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いまこそクラッシュギャルズの遺産。長与千種が示した「コロナ日本は女子に任せるべき」。
この記事を読んで、あなたが得られるかもしれない利益:伝説の”クラッシュギャルズ”の本当の実力。日本女子レスリング、その強さの秘密。日本女子の隠された本当のポテンシャル。競技力向上は組織横断的な仕組みが必要という事実。
平野選手にあやかって五輪女子レスリングだ
僕のこの連載の主なネタはThe Wall Street Journalです。
過去20年の、これは皆さんに紹介すべきだと直感した記事は全部スキャンして保存しています。
その数は数千にもなり、紹介しきれないネタが、たくさん眠っているのですが、賞味期限を過ぎているものも、何かのタイミングでリアルタイムの問題に結び付けられることもある、そう考えてスタンバイしています。
今日は、2021年8月3日の、“女子レスリング”に関する記事を復刻(笑)してみましょう。
そうです、平野選手金メダルに湧いている日本ですが、冬季オリンピックにあやかって、去年の夏季東京オリンピックの女子レスリングを思い出してもらおうと思って。(笑)
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この記事、そうなんですよ、あのThe Wall Street Journalが日本の女子レスリングを話題にしているんですよ、それも”女子プロレス“を引き合いに出して!
リアルタイムで紹介しようと思ってたんですが、タイミングがズレて今日になったことをお詫びします。
WSJが”日本の女子プロレス”を特集!
記事の内容がまたぶっ飛んでるんですよ。
筆者のアメリカ人ジャーナリストは、よっぽど日本の女子プロレスに詳しいとしかいえない、マニアですね。クラッシュギャルズ、が出てくるんだから!
論理的と言うよりは、感情的な記事なのですが、色々今後の日本に考えさせられるヒントがあるんです。
まずは紹介しますね。
記事は2016年、今回の東京五輪で姉妹で金メダルを獲得した川井 梨紗子(かわい・りさこ)がリオ・オリンピックで優勝したシーン、彼女が金メダルを獲得した直後に、監督をボディスラムで投げつけ、喜びを爆発させた場面から始まります。
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「日本はこの大会、沢山のメダルを取るだろう」と予想し、2004年女子レスリングが正式にオリンピック種目になってから、なぜ日本の女子レスリングがこんなに強いのかを分析しています。
なにせ、五輪種目になって以来、18の金メダルのうち、日本が11個をもぎ取っているのです。
記事によれば、その立役者は、日本女子で初めて世界選手権を制した、吉村祥子(よしむら・しょうこ)さんだというのですね。
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吉村さんがなぜ、レスリングを始めたか、記事はそれが日本女子レスリングの強さの原点だ、と断じているんですよ。
日本女子レス強さの原点は”クラッシュギャルズ”
彼女がレスリングを始めたきっかけは、なんと80年代日本中を熱狂させた、「クラッシュ・ギャルズ」だと言うんですね。
クラッシュ・ギャルズなんて知らない読者がほとんどだから、ちょっと解説すると、長与千種(ながよ・ちぐさ)、ライオネス飛鳥(らいおねす・あすか)の女子プロレスのタッグチームです。
ボーイッシュなこの女子ペアは、強さと人気を兼ね備え、敵役の“極悪同盟”ダンプ松本という善悪抗争の役どころを得て、大ブレイク、女子プロレスは完全に社会現象になったのです。
毎週フジテレビで放映される、「全日本女子プロレス中継」は、視聴率20%を超え、ダンプ松本がハサミで千種の額を切り刻むと、後楽園ホールを埋め尽くした女性ファンからいっせいに悲鳴が上がり、千種が髪切りマッチで負けた時は、社会的な事件になったほどです。
当時、女子プロレスラー志望の若い女性は数しれず、その数年間3000人とも言われました。
そのなかには、吉村祥子さんも、いました。
入門希望者3000人の狭き門
彼女は、女子プロレスラーを目指し、練習していた時期もあったのですが、それはかないませんでした。
素質はものすごいものがあったのですが、プロはやはり、実力の裏付けだけではなれませんからね。
記事によれば、女子プロレス志望の若い女性たちの一部は、プロじゃなくて、勝負オンリー、実力勝負のアマレスに流れ、その一人が吉村祥子さんでした。
吉村さんは、プロレスラーを目指して頑張っているときに、男子アマチュアレスリングの重鎮、福田富昭さんに出会ったのです。
そして、その後は女子レスリング一筋、2004年の女子レスリングが初登場したアテネ五輪出場は逃したものの、その後、チームジャパンのコーチとして、日本の女子レスリングを最強軍団に育て上げました。
