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シンガポールの猫問題と経済学の限界。
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:猫が街にあふれているという問題に揺れるアジアの虎、シンガポール。でもこの問題は経済学の限界を示している。インセンティブを与えるという経済学の切り札では、経済も世界も救えない。答えは状況を変えることじゃなく、「人間を変えること」だ。
経済学って何
それは、インセンティブを提示して、人々の行動を一定方向に動かすことです。
インセンティブとは「人に何かをさせるようにモチベーションや励ましを与えるもの」(a thing that motivates or encourages someone to do something)です。
例えばいま、世界中の国が金利を上げ下げして、人々の経済活動に向かう気持ちを、上げたり下げたりしていますよね。
日本でも、103万円までの所得には所得税をかけなければ、パート主婦はもっと働いて、経済活動が活発になる、そう国民民主党は考えているんですよね。
エサをあげれば、人参をぶら下げれば、人は為政者の意図したように動く、今まではこの経済学で通用しました。
しかし、いくら育児休暇を充実しても、子育て福祉を充実しても一向に子どもは多くならないし、ロシアに経済制裁を加えても、あの国は中国と結託して平気の平左です。
人を動かすには、インセンティブを与えろ、それが経済学の考え方のど真ん中ですが、人々や環境がこうも変わってくると、従来の「利益をやるから、こうしろ」、という経済学的な発想をしてたら、人はもう動かないのではないでしょうか。
これからお話する、「シンガポールの猫問題」も、経済学から離れた発想で解決すべき、筆者はそう主張するものであります。
シンガポールの猫問題とは
シンガポールには、今街中に1万3千匹の野良猫があふれています。
捨て猫が増えており、シンガポールの猫を飼う人々の多くは、不妊手術をさせないことが、これに拍車をかけています。
しかし、そもそもなぜシンガポールの街中に猫がこんなに増えたのか。
それは1989年にシンガポール政府が、公営住宅をシンガポールの中心街に相次いで建築したからです。
政府は、公営住宅での猫の飼育を禁止しました。
公営住宅で猫を飼うには、不備がありすぎたというのが理由でした。
隠れて飼っている人たちの中には、狭い住宅に猫と住んでいるせいか、虐待したり、飼育放棄するケースが頻発、そもそも住宅は猫の安全を考えて設計されているわけでもなく、高いところから墜落して死んでしまう猫も多くいました。
禁止するから飼う、そして猫にとって快適じゃない住環境でいじめられ、放り出された猫たちが繁殖して、存在感を示し「俺達はここにいるぞ!」と高らかに叫び、人間たちに復讐しているのです。
政府は街中に猫をこれ以上増やすよりは、公営住宅で猫飼育OKにしたほうが、猫問題の解決につながる、そう判断したのです。
インセンティブをどう発動するか
シンガポール政府は、公営住宅での猫の飼育をニ匹まで許可することを決めました。
そして、猫を登録制にし、マイクロチップを埋め込むことで、捨て猫を減らそうと考えたのです。
しかし、猫の保護団体からは、「飼い猫は、強制的に不妊手術させるべき」との抗議が巻き起こっています。
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政府は「手術を義務化したら、猫の登録をする人がいなくなってしまう」と、これには真っ向から反対しています。
要するにシンガポール当局のこの猫問題に対する経済政策は、「人々が自ら進んで飼い猫に不妊手術を受けさせるようにする」ということです。
答えは経済学以外にある
自主的に避妊手術を受けさせるようにする、そのためのインセンティブを与える。
これがシンガポール当局の「猫問題に対する経済政策」なのです。
でもはっきりした具体策はありません。
僕がコンサルタントだったら、でも、こういうありきたりなインセンティブを考えるでしょうね。
1.避妊手術を愛猫に受けさせたら100ドル与える
2.避妊手術がどれだけ、野良猫を減らすか告知する
3.猫を登録しても、個人情報は盗まれないと安心させる
しかし、こうしたインセンティブを惹起する経済政策の欠点って、コストがかかることなんですよ。
だからだめなんだよ、経済的な発想は。
僕は、この問題の解決策は、シンガポールをもっと知的な強国にすることだと思うんです。
要するにカネをかけて避妊手術を受けさせるようにするとか、登録をしてもらうかっていうのは、カネでひとを動かそうということでしょう。
そうじゃなくて、自らやるべきことをやる人々を増やすことです。
経済的な発想だと、カネやモノで人々を動かす、ってことから離れないんですよ。
そうじゃだめでしょ。
立派な、国のため、世界のためを考える国民であれば、自分の猫に避妊手術をしない人はいないでしょ。
答えは、だから、知的にすぐれたひとを生む、教育だと思うんですよ。
知的にすぐれたひとって、アニマルウェルフェア(動物の命を大切にする)を理解できる、人間らしいひとのことです。
カネをあげるから避妊手術するっていうのではなく、避妊手術すべきだからする、という人が増えない限り、シンガポールの猫問題は根本的に解決しないですって。
世界を救うのは経済学じゃない、教育だ
わかったぞ、アメリカもそうだよな。
民主主義の訴えを退けて、自分のことしか考えないアメリカ・ファーストの人々がいる限り、アメリカの分断は終わらないですよ。
カネで動かず、自分のことよりひとのこと、自国のことより世界のこと、そんな人がいっぱいいたら、世界はよくなるんじゃないか。
でも、「衣食足りて礼節を知る」っていう意見もあるよね。
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だから、まず政治家は、物価高をぶっ壊す、このくらいできる器量が必要、ということでもあります。
何だ、じゃあ、おまえも経済学的インセンティブ云々の味方か?
そう言われてしまいますね。
順序がやっぱり違うんです。
立派な教育があって、経済がうまくいく、経済がうまくいくから、他者や全体を考える人が増える、じゃないのか。
だから、今日の答えは、「シンガポールの猫問題は、世界中の問題のシンボルである。教育こそがシンガポールも世界も救う」ということです。
これでいいでしょうか?
野呂 一郎
清和大学教授