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高速道路で溝にはまったイノシシは殺す必要はなかった
ケンカは絶対にしてはいけない
高校生のみんな、元気ー?
さて、昨日に続いて、孫子の兵法「戦わずして勝つ」だ。
戦わずして勝つ ことが戦いの、戦略の理想。
無益な戦いというものがある。戦って勝ったところで、何のプラスもないどころか、とばっちりをうけてしまう戦いというのがある。
例えば、ケンカだ。
売られたケンカは買ってはならない。ケンカは無益な戦いの代表で、勝っても相手に怪我をさせるリスクがある。ケガを理由に傷害で訴えられることだってありうる。訴訟のリスク、ケガを負わせるリスク、自分がケガをするリスク、ヤクザ関係ならば後々面倒なことが発生するなど、様々なリスクがあり、物理的、社会的に無傷ですむわけがない。ケンカは絶対にしてはならない。
火の粉を払うときも、相手をいたわれ
唯一戦っていいのは、身に降りかかる火の粉を払うときのみだ。その時も、相手を痛めつけてはならない。ケガをさせないように、相手の攻撃を避けて、その力を利用する形で身動きできないように抑えることだ。
しかし、相手が素手だとしても、ここまでやれるのは、相当の心得がいる。
せいぜい初段くらいの腕前のくせに武道を知ったかぶりに語ると、相手をそのように抑え込むためには、空手と合気道の心得があるといいだろう。しかし、最低初段クラス。最低3年から5年やりこまないと、いざという時に使えない。
戦わずに勝つとは、戦いのシュミレーションをすること
しかし、本当の武道家は暴漢に襲われても、戦わない。
世界の空手家が本物のレジェンドと尊敬する、松濤館流空手の世界的権威、國際松濤館空手道連盟の創始者、故・金澤弘和先生は、エレベーターでピストルと突きつけられた時に、言われるがままにドル紙幣を渡した、という。師範ほどの腕前ならば、ピストルを持った相手を制することはたやすいが、万が一もみ合いになった時、流れ弾が第三者に当たるリスク、外国で事後の取り調べをされる時間的コストを考えたのだと、ある雑誌で語っている。
空手の道世界連盟創始者、矢原美紀夫先生は、常に飛行機に乗るときは、ハイジャックを想定しているという。
要人警護のセキュリティ会社の社長も兼ねている矢原氏のモットーは、常在戦場だ。ハイジャックの想定とは、相手は何人で、武器は何を持っていて、要求は何でなどすべてシュミレーションした上で、戦う、戦わないの判断を行うということだ。
戦わずして勝つとは、それが理想だが、状況に応じて最適の行動をとる、という教えに他ならない。
それは、単に目の前の相手を制するということにとどまらない。相手に致命的なダメージを与えず、周囲の安全もはかった上で、場合によっては国益まで頭に入れなければならない。
要するに、孫子のこの教えは、戦わずして勝てとは、まず戦の全体性を考えろ、という教えなのだ。全体の利益を頭に入れて、戦うか、戦わないかを判断しろという教えなのだ。
ピザ屋でどこに座るか
戦いは、いつどこで勃発するかわからない。瞬時の判断ができるよう、キミは常にシュミレーションを怠ってはならない。
例えば、今日これからピザを食べに行くとする。もし、大地震が来たら、あの地下の店のどこに座ったらいいだろうか。
そもそも地下の店に行くのはアルファ株が猛威をふるっている今、換気が悪すぎて行くべきではないのではないか。大雨警報も出てるし、キャンセルだ。
このように常に、孫子の兵法的なマインドを使わないとならない。現代における戦いは、いきなりチンピラにケンカを売られることだけではない。
イノシシを殺すな
そう言えば、一昨日高速道路でイノシシが道路の溝にはまって動けなくなったという事件が報道された。てっきり可愛そうなイノシシを助けて、山に逃してやったのかとおもいきや、猟友会が射殺した、というのだ。
これなども、全体性を考えてない。
クマもそうだが、人類社会の基本的なルールは、動物と共存することではないか。このことが全体性である。
イノシシを逃してやる適切な場所すら、考えてないとは、孫子がいたら嘆くだろう。
今日も最後まで読んでくれてありがとう。
また明日会いましょう。
暑いね、コロナとも戦っちゃダメだよ(笑)
野呂 一郎