プロレス&マーケティング第10戦。オカダvs清宮でわかった「型」の重要性。
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:マーケティングの真髄は「信頼」にある。プロレス流信頼の築き方。トップ画はhttps://www.google.com/url?sa=i&url=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3DLtEJGma9hds&psig=AOvVaw00UK3wIbOeRABM73hTkU4m&ust=1677075385789000&source=images&cd=vfe&ved=2ahUKEwjAkanm5qb9AhVMFYgKHS3bBXgQr4kDegUIARCxAg
エモーショナル・ブランディングの価値観②
現代の「エモい」マーケティング、エモーショナル・ブランディングをプロレスに結びつけて解説しています。
きのうに引き続いて、エモーショナル・ブランディングの価値観その2を説明しますね。
僕の拙著「ナウエコノミー -新・グローバル経済とは何かー」から引用します。
エモーショナル・ブランディングの価値観②
正直でなく信頼(from honesty to trust)
正直であることは、今の時代当たりまえです。
今日び、製品についての基準は各方面からいろいろやかましくいわれるからです。
今の時代、ブランドと消費者の間の約束は、正直だけでは正直物足りない。
正直を超えた、“信頼”が必要です。
信頼とは、エモーショナル・ブランディングに関して最も価値のあることのひとつであり、消費者を引きつけ、そして互いの親密さを増すものなのです。
信頼を得るには大きな努力が必要です。
しかし、数年前から、あるひとつの信頼を築く努力が、小売店によってなされている。それは、“理由不問の返品政策”です。
これは消費者にとって気持ちのよいものであり、消費者を100%信頼している証といえます。信頼とは一歩企業が踏み出すことです。それによって消費者との距離が縮まるのです。
プロレスがなぜ世間の信頼を得たか
ようするにエモいマーケティングとは、消費者(ファン)との間に信頼を築く、ということですよね。
ここでは“理由不問の返品政策”が、信頼を築く一つの方法だとしていますが、ここはプロレスにならいましょう。
プロレスは返品政策など必要ありません、なぜならば、プロレスはすでにファンとそして世の中と「信頼」を築いているからです。
日本に力道山がプロレスを持ち込んで70年、ショーだ、八百長だのと社会の一部から白眼視されながらも、国民的な娯楽として紆余曲折を経ながら今日まで生き延びてきました。
今日は武藤敬司の引退興行、東京ドームは満員の観衆を飲み込み、プロレスリングマスターの最後を見届けました。
この光景は、プロレスとファンの長年築いてきた信頼関係のたまものです。
プロレスが築いてきた信頼とはなんでしょうか。
僕はそれは「プロレス興行が常に観客を満足させること」だと考えています。
その秘密は「型」にあります。
オカダvs清宮についた付加価値
例えば、今日、さっき終わった武藤敬司引退試合の前に行われた、オカダ・カズチカ対清宮海斗の一戦。
清宮が掟破りの顔面蹴りをオカダに見舞ったことからヒートアップした両者の対決ですが、試合形式を巡って、直前まで紛糾しました。
当初30分一本勝負で決まったのですが、清宮がこれに猛抗議、結局は無制限一本勝負に決まったのです。
これが一つの「プロレスの型」です。前座は通常15分一本勝負、メインは60分一本勝負といった具合です。
この形式には2つの合理性があります。一つは全体の試合時間を管理できることです。
すべてが時間無制限では、興行がいつ終わるかわかりません。終電に間に合うように、観客を帰路につかせる必要があります。
もう一つは、観客の感情を揺さぶることです。
オカダvs清宮を30分一本にするか時間無制限するか、たったそれだけのことでプロレスファンを沸き立たせることができるのです。
