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プロレス衰退の犯人は総合格闘技じゃない、パンクラスだ。

パンクラスという衝撃

モノの価値が変わるのは、モノの見方が変わるからだ。

プロレスの価値が変わったのは、プロレスの見方が変わったからだ。

具体的に言えば、プロレスの価値が変わった、つまり、言うのもおぞましいことだが、プロレスが衰退したのは、プロレスラーの肉体の見方が変わったからだ。

その犯人は、プロレスをなぶった総合格闘技ではない。

パンクラスである。

そう、パンクラス。日本の総合格闘技の嚆矢と言われ、新日本プロレスの若手レスラーだった船木誠勝と鈴木みのるが創り、”プロレスの神様“カール・ゴッチが命名した団体である。

1993年の旗揚げ時にはまだプロレスリングを名乗っていたから、新プロレスと言ってもいい。

前回も言ったが、プロレスとは見せるシステムであり、リングの光景がすべてであり、その重要な要素がプロレスラーの肉体である。

それは大きさに加え、鍛え抜いた筋肉に脂肪の塊が適宜乗っているのを正しいデフォルト(標準)とする。

観客にプロレスラーの肉体を鑑賞させる時間を与える方便が30分一本勝負、60分3本勝負などという設定だ。これは暗に「カール・ゴッチみたいに、ゴングが鳴ったと同時に原爆固めを決めるな」というビジネス指令だとも言った。

プロレスには、肉体の鑑賞という意味もあるので、格闘技のようにあっという間の決着では困るのだ。

スリーカウントというシステムも、カウント2.9という肉体の頑丈さを競うラリーを、じっくり見せる仕掛けとも言える。

顔面パンチを禁止することで、耐える肉体がクローズアップされると同時に、観客は肉体表現にも匹敵するレスラーの苦悶の表情も堪能できる。

ゆで卵の白身だけで作った肉体

パンクラスが旗揚げ戦は、この従来からプロレスファンが楽しんできた、レスラーの肉体鑑賞というテーマに根本的な問いを投げかけた。

それは旗揚げ戦に登場したレスラー全員の肉体が、従来のプロレスラーのプロトタイプ(典型)と明らかにに違ったからだ。

プロレス鑑賞に是とされたよけいな肉がそぎ落とされ、鋼の肉体だけがむきだしになっている。船木も鈴木みのるも、鳥のささみと卵の白身しか摂らずにこの肉体を創りあげた、という。

プロレスにとって代わる新格闘技を標ぼうするパンクラスにとって、まずは見た目からプロレスと決別を印象付けなくてはならなかったのだ。

プロレス鑑賞によしとされた筋肉にまとった脂肪の固まりは、パンクラシスト達にとっては唾棄すべき醜悪な旧型にすぎなかった。

当然のごとく、パンクラスはポップコーンを食べながらコーラを飲み、ヤジの一つでも飛ばしながらプロレスを楽しむファンたちを無視した。

旗揚げ全5戦の合計試合時間が13分5秒だったことから、そのファイトぶりは”秒殺“と称された。こうしてパンクラスはプロレスに新しい見方というセンセーション巻き起こしたのだ。

旗揚げ戦こそ従来のプロレスのリングを使ったが、今やパンクラスの戦場はデカゴン(10角形)の金網だ。もはやパンクラスには原型であるプロレスの文化の欠片も見られない。

ゴキブリ殺虫剤とパンクラス

今この原稿を書いてふと横を向くと目に飛び込んできたものがある。

殺虫剤だ。

机の上に山と積み重ねたThe Wall Street Journalと東スポが気に入ったのか、最近ゴキブリが出現、あわてて近くのマツキヨで買ったものだ。ラベルには大きく「ゴキブリ秒殺」と書いてある。

1993年パンクラスの旗揚げで、週刊プロレスが作ったプロレス造語「秒殺」。この秒殺という言葉がさりげない日用品に今も使われているこの事実こそ、いかにこの言葉がセンセーショナルだったかを示している。

総合格闘技がプロレスを倒し、プロレスという価値をひっくり返したとよく言われるが、正しくは「パンクラスが、」である。

プロレスが衰退が始まった歴史的に正しい日付は、東京ドームで高田がヒクソンに敗れた1997年10月11日ではない。正しくは、プロレスラーの肉体が東京ベイNKホールでパンクラスによって否定された、1993年9月21日、である。

パンクラスは、プロレスラーの肉体の価値を書き換えたことで、プロレスの価値を書き換え、パンクラスという新(真)プロレスを誕生させた。それが総合格闘技の夜明けにつながったのだ。

すべては「見せ方」を変えたことから始まった。

パンクラス旗揚げ第一試合

今日も最後まで読んでくれてありがとう。

いつの間にか高校生の生き方がプロレス礼賛にすり替わってしまっているが(笑)、これも流れなので、我慢して聞いてくれ。もう少しで終わるから(終わんないか)。

じゃあ、まあ明日会おう。

                             野呂 一郎

参考書籍:


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