女子レスリングの立役者としての”アニマル浜口”
記事では、女子レスリングが強い理由の一つに、”アニマル浜口“の存在をあげています。
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昭和のプロレスファンはよくご存知の、元国際プロレス、後に”国際軍団“としてラッシャー木村と一緒にアントニオ猪木と抗争を繰り広げた、歴史に残る名レスラーです。
そのアニマル浜口の娘が、2004年アテネ、2008年北京で銅メダルに輝いた浜口京子であり、女子レスリングには、「アニマル浜口スピリット」も注入されてる。というのです。
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記事の筆者は、日本の女子レスリングの強さのルーツを、“女子プロレス”と断じ、その正体を「強さとショーマンシップを兼ね備え、タッグを組むと集団的な強さを発揮する」、と分析しています。
特に、これを日本特有のものとし、「日本の女性と言えば肉体的にはひ弱で(おしとやか)で、従順というステレオタイプがあるが、実は強くて獰猛」と評しています。
さて、皆さんいかがでしたでしょうか。
仮説検証:日本女子最強説
筆者のこの記事から浮かび上がってくる仮説はいくつかあります。
1. 日本の女性が持つ、精神的肉体的強さというポテンシャル
2. 女子プロレスという“感情撹拌装置”
3. 経済エンジンとしての女子プロレスの可能性
4. レスリング界全体が女子をバックアップ
長くならないように注意して、解説します
1. 日本の女性が持つ、精神的肉体的強さというポテンシャル
クラッシュ・ギャルズは、女子プロレスに本格的な”勝負論“、格闘技としての女子プロレスという概念を、本格的に持ち込んだ存在でした。
極真カラテの初代全日本王者だった、鬼コーチ山崎照朝氏を招き、二人をレスラーというよりも格闘家に仕上げ、彼女らもそれまでの女子プロレスにない、ハードな動きと攻撃を女子プロレスに導入しました。
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このいわば”ストロングスタイル”的なプロレスが、女子プロレスに”闘魂“を芽生えさせたのです。
敵役の極悪同盟のかつて女子プロレスになかった前代未聞の悪役ぶりも、クラッシュ・ギャルズブームを結果的に後押ししました。
芸能+格闘という新ビジネスモデル
クラッシュ・ギャルズの象徴である長与千種は、いま女子プロレス団体マーベラスの代表として、女子プロレス界に未だ絶大な影響力を持っており、弟子の彩羽匠(いろは・たくみ)が長与イズムを継承しています。
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女子プロレスは、クラッシュギャルズ以降、派手なコスチュームに、歌と踊りという芸能色と勝負重視の格闘色という、2つの色彩を放ち始め、かつてなかった女子というファン層が急速に拡大したのです。
彼女たちは、自らの内部に密かに息づいていた闘うことへの興味と情熱を暴き出され、でも目の前に提示される”リングで華やかなスポットライトを浴びて、闘う“チャンスという夢に魅了されたのです。
2. 女子プロレスという“感情撹拌装置”
全日本女子プロレスの元会長松永高司氏は、著書でこんなようなことを言っています。「女子はむずかしい。時に感情に走るからだ。でもそれこそが女子プロレスの魅力なのだ」。
これは、こう解釈できます。
プロレスは格闘技ですが殺し合いではありません。レスラーは、そこをわきまえなくてはならないのですが、時として女子はエスカレートする感情に歯止めがかかりません。
いま、プロレス界が異常事態です。
週プロ(週刊プロレス)を見るとその訳がわかります。
表紙から、巻頭特集がほとんどすべて女子ばかりなのです。
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男子プロレスも女子プロレスもコロナで、開催中止が相次いでいるこの2年、女子が男子を人気で、熱気で上回っているからです。
同じ逆境にありながら、女子はコロナに負けないスピリットをここぞとばかり発散しているのです。
コロナで意気消沈しているように見える男子よりも、女子を取り上げたほうが部数が伸びる、週プロ編集部はそう判断したのです。
ここに、女子の感情優位という特質があるのではないでしょうか。
感情がエスカレートして、殺し合い一歩手前になった試合も数え切れない女子プロレス。
それはうがった見方をすれば、日本の女性の強さ、なのではないでしょうか。
3. 経済エンジンとしての女子プロレスの可能性
吉村祥子さんが、女子プロレスラーになれなかった、あの80年代。あれが、経済エンジンとして、僕らが参考にすべき女子プロレスのビジネスモデルです。
