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UAWストライキに見る、米自動車業界の憂鬱。
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:全米自動車労働組合(UAW)ストライキ決行の衝撃。GM、フォードはEVシフトで、テスラにはもう勝てない?バイデン政権は自動車労使の戦いにどう出る?
長引くとやばいストライキ
UAW(全米自動車労働者組合)に属するGM、フォード、そしてピックアップトラック&SUVメーカーのステランティス(Stellantis)の14万6千人の労働者がストライキを決行中です。
アナリストによれば、これが短期で終われば影響は限定的ですが、長引くと業界の成長に深刻な影響を与えかねない、としています。
ただ、投資家はこれを吉兆とみているようですね。
株価はGMは1.4%、フォードもかろうじて1%、ステランティスも 1.8%上がりました。
争議は早期に決着を見て、災い転じて福となると高をくくっているのでしょう。
しかし、案外このストライキは深刻です。
UAWのプレジデント、ショーン・ファインさん(Shawn Fain)は意気軒昂で、フェイスブックのライブストリームで、組合員にこう呼びかけました。
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「このストライキで、会社を混乱させてやろうということだ。君たちが交渉のテーブルにつくにあたってレバレッジを与えたい。奴らは金がある、正義はこちらにあるのだ。時は来た!(This is the defining moment)」とまるで橋本真也(笑)です。
どちらに理があるのか
フォードの ボークス マンは 組合の要求を 「サスティナブルではない」と しながらも、同社は 合意に向かって 一生懸命頑張ってると言っています。
ステランティスも、組合の要求は残念で、リーダーを「責任ある立場の態度ではない」と非難しています。
それでも3社の旗色は悪く、GMのトップは「これまでになかったような、大盤振る舞いをオファーしている」と話します。
具体的に言えば「今後4年間、17.5%から20%に 昇給する」というものですが、組合は35%、プラス生活給の増額それに加え退職者の特別給付を要求しています。
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UAWリーダーの戦略頭脳
日本と同じくアメリカも自動車産業は、大きな政治的パワーを持っており、政府はtoo big to fail (大きすぎて潰せない)と言い訳し、赤字のたびに巨額の補助金を投入してきました。
自動車産業が集まる、デトロイト地区は民主共和両党にとって、戦略的に重要な地域で、バイデン政権もこの騒動をほっておけず、政府特任アドバイザーの ジーン・ガーリング氏(Gene Garling)さんと 現役の労働 大臣を デトロイトに派遣して、幕引きをはかっています。
「公平な契約ができるように」との名目ですが、実際はふたりはまだ労使の代表と接触がないとのことです。
国民の目を意識した、ポーズに過ぎないのでしょう。
UAWのリーダー、ファインさんはなかなかの策士です
こうした政府や業界の弱みにつけ込んで、世論を味方につけようとしています。
彼はこんな発言をしています。
「今回のストライキは、あえて雇用側を混乱させるためのアプローチだ。そして、これは、交渉のテーブルにつく我々がさまざまなレバレッジを使うための機会だ。我々は本気であり、UAW88年の歴史でかつてない覚悟で臨む。」
雇用者を混乱させる、という発言は、大げさに派手にストライキをやり、SNSでも大きく広報させる、という意味です。
彼は続けます。
「このネゴシエーションを、私は 国民投票と捉えている。企業に逆風が吹き、でもそれ以上に労働者が苦しみ、新たな労働条件を要求せざるを得ない時代に、ブルーカラー労働者の価値はどれくらいなんだ、という問いを企業に投げかけるのだ」。
UAWは、世論を味方につけたといえるのです。
米自動車業界の内憂外患
労働者の要求に屈して、30数%の賃上げに応じれば、自動車業界はやっていけません。
しかし、これだけストライキで煽られ、「ブルーカラーをどう考えているんだ」と一番弱いところをつつかれれば、企業側は譲歩せざるを得ないでしょう。
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おそらく秘密裏に、自動車メーカーは政府に頼ると思うんですよ、4年間分1億ドルを補填してくれ、と。
しかし、それ以上に自動車業界が恐れているのが、イーロン・マスク率いるテスラの独走を許しそうな現実です。
労組のないテスラ労働者の平均時給は45ドルから55ドルで、一方UAWのそれは65ドルです。
これ以上の条件を飲めば、生産コストの負担が増え、EV(電気自動車)へのさらなる大きな投資、特にバッテリー開発に莫大なカネがかかる米自動車メーカーにとっては死活問題になります。
まさに内憂外患、追い詰められた米自動車メーカーは、どう妥協するのでしょうか。
野呂 一郎
清和大学教授