邦画独特の湿気ムンムン感めっちゃ好き
実りある連休を過ごすぞ!と息巻いていたのにいざGWが始まると怠惰に過ごしてしまうみなさん、いかがお過ごしでしょうか。私もです。チョンガー(死語)だとGWが埋まるほど予定は入らないし、能動的に動かなきゃ充実とは程遠い生活になっちゃうんだよなあ。
ただせっかくの休みをだらだらと過ごすのも勿体無い。来年こそはと毎年言っている状況を打破すべく、私は一大決心して美容室へ向かった。
美容師さんは20代後半のおしゃべりな女性で、席について間も無く会話が始まる。
「野呂さん、映画とか観るんですかあ?」
「ええ、まあ、人並みに。週に一本くらいかな」
「へえ、暇なんですね。どういうのがお好きなんです?」
「……洋画なら結構なんでも見ますね。中でもどんでん返しというか、ミステリーやサスペンスが好きです。あとはミュージカル映画とか」
「ふむふむ、いいですねえ。邦画は?」
「邦画だったら鬱々とした湿気ムンムンのじっとり暗い映画が好きです!バッドエンドだともうたまらん!」
「えー? メンタル大丈夫ですかあ?」
「……なんとか」
この美容師さん、さっきから初対面なのにグサグサ心を刺してくるぞ。いや、このくらい言ってくれた方がいっそ気持ち良いのだが。
「えー、じゃああれとか好きですよね、多分。あのう、なんだっけ……マンガ原作のやつ……」
なんだなんだ。どんな映画だ。私は興味を持ってくれたことも話が広がったことも嬉しくて彼女の言葉を待った。
「あれだ! 進撃の巨人!」
「好きです好きです!(ちがうちがうちがうちがう)」
動画配信系サブスクリプションサービスが浸透した現代では、誰も彼も何かしらに入会している。かくいう私も、アマゾンプライム・Netflix・Hulu・Disney+・Abemaプレミアム・DMMプレミアムに入っている。もはや私がサブスクしているのではなく、サブスクが私の時間をサブスクしているのではないかという錯覚に陥る。
そのくらい私の少ない(美容師は多いと思ってるけれど)余暇は彼らの貢物と化し、日々映画やTVショーに時間を費やしているわけだ。
もちろん映画館に行くこともある。最近で言うと『RRR』や『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を鑑賞した。(どちらも滅茶苦茶面白かった)
とかく私は映画が好きである。観る数は多くないし知識があるわけではないが、そんなことは関係ない。好きに理由や見識はいらない。よね?
そして中でも私がこよなく愛するものこそ「湿気ムンムン邦画」である。じっとりとした陰鬱な世界観。画面は暗いし小さい声で話すから何やってるかもよくわからない。大体雨ザーザー。あと謎にグロい。そんな日本映画を視聴することでのみ生成できる独特な快楽物質がある。
では「湿気ムンムン邦画」には例えばどんなものがあるのか。それは片山慎三監督の『岬の兄弟』や武正晴監督の『100円の恋』、大森立嗣監督の『マザー』、是枝裕和監督の『万引き家族』などが当てはまる。(場合によっては『冷たい熱帯魚』や『羅生門』も入ってくるやもしれぬ)
特に片山監督はすごい。一世を風靡した韓国映画『パラサイト 半地下の家族』にて助監督を担った人物で、その経験を踏まえ日本映画に落とし込んだ『さがす』も滅茶苦茶じっとりしている。じっとりを超えてもうねちょねちょしているレベルだ。ねっちょり監督だ。(これは褒め言葉です)
こういった「湿気邦画」には、モラルとリアルを天秤にかけ、切羽詰まる状況の中選択しなければならない映画が多いように感じる。生きるためにモラルを捨てられるのか。実際に日本で起きていることのようであり(実際に起きている出来事をもとにしている映画もある)、それを知って自分はどう生きるべきか。視聴後も心の中で自問自答が続く。これがいいんだよなあ。
昨日は白石和彌監督の『死刑にいたる病』を観たが、これも良かった。ムンムン度こそ梅雨くらいだったけれど、すっごい面白かった。
(あらすじは割愛させていただきます、ごめんなさい。ネタバレは極力ないように書きます。)
阿部サダヲ演じるサイコパスキラーの榛村がいい塩梅で怖さと魅力を兼ね備えていて、あっという間に引き込まれた。
主人公である筧井青年と榛村が面会室で相見えるシーンが度々あるのだが、その時の心情によってガラスに映る榛村の姿が筧井青年と重なったり離れたりする描写や、榛村の声が二人を挟んだガラスのせいでこもっていたり、時には耳元で語りかけらているように聴こえたりと、物語以外の表現も素晴らしかった。
エンタメ色が強すぎるという批判がいくつかあったけれど、それはそれで良いし、監督自身もそう仰っている。私たちが考えるサイコパス(実際のそれとはかけ離れているかもしれない)が暴れ回っていて見応えのある映画だということは間違いない。
この映画を観て気付いたのだが、「湿気邦画」には主人公が「堕ちていく」描写がよく見受けられる。それは犯罪者に堕ちる場合もあれば、獣に堕ちる時もある。とにかく、人が人でなくなってしまうというか、そういうことがよくある。
堕ちていく姿を見ると、「あーあ、ついにこうなちゃったかあ」と悲しみと呆れの混じったものが湧き出る一方で、妙な爽快感がある。「いけいけ。もっと堕ちちまえ」とか、そんな感じ。それは抑制された心の爆発であり、私達がいつだって奥底に抱えている「いっそのこと堕ちるとこまで堕ちてしまいたい」という欲望が存在するからこそそう感じるとも捉えられる。だから、あれは共感から起こる爽快感なんじゃないかなと。
ん? そんなことに共感するなんてメンタル大丈夫なのか? 美容師さんの辛辣は一言は見事に的を射ていた。
やっぱりじっとり日本映画はいい。噛み締めるほどに味わいがある。まるでスルメだ。さて、整理できたところで次はどんな映画を観ようかな。昨日は犯罪者に堕ちる人を観たからな。
今日は堕ちた人間の中でも、何かを傷つけることも、時には殺すことも厭わない獣のように生きる人間が観られる邦画がいいな。なにかないか。そうだ、ぴったりのものがあった。
そう思い、私は『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』の再生ボタンを押した。