![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/150918045/rectangle_large_type_2_2df5c19626c7c0d36f374d00dd2bbd25.jpeg?width=1200)
プロレス&マーケティング第82戦トランプの「プロレス」につきあうな!
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:プロレスと政治は似ている。それは両者とも「言葉こそ命」だからだ。口汚く相手をののしる「トランプ構文」は実はプロレスだった!トップ画はhttps://x.gd/JVJ2G
プロレス文化の橋渡しをしている方がいる
キッツさんという方です。
プロレスはもともとアメリカ文化を原点とした、グローバルな競技であり、言葉は試合というコンテンツと同じくらい重要です。
キッツさんは、言葉の伝道者として、プロレス文化の橋渡しをされているのです。
彼はアメリカのプロレス言語のひとつに「カースワード」がある、と教えてくれています。
カーストはcurse(呪い、ののしり)であり、damnとかfuckingの類で、プロレスになくてはならない要素だと、キッツさんは教えてくれます。
是非、皆様もキッツさんの記事をご覧ください。
トランプ構文はプロレスだ
これはキッツさんの記事を読んでインスパイアーされただけで、キッツさんの洞察には遥かに及ばないのですが、トランプ構文(笑)つまり彼の語り口って、プロレスだと思ったんです。
![](https://assets.st-note.com/img/1723794918959-DMnomYFVcM.png)
2016年に彼がヒラリーをを破って、大統領になった頃から不思議に思ってたんですよ。
「なんであんな悪しざまに人をけなす、悪口雑言オンリーの人物に、アメリカ人は政権を託すんだろう。
リーダーにはdecency(品の良さ)こそが必須だろうに、かけらもない。
アメリカ人もその価値観を捨ててないはずなのに、なぜあの男なんだ!」
という疑問です。
でも、キッツさんの論を拝見して、わかったような気がします。
それは、「アメリカの文化って、プロレスだったんだ」という気付き、です。
悪口はストーリーを創る
アメリカ人は、プロレス流に相手をけなし、バカにし、からかう口調が大好きなんです。
一つは、そうした「言葉で相手に呪いをかけること」って、ストーリーを創るからなんです。
![](https://assets.st-note.com/img/1723795447958-4ZEwxMRLJr.png)
最近もこんなこと言ってますよね、トランプは。
「ハリスはバイデンと同じくらい無能だ Harris is as bad as Biden」
これって「ケンカを売っている」わけで、相手のリアクションを必ず生み、騒動がいやでも起こるわけです。
そもそも、相手をけなす、馬鹿にする言葉って、ある種リズムがあって、それが悪口でも正鵠を得ていれば、時として多くの人の気持ちを良くします。
人の不幸は蜜の味、誰かを悪口で吊るし上げることは、ある種のエンタテイメントなわけです。
WWEのショーは、結局はスケールの大きな悪口大会です。
しかし、その言葉にはある種の真実があり、誠があり、悲哀があり、共感がなければ真のエンタテイメントにはなりえません。
ハリスは武道の達人かも
トランプはハリスに言葉の呪いをかけて、ストーリーを作ろうとしています。
WWEだったら、悪口をまたそれを上回るウィットで返し、逆襲し、呪いの言葉の連鎖が起き、ショーは最終的な肉体の動きを伴った大きなどんでん返しというクライマックスにつながるわけです。
しかし、ハリスさんは賢いです。
トランプのプロレス攻撃に付き合わないからです。
僕はこれって「武道じゃないか」と感じるんです。
相手が切りかかってきても、それを、柳に風と受け流し、付き合わない。
![](https://assets.st-note.com/img/1723794355514-SlpbE6vr56.png)
これこそ武道の極意です。
11月の決戦まであと3ヶ月、勝敗はトランプ構文、つまりトランプのプロレス流悪口攻撃に、どれだけハリス陣営がその手に乗らない賢い態度を貫けるか、そこにかかっているのではないかと考える次第です。
![](https://assets.st-note.com/img/1723794574985-eyCezbJoZP.png)
トランプにしても、最近その「プロレス口調」にキレが見られません。
「ハリスはいつから黒人になったんだ?」なんてのは、プロレスじゃないですからね。
えっ?お前の言葉もキレてない?って。
マーケティングとの関連を忘れてる?
そっか
「マーケティングもプロレスも、結局、言葉がすべて、なんです」。
野呂 一郎
清和大学教授