プロレスファンは「何をやっても成功する」理由
「プロレスの味方」に襲いかかる逆境
プロレスファンを公言することは覚悟がいる。
昨日言ったように、世の中にあふれるアンチプロレス派と好むと好まざるにかかわらず、戦わなければならないからだ。
プロレスの味方を宣言したその日から、プロレスファンはプロレスのありとあらゆる悪口を受けて立たねばならない。
プロレスを守る言葉を考えるようになる。アンチプロレスの理屈にも耳を傾けることをおぼえる。感情的にならずやんわりと諭す、というコミニケーションも自然に身につける。
プロレスファンはそうしているうちに、自然と賢くなっていく。
これは愛の力だ。
プロレスファンが持っている「愛の力」とは
愛とは、好きになった対象を守ろうとすることだ。
高校時代、プロレスを守ろうとして勝手にベルトを作り、学内王者を名乗ったことがある。
学年の腕自慢の挑戦を受けて2回防衛したが、3度めに4の字固めで破れた。どんなルールだったか忘れたが、ガチでやった。いま思えばプロレスへの愛ゆえにやったのだ。
愛とは、好きになった対象をより知りたいと思うことだ。
レスラーの出待ちをする。自叙伝を読む、週プロ(週刊プロレス)やゴング(週刊ゴング)、ファイト(週刊ファイト)を毎週買ってむさぼり読む。結果としてプロレス、そしてプロレスラーに関する豊かすぎる知識と情報が身につき自然に理論武装が完成し、ハンパなアンチプロレス派などよせつけなくなる。
この一連のプロセスで、プロレスファンは世にも強力な”態度”を手に入れる。
何かを愛し、夢中になり、心身を捧げることによってその対象についての豊かな情報を得てアンチを論破する、という態度だ。それは自然に自信につながる。
この態度は他のことにも伝染する。受験勉強でも、恋愛でも就職でもこの態度があれば、どんなことでも成功するだろう。
プロレスファン大学無用論
「じゃあ、プロレスファンは大学行かなくていいじゃん」
だね。考えてみればその通りだ。
いや、むしろ大学の足りないところもプロレスが補ってくれるんじゃないか。
ありゃ、いつの間にか僕の「大学に行け論」が、プロレスファンに論破されてしまったようだ。
そういえば、思い当たることがある。
それは明日、話そう。
今日も最後まで読んでくれてありがとう。
また明日会えることを楽しみにしている。
野呂一郎