タイガー・ジェット・シンの真実
プロレスにおける「出待ち」の価値
「見せるシステムとしてのプロレス」の話の続きだ。
見るという行為の多様性を、プロレスほど見るものに提供してくれるスポーツはないだろう。
プロレスは20年の暗黒時代からやっと、夜明けを迎えこれから隆盛の時代と思われた矢先にコロナに見舞われた。ここで原点に還り、プロレスの強みを考えることでプロレスに永久不変の価値を与えることにしよう、ってこれは一体どんな流れなんだ(笑)
さて、見せるシステムに関してはプロレスは本当によく出来ていると思うのだ。昨日チケットとパンフレットは「プロレスの見せる」の小宇宙だと力説した。
しかし、プロレスにはもう一つ隠された見せるシステムがあるのだ。
それは、「出待ち」だ。出待ちっていうとアイドルの追っかけたちが楽屋付近でアイドルを張っている、そういうイメージがあると思うのだが、プロレスのそれはちょっと違う。
会場に入ってくるレスラーを待ち伏せするのだ。しかしアイドル追っかけみたいに「キャー」じゃない。ひと目みたいから、という気持ちに近い。いや、理屈なんかなく、会場入りする姿を「見たい」のだ。試合後も、出てくるところを待つ。試合の余韻を楽しみたい、意外な光景に出くわすかも知れないという期待だ。
僕は必ずプロレスを見に行くときは試合の2時間前に会場入りした、なぜかレスラーがタクシーを、自家用車を乗り付けて会場入りするのが見たかったからだ。
今そんなファンはいないはずだ。しかし、当時のファンはそういうのが、いた。
昭和の新日本プロレスのビッグマッチと言ったらやはり猪木vs小林戦が行われた蔵前国技館、だ。よく行った。今考えれば、2時間も前から待ってたのは、レスラーが車で到着するかも知れないという期待があった。いや、単に開場前のあのたたずまいが好きだったからかもしれない。蔵前の会場前で見た光景も、実はプロレスが提供する「見せる価値」なのである。
タイガー・ジェット・シンの真実
しかし、そんな地味に思える出待ちの光景に、突如メインイベント級の価値を持った光景がいきなり飛び込んでくることがある。あれはタイガー・ジェット・シンと猪木の抗争がピークだった頃だった。
タクシーがにわかに正面玄関につけたその時、緊張が走った、まぎれもなく”インドの狂える虎”タイガー・ジェット・シン、だった。タクシーを降り、あたりを威嚇して裏口に急ぐシン。その時僕と同じようにレスラーの試合場到着を今かと待ち構えていた中年のファンがシンに近づいた。
「危ないっ!」誰からともなく上がった悲鳴。その瞬間、男は倒れていた。シンがサーベルを男の頭に振り下ろしたのだ。これは実話である。
この光景は、どんなタイトル戦にも劣らぬ緊張感とリアルを伴っていた。タイガー・ジェット・シンがあのファンにサーベルの一撃を与えたその光景を、僕は生涯忘れられないだろう。
よく「悪役レスラーは本当はいい人なんだよ。悪役を演じているだけなんだ」などとしたり顔で言ったり、書いたりするプロレス関係者がいるが、あの光景を見てもそう言えるのか、聞いてみたい。
プロレスに限らないが、自分の目で見ていないのに、したり顔してすべてわかったふうなアンチの言うことは聞かないことだ。
”男色ディーノ”の恐怖
試合以外にもうひとつプロレスが「見せて」くれるのは、客席での“惨劇”である。
これも“狂虎”タイガー・ジェット・シンの仕業だったのだが、一緒に見に行っていた僕の友達が客席に乱入してきたシンに追い回され、ころび、コブラクローの餌食になる一歩手前で、若手の大城大五郎選手に身体を張って助けてられたのだ。
「猪木vs小林」で実際にあったことだが、僕の隣の客同士が「猪木が勝つ」「いや小林だ」でケンカを始めた。日本プロレス最悪の極悪団体W★INGでは入場のたびに電動ノコギリを振り回す”レザーフェイス”から本当に必死に逃げた。
DDTの看板、おかまレスラー“男色ディーノ”は好きなタイプの男性客がいると、リングサイドで追い回す。追い回すだけではない。つかまえて唇を奪うのだ。その恐ろしさと言ったら、タイガー・ジェット・シンより怖いと言っていい。
試合が終わったら、今度は帰りの出待ちタイムだ。レスラーの負けた、勝ったあとのなんとも言えないたたずまいが、僕の目を楽しませてくれるのだ。
え?今もまだそんなことやってんのか?って?
いや、さすがにやらないよ。
でも今考えてみると、プロレス自体が熱くてやけどするような時代だった。
いや、それは一部の、ごく一部のプロレスファンが、勝手に燃え上がっていただけかも知れない。おそらくそうだろう。
でも、僕は教訓を得たのかも知れない。
本当に熱意のあるものだけに、見せてもらえるものがあるのだということを。
僕が目にしたのは、プロレスの真実だと思っている。
今日も最後まで読んでくれてありがとう。
じゃあ、また明日ね。
野呂 一郎