清宮が「完全決着をつけさせろ、時間無制限だっ!」と一言言えば、マスコミもいきり立って「清宮本気だっ!」などと煽ることができ、試合に期待感と緊迫感という付加価値がつきます。
その昔、シングルのタイトルマッチの主流は60分3本勝負でした。
しかし、今は1本勝負です。これは、日本プロレス界ベストバウトとの呼び声の高い「アントニオ猪木vsストロング小林戦」が90分一本勝負で行われたことに端を発したといわれています。
一本勝負が「緊張感」という付加価値を与えるからです。
3本勝負だと、両者がゲーム戦略的な駆け引きをする余地を与えますが、一本勝負だとあとがないから、勝負という色が濃くなります。
試合時間と一本勝負、三本勝負という単なる形式で、ファンの心をつかむことができるのがプロレスなのです。
プロレスは音楽だ
プロレス興行の試合数は平均6-8といったところでしょう。
そして興行の組み立ては前座で若手の試合、中盤で中堅選手がでてきて、セミファイナル、メインでは千両役者登場という流れになっています。
音楽で言えばクレッシェンド(だんだん強く)のリズムです。
前座で会場を温め、中盤で沸き立たせ、終盤のセミ、メインで爆発させるのです。
マッチメークは、まさにクレッシェンド的な配慮が行き届きます。
この試合数、3つの局面を作ること、リズムの設定、これらも「プロレスの型」なのです。
レスラーも、すべての試合はメインを盛り上げるための、動線にしか過ぎないことを心得ています。
例えば、セミファイナルではメインを食ってしまうような名勝負はめったにありません。
もちろん、そんなルールも、暗黙の了承もありませんよ。
でも長年プロレスを観ているものは、そう信じるのです。(プロレスは色々想像して楽しむという、”大人の娯楽的なところ”がありますね)。
想像させる余地を残す、これも「型」に含まれているかもしれませんよ。
これを称して週刊ファイト元編集長井上 義啓(いのうえ よしひろ)氏は
「底が丸見えの底なし沼」、とプロレスを形容したのかもしれません。
ただ、一つ事実として指摘したいのは、エースアントニオ猪木が率いていた時代の新日本プロレスは、若手に大技を出すことを禁止していたことです。
前座からバックドロップやブレーンバスターなどを観客に見せないようにしたのです。
大技は、セミやメインまでとっておくという”タメ”の発想です。
もう一つは、前座は前座で殴りあい、蹴りあい、極めあいという格闘本来の姿もプロレスであるということを、観客に知らしめるためです。
新日本プロレスは、プロレスファンの「教育」も行っていました。
以上をまとめると、プロレスは試合数、試合形式、前座からメインまでの興行の組み立てという形式、いわば「型」で、プロレス興行を「いつ見に行ってもそこそこ満足できる」というファンからの「信頼」を手に入れたのです。
今日のプロレス&マーケティングを他業種に応用する
バンドの場合を例にとります。
1.ファンやお客さんに「満足」をお届けする「型」を考えよ
例えば、最大の人気楽曲を最初に持ってくるか、ラストにするかという型。インターミッションでベースが時事トークをするという型。深夜3時からセッションスタートという型。どれもだめかもしれないが、何らかのウケる進行があるかもしれない。
2.うまい演奏を最初から最後まで聴かせるな
コンサートは下手、普通、うまいのミュージシャンのレベルで三部構成を考えると客の反応が違うかも。
曲調が変わっても、最後爆発に持っていければ、プロレス的な味付けと言える。
3.いっそのこと、コンサートをシングルマッチにする奇策もあり
演奏会もプロレスと同じく平均10曲くらいの構成だと思う。これをシングルマッチ、1曲だけにするという意外性はどうか。
昭和の時代、新日本プロレスでたった一試合だけの興行があった。1987年1月14日、後楽園ホールで行われた「藤波辰巳vs木村健悟」である。
この試合当日券を求めに行ったら、早々とソールドアウト。観客の満足度は通常の興行を遥かに凌ぐものだったという。
今日はこのへんで。
明日はUWFを取り上げる予定です(しらんけど)。
もうあっという間に10戦か、ヤバいな(笑)
通常運転はどうした・・
野呂 一郎
清和大学教授/新潟プロレスアドバイザー