プロレス&マーケティング第94戦 プロレス・マーケティングとは結局「文化の戦い」だ。
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:文化は強大で個人が太刀打ちできる代物ではない。それはムーブメントと呼ぶこともできる。だから、それをいち早く見つけ、乗り、先導することで時代の覇者になれる。プロレス界でそれをやってのけた人物は、もちろんあの人だ。
新しい文化の夜明け前
きのう、阪神タイガースを引き合いに出して、企業文化を論じましたが、文化とは長い年月積み上げられてきた習慣、価値観、伝統の集大成ですから、強制力があり、それは一個人の思惑など軽く吹っ飛ばしてしまうパワーがあります。
しかし、世の中にはまだ主流になっていない、なりそこねている文化もあるのです。
もちろん、その人のカリスマで新しい文化が生まれることもあります。
その文化を引っぱり出すことができる者が、新しく創るものがいれば、彼は彼女はヒーロー、いや時代の代弁者になることができるのです。
我々は、そのヒーローを眼前にしていました。
言わずとしれた「燃える闘魂」アントニオ猪木です。
そして、彼が推進した、いや創始した文化こそ「ストロングスタイル」だったのです。
日本のプロレスとは2つの文化の戦いだった
結局は、日本のプロレスとは馬場vs猪木であり、結局のところ、猪木が信奉する文化であるストロングスタイルが、馬場のそれであるアメリカン・スタイル(ショーマンスタイルとも揶揄される)に勝った、ということなのです。
猪木の文化であるストロングスタイルが、馬場の文化であるアメリカンスタイルに宣戦布告したのは、1969年日本プロレス主催の第11回ワールドリーグ戦で、でした。
それは、猪木が”ロシアの白熊”クリス・マルコフを卍固めにしとめ優勝した瞬間でした。
猪木が人気・実力でジャイアント馬場に並んだ、かに見えた瞬間でもありました。
しかし、翌年、翌々年のワールドリーグは、再びジャイアント馬場が優勝賜杯を奪還、猪木最強説は幻と消えたのです。
しかし、猪木が新しいプロレス文化である、ストロングスタイルを携え世に打って出たのは、1972年の新日本プロレス旗揚げからでした。
「力と技の勝負本位のプロレス」を標榜するストロングスタイルは、徐々にファンの間に浸透していきました。
アントニオ猪木が身を持って「ストロングスタイル」を実践してみせたからです。
一方、ジャイアント馬場は全日本プロレスを設立、当時のプロレスの唯一のメジャーリーグであるNWAと提携し、本場の超一流どころを招聘、本場アメリカのプロレスをファンに見せてくれました。
しかし、時代は猪木に味方しました。
1971年、新日本プロレスが産声をあげた年は、文化の転換期でもあったのです。
日本中がこれまでのアメリカンプロレスにはない、なにかを待望しており、それがアントニオ猪木の手により実現した時、文化の変遷がおこったのです。
それは人々が、単に人間ばなれした肉体やその動きを鑑賞することに飽きたらなくなり、純粋に「どちらが強いのか」により興味を持つようになったから、なのかもしれません。
それは、もともと日本には相撲という競技があり、プロレスも1対1の勝負であるべきという価値観があらわになったから、かもしれません。
それは、単に猪木が商売上、馬場に対抗するために差別化として「ストロングスタイル」を使った、マーケティングの勝利なのかもしれません。
馬場は噛ませ犬だった?
結果的に、アメリカンスタイルを崩さなかったジャイアント馬場は、それが故に猪木のストロングスタイル・プロパガンダの格好の好餌になります。
やれ「ショーマンスタイル」だの「真剣勝負じゃない」だの、果ては「どっちが強いかオレと戦え」など、散々な目に合わされました。
オールスター戦で馬場はタッグを組んだ猪木に「戦おう」と迫られ、逃げ腰だったことが、ストロングスタイル優勢を決定づけました。
言ってみれば、1971年から猪木がなくなる2022年まで、馬場さんは猪木の「噛ませ犬」だったのです。
新しいプロレス文化は来てるのか?
読者の皆様は、「じゃあ、今はどうなんだ。新しいプロレス文化の転換期なのか?」とおっしゃることでしょう。
僕の答えは「今は過渡期」です。
アメリカンスタイル、ストロングスタイルだけじゃなく、ルチャリブレもデスマッチも、なんでもあります。
いや、アメリカンスタイルと今のWWEはちょっと違うし、新日本プロレスもストロングスタイルじゃない、ともいえます。
それは小川良成イズムが根底にある、ノアのスタイルであり、棚橋弘至が育てた新日本のスタイル、と言ったほうがより正確でしょう。
「文化系プロレス」を標榜するDDTも、新日本プロレス、全日本プロレス、ノアに続く第4極に君臨しています。
しかし、僕はこれらに飽きたらない、猪木原理主義者の集団である”昭和猪木信者”のマグマを感じるんです。
やばい人たちです。
来年あたり、「そろそろUFCと決着をつけようぜ」などと、「ストロングスタイルの復古」を掲げ、新団体が新しいプロレス文化をぶち上げそうな気がしているんですが。
野呂 一郎
清和大学教授
野呂一郎プロフィール
野呂 一郎
清和大学教授