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人事の明日を占う⑤今年、人事担当者は生成AI使用に関するルールを決めるべきだ。

この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:すでに生成AIは仕事の基本ツールになりつつある。でもそれを使えば使うほど、社員はバカになっていくのも自然な流れ。人事のあなたが歯止めをかけるしかない。生成AIに、従業員の能力を奪われつつある現実こそが、企業が最も恐れるべきことなのだ。トップ画はhttps://x.gd/PQ7QG

生成AIを無制限に認めるべきか

人事部は、生成AIの使用に関するルールをしっかり決めるべきです。

誰もがチャットGPTを利用して、挨拶状を、企画書、提案書、報告書を創れるし、お客に向けた営業資料や、YouTube動画作成も自由自在に制作できます。

でも、はたして人事は、こうした社内外に向けた書類、資料作成に生成AIを使うことを全面的に認めていいのでしょうか。

様々な問題が出てきます

1.生成AI自体、ブラックボックスであり、どんな情報をベースにしたかがはっきりせず、情報の所有権の問題がある

2.生成AIを扱うスキルによって、従業員のパフォーマンスに差が出る、人事評価はどうなるのか

3.生成AIを使って創った文章、資料、動画等の適切さを誰が判断するのか

4.従業員が、ディープフェイク等の社会通念に違反した作成物を世に出した場合、企業の社会的責任問題が出てくる


https://x.gd/i0QeZ

5.企業の方向性として、生成AIを無制限に認めた場合、従業員の長期的なアウトプットの質が上がらず、低下する恐れがある

6.生成AIを使った作成物を評価するのは、直属の上司か、人事部か、それとも生成AI制作物を評価する専門の部署を創るのか

7.AI創作に関する法律が整ってない現状で、法務部の体制強化がどの程度可能なのか

今年はAI創作物の問題が表面化する

新製品を発売するような、企業の顔を世に出すということになれば、
宣伝文句の一字一句をで現場で精査し、最終的に取締役会を経て、社長決済という慎重なプロセスをへる、これが唯一の正しいやりかたです。

しかし、客への礼状、セールスレター、自己PR書、社内文書等の適否はどうなるのでしょうか。

新聞社のように、何重にもチェック体制を敷くのでしょうか。

おそらく、どの企業も生成AI使用に関するルールなど整っておらず、生成AIを使いこなす社員が、スピーディに書類を量産し、上司もそれを渋々認めているような状況ではないかと推察します。

しかし、一方で、上司にも客にも刺さるコピーライティングにこだわってきたあなたは、そうした”生成AI野郎(笑)”を冷ややかに見ていて、

「生成AIで作った書類や資料なんか、魂がねえ。

魂がなきゃ、上にも客にも通らねえ。

俺は時間かけても、俺らしい言葉を紡ぐよ」

反生成AI派のあなた

と、AIなにするものぞ、の構えです。

会社は早晩、生成AI派vsアンチ生成AI派に分かれるでしょう、いや、もうその流れがすでに、来ているのではないでしょうか。

コンプライアンス違反が怖い

社内文書であれば、著作権違反の文言や写真の使用、極端な場合だとディープフェイク創作物が混じっていても、そう大きな問題にはなりません。

しかし、こうした法的に問題があったり、コンプライアンスに抵触するような創作物が外部に出るのであれば、これは由々しきことです。

これは絶対に避けなければなりません。

企業の人事は、常に生成AIの世界の流れ、法的な動向について常に情報をアップデートして、備えるべきでしょう。

現実に生成AI関連の法整備は、現実に遅れており、弁護士がすべてを把握し、問題解決できるわけではありません。

業界に詳しく、法的な感覚を持っているのは、人事部員のあなただけです。

https://x.gd/6MJ5m

人事は生成AIの時代だからこそ、100年の計を

僕がいかに生成AIアンチの論陣を張ろうが、時代はもう生成AIに急速に傾いています。

もはやあなたの会社も、生成AIの使用を仕事に認める、認めないなどの段階はとうに過ぎているでしょう。

なし崩し的に、認めているに違いないのです。

生成AIを仕事に使用することを認めることは、会社として生成AIを奨励することになります。

となると、上司にも生成AIのスキルが必至になり、会社のオペレーションは生成AIを中心に運ぶとなるでしょう。

だけど、僕はやっぱりこう思うのです。

生成AIがこれだけ普及しているからこそ、管理者、従業員双方にますます、基礎的な文章の素養が求められる、と。

なぜならば、漢字もろくすっぽか書けない、てにをは、の使い方もあやしい社員が、生成AIの力を使って、立派な企画書や報告書を作ったところで、「おまえ、本当にわかってんの?」感はぬぐえないから、です。

要するに「自分の言葉になってない文章は、単なる借り物にすぎず、使えない」、ということです。

無用な飾りが多い、紋切り型の文章は、人を動かすことなどできません。

いや、意味が通じるかどうかも、あやしいものです。

ところで、書く力(アウトプット力)とはなんでしょう。

それはズバリ、教養です。

https://x.gd/WzJ7V

大学教育は、文科省に隷属して、教員はくだらない仕事に忙殺され、教育は期待できません。

若者の教育は企業が、人事部のあなたがやるしかないのです。

皮相な生成AIのスキルなどどうでもいいから、新入社員には、若手社員にはなるべく多く読ませ、書かせ、発表させる教育をもっとやらせてください。

そうでもしないと、社員は生成AIで適当に文章は創れるものの、創造的なアイディアに満ちた、役員や企業の利害関係者をうならせるような文章はいつまでたっても生み出せないでしょう。

今年は、人事のエースであるあなたの役割は、ひどく重いものになるのは確実です。

野呂 一郎
清和大学教授



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