。
ごくり。……ううん、うーん。なるほどなるほど。ううん……?
いや、悪くはない。悪くはないんだけど、よくわからない。まず感じるのは甘味。練乳のねっとりこっくりした甘さが舌に伝わる。そしてその甘みが最初から最後まで続く。あめえ。よく舌を凝らすと、遠くの方でコーヒーと紅茶が手を振っている気がする。確かにキリマンジェロとセイロンらしき姿は確認できるのだが、練乳という白い霧がかかっていてぼんやりしている。そんな感じだ。
いつものコーヒーよりも苦みは感じられず、いつもの紅茶よりも香りを感じない。あれ、これ……駄目じゃない?
勿論比率が良くなくて、コーヒー(または紅茶)の割合を増やしたり、練乳を控えた方が美味くなるかもしれない。市販の練乳を使えばもっと良くなるかもしれないし、或いは香港には甘くないインニョンもあるらしいから、それは美味いのかもしれない。それに味覚なんて人それぞれだし、好きな人もたくさんいるだろう。でも私はもう要らない。
もしも私が結婚していて、パートナーが「インニョン作ってみたの」とこれを出してくれても、「いや、コーヒーの方が良かったな」と口走りかねない。その一言からギスギスし始め、あれよあれよと離婚まで発展するのは想像に容易い。つまり何が言いたいのかというと、インニョンのせいでインニョン夫婦でいられなくなる可能性がある、ということだ。
ふう。私は残ったインニョンを飲み干し、窓を見た。いつの間にか雨は止んでいて、少しだけ光が差していた。
まぁ色々あったが、私はインニョンのおかげで四つも教訓を得ることが出来た。まず一つ。インニョンは私の口には合わない。二つ目。練乳は作れる。キャンメイク練乳。三つ目は、無駄な行動力は疲労しか生まない。適切で適当な行動力を身に着けるべきだ。
そして最後の一つ。台風の日は外に出るな。通り過ぎるまで待て。
最後に、参考にさせて頂いたHPを貼っておきます。もし興味を持たれた方がいらっしゃれば是非こちらからどうぞ。
こんなところで使うお金があるなら美味しいコーヒーでも飲んでくださいね