感情の撹拌機としての、女子プロレスを最高に引き出したのが、クラッシュギャルズvs極悪同盟という仕掛けでした。
クラッシュの強さと凄さと闘魂を引き出すための、敵役としてのダンプ松本チームの存在。
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この善と悪を組み合わせれば、あとは女子の武器である”感情“で、自然にほっておけばドラマが生まれる。
経営側としては、事故を防ぐことと、手を変え品を変えてマッチメイクの妙をプラスすれば、良かったのです。
ブームは10年にも及び、この間の全日本女子プロレスの収益は莫大なものになりました。
しかし、いま同じことをやろうとしても、むずかしいでしょうね。あの時は役者が揃っていたからです。長与千種とダンプ松本という。
今から考えても、二人は女子プロレス史上最大最強のベビーフェイス(善玉)であり、ヒール(悪玉)です。
プロレス興行において、善対悪の水戸黄門的なシナリオは集客の王道ですが、その成否は役者次第、といえるかもしれません。
しかし、リングで歌と踊りを披露させるという手法は、クラッシュ登場の前からルーティンとなっていました。
今はこのシステムは存在しませんが、この芸能と格闘をミックスさせたステージングは、時代にマッチした経済ブースターとして機能したのです。
4. レスリング界全体が女子をバックアップ
この記事を読むと、女子のレスリングの繁栄を支えている構造が見えてきます。女子レスリングを支えているのは、女子プロレスであり、男子プロレスであり、男子アマレスという図式です。
女子の最強神話が始まったのは、女子レスリングを最強に育てた吉村祥子さんがクラッシュ・ギャルズに憧れたことから始まりました。
吉村さんの心と身体に、クラッシュの闘魂とストロングなファイトが刻み込まれており、それが弟子たちに伝播されたのです。
男子プロレスの影響は、アニマル浜口です。
娘の浜口京子のスピリットとファイトは、お父さんのアニマル浜口仕込みなのは、周知の事実であり、浜口を通じてアニマル・スピリッツは女子レスリングに染み込んだはずです。
プロレス界は、長らく男子が女子を下に見る傾向がありましたが、なんといっても女子は、先輩格である男子プロレスの影響を強く受けています。
特にクラッシュが登場した1984年あたりは、日本の男子プロレスの絶頂期で、女子プロレス自体、男子の影響を間接的に受けていることは否定できません。
男子アマレスの影響、これは、先程出てきた福田富昭氏の関連です。
福田氏は1965年、レスリング世界選手権優勝者で、現在、国際レスリング連盟副会長の重職にある、男子レスリング界の重鎮です。
あまり知られていませんが、彼こそが五輪に女子レスリングを登場させた立役者なのです。
その福田氏が、吉村祥子さんを女子レスに引き込んだのです。
もともと、男子レスリング界はプロとアマが、阿吽の呼吸の協力体制を敷いており、アマレスの有望株をプロレス界に送り込むという仕組みがありました。マサ斉藤、サンダー杉山、そしてジャンボ鶴田の例を出すまでもないでしょう。
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そんなことで、女子レスリングが世界で覇を唱えることができるのも、男子プロ、アマの直接、間接のサポートがあってのことなのです。
女子レスリング隆盛の直接のきっかけを作ったのは、やはり、女子プロレスでした。
しかし、長らく女子は男子プロレスやマスコミからも、男子の下という扱いでしたが、今や男女が逆転しているのは、お伝えしたとおりです。
日本女子の可能性
こんなことを言うと、ジェンダー差別と捉えかねないのでイヤなのですが、あえて言うと、女性のスピリットとパワーの可能性を女子レスリングが、女子プロレスが証明してくれたのではないでしょうか。
男子よりも、勇猛で勤勉で根性もあり、肉体的なポテンシャルも上、なのではないでしょうか。
そういう意味で、女子レスリング、女子プロレスに違う角度でスポットライトを浴びせると、日本人は何か重大な気づきを得られるのではないでしょうか。
でもすでに、彼女がそれを身を持って示した、事件がありました。
長与千種さんが、2018年札幌市で、男に馬乗りで暴行を受けていた女性を救ったニュースが報じられました。千種の心身ともの強さが虚像出なかったことを図らずも証明した事件でした。
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クラッシュギャルズの象徴は、「日本の主役は、弱い者いじめする男たちじゃないよ、あんたたちだよ」、そう言いたかったのではないでしょうか。
今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
それではまた、明日お目にかかりましょう。
野呂 一郎
清和大学教授/新潟プロレスアドバイザー