武智先生と考える日本のリーダーシップと影響力。
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:今の日本は世界に影響力を及ぼしていないが、世界は日本に影響力を持ってもらいたいと考えている。影響力を持つとは、世界に向けてリーダーシップを発揮することだ。
日本最大級の知性である武智倫太郎の言葉を勝手に引用して、解釈したことをお断りしたい。
武智先生の慧眼
昨日書いた岸田さんのスピーチに関する拙稿に対し、
武智倫太郎先生が以下のような考察をくださいました。
武智先生のお言葉の一部であるのですが、読み取れるのは
「日本の政治家は私利私欲ばかりで、世界の平和など考えてない。
だから世界の人たちは、岸田さんの回顧録があったとしても誰も目もくれない。
トランプがアメリカファーストと言っているのと変わらぬ」ということではないでしょうか。
ついでに言うと、日本のそういう姿勢を世界はもうわかっていて、だからキシダが仮に回顧録など書いても興味を持たれない、と武智先生は言っているのです。
下の玉稿は武智先生による、「未来」についての創作ですが、武智先生の行間をまたしても勝手に読むと「未来をあやつるリーダーがいないと、世界は危うい」と読めるのではないかと強く感じるのですが。(野呂の記事も紹介いただいております)
しかし、僕も武智先生も、世界は「ないものねだりだが、日本がリーダーシップをとってくれればいいのに」と切望していると感じています。
このあいだのnote記事でもふれましたが、
著名な米国際政治学者、イアン・クレマー氏も先月、東京で講演し、地域で「日本がより大きなリーダーシップを発揮しなければならない」と訴え、我々の意識と同調します(朝日新聞2024年11月8日 一面)
リーダーシップとは何か
共有されたビジョンを持ち、それを実現するための戦略を策定、実行できる能力のある人のことです。
石破さん、ビジョンあるじゃない。いいじゃない。
「日米地位協定見直ししろ」、よいビジョンじゃない?僕もそう思います。
でもね、「共有されたビジョン」じゃないとダメなんですよ、リーダーのもつビジョンっていうのは。
今回就任演説には、日米地位協定も含め、ご自分のビジョンは何一つ話さなかった石破さん。
そうなんですよ、ビジョンはあっても、それが共有されてないと、つまり関係者を説得し納得させたビジョンでないと意味がないんです。
ビジョンはそれを実行し、実現させることで意味が出てくるのです。
石破さんは、大臣時代の政府内野党と言われた時のビジョンの修正を迫られています。
あるいは持論を堅持するのであれば、更なる理論武装、根回し等の小技も必要になってきます。
報道によれば、石破さんは保身のため、党内多数派の意見に妥協を余儀なくされつつあるということです。
これをどう見るか。自分のビジョンに確信が足りず、また勇気をもって他者を説得するだけの情熱が足りなかったのか。
それとも、リーダーになって初めて、ビジョンとはひとりよがりのものではだめで、関係者全員を説得するという”実務”を伴うということを実感し、一からリーダーシップとは何かという命題に向き合うきっかけにしたのか。
後者だといいですね。
田中角栄最後の弟子といわれている石破さんですから、人情の機微は知っており、これまでの唯我独尊の姿勢を改めることに躊躇はないはずです・・って・・勝手に推測するな・・ですね。
リーダーシップとは何か その2
アララ、頭が混乱してきた。
ああ、書いていてやっとわかったぞ、リーダーシップとは(リーダーシップを備えた首相)とは
「政治は妥協」というしたり顔の常識を情熱と勇気と論理を携えて壊す
力のある人物、なんですね。
それには、いかに他者の協力を得れるかにかかっていると思います。
リーダーシップとは何か その3
あらら、また混乱してきたぞ、こんなんが出てきた。
「要するにリーダーシップとは、徳(運と他者を動かす人柄)と力(情熱、勇気、論理)そして知恵(非常識な突破口)の3つが揃うこと」、です。
英語は入れないのかって?
ないものねだりだからなあ。
英語に限らないけれど、ある取得が困難な能力を手に入れるには、よほど運がよくないとならないんですよ。環境に恵まれるとか、人とのいい出会いとか。
だから、あるに越したことはないにしておきましょう。
でもそこは他力、人の力を借りれば何とかなる、知恵を発動すればいいのです。
ああ、またリーダーシップがわからなくなった
武智倫太郎先生からインスピレーションを得たはいいが、まだリーダーシップの定義について、まだあやふやなようです。
リーダーシップはグローバルでなければならない、それが信念のはずの私め、のはずなのに・・
すみません読者の皆様、明日また出直してきます。
願わくば、武智倫太郎先生に一言、助太刀を頂ければ・・
野呂 一郎
清和大学教授