__オムライス店
大阪は食い倒れのまちだとはよく聞くが、たしかに歩けど歩けど出現するのは飲食店に次ぐ飲食店。わたしが大阪まで出張したわけは古本屋探索に他ならないが、本好きもその全てを本だけに費やすことはできない。それは君たち、いささか幻想の持ちすぎだ。本好きも、食べ物は食う。それくらい分かってるって? それくらい分かってることくらい、こっちも分かっている。その上で、何かしらつまらないことを言わないといけないから言ってるのだ。
文章を無意味に伸ばすのはやめよう。
筆が乗るからと言って書き散らすのは、他人様に迷惑な自己満足に他ならない。
本日、夕食に選びましたのは、オムライス専門店。
店名は伏せます。店の名誉のために。
私が入ったとき、客は一人もいなかった。
私は案内されるままに、店内奥の窓際——つまり隅っこに、座った。ボサノバがかかっている。水を運ぶのは痩せた中年女性で、何も言わず水を置いて去る。居心地は良い。私はメニュー表を開いて、めったの贅沢に胸をわくわく前進させる。
あんかけ和風オムライス。これに決めた。
ここで私のあんかけに対する思いと、偏見を記そう。
いや止めよう。長くなる。
ボタンを押すと、さっきの女店員がやってくる。手にはメモ用紙をもっている。
「あのぅ〜、この」という滑り出しで、私は写真を指さして、たどたどしくメニューを読み上げる。
「それだけですか」
「あ、はい」
見上げると店員さんはメモに目を落としている。ちゃんとメモれたのかしら。と見ているとささっとペンを動かした。
「……よろしくお願いします」
と同時に店員は去っていた。まあ誰にでも得意不得意はあるものだ、彼女は接客が、——あるいは機嫌が悪いときにそれを無かったことにするのが——不得意なのかもしれない。
私はそういう接客をされるのが好きだ。なぜなら、私は許すだけで正しくなれる。何もしないで善人になれるなら得である。相手の反応が悪ければ悪いほど、私は徳を積んだ気分になる。無自発の善行とでも名付けよう。
彼女がメニューを伝えたのだろう、奥から「はーい」という男性の声が聞こえた。
オムライスは絶品だった。
しかし、量が多い。こんなものだろうか。一日何も食べずに歩いて、空腹が峠を超え、もはや空腹機能が壊れていたので、なんでも食べられそうに思っていたが、むしろ逆に胃が縮んだのかもしれない。
少し休憩。さっき頼めなかったドリンクを頼む。
それにしても、一向に女店員の態度が悪い。どれくらい悪いかというと、まだ一度もこちらを見てないし、私が呼んだとき席まで来てくれるのだが、到着してから無言なので(普通、「いかがなさいました」とか「ご注文うかがいます」とかいうであろ)私から話しかけないといけない。
客ながらにコミュニケーションを売らなければならないことに、とてもな違和感がある。
気づかぬうちに、私の他にカップルが座って食事を待っていた。
女店員がオムライスを手に乗せて運ぶ。男性の前に到着し、これには私も肝を冷やしたのであるが、ほとんど放り投げる方法で男性の前においた。
「おい!」
とこれには彼女が前にいることにも頓着せず、男性が声を上げる。
そして立ち上がる寸前であった。
「頼むよー!もっとしっかり接客してくれ」
と奥からシェフが出てきた。
シェフは怒った男性に平謝りである。男性も怒りはすっかり収めてしまい、
「それでも、この接客はどうにかしたほうがいい」
と毅然として言う。
「すみません。よく言っておきます。誠に申し訳ございません。お品物の方は大丈夫でしょうか」
「まあ、大丈夫です」
「何かあったらお申し付けください」
彼氏は腰を下ろしている。シェフは頭を下げた。そして後ろに佇立する女店員の方を振り向く。
すると、女店員はなんと、
「なによ」と冷たく怒りを露わにして一歩前に出た。
私はいよいよ目が離せなくなった。
「私だって、苦手が接客を頑張ってやってるの」
「でもな」とシェフはついに言い返す様子である。「もうちょっとできるだろ」
「やってる。精一杯やってる」
「態度の問題だ」
「だからそれを私なりによくやってるの」
「やり方があるんだよ、毎日言ってるだろ。なんで言った通りにやらない」
「精一杯私なりにやってるって言ってるでしょ。それハラスメントよ。人にはできることとできないことがある。だいたい、あなたが私を雇ったんでしょ。私は割り振られた仕事をやってるだけ」
「できてない……」と口ごもった。「分かった、でも、もう少し明るくはできないか?」
「私は暗いの?」
「もう少し明るくしてほしいんだ。相手に対して失礼のないように」
「やってるつもり」
シェフは黙っていた。
向こうでやってほしい、と彼氏が二人に言った。
しかし、悲しいかな、その言葉は受け入れらることはなかった。
「だから、できてないと言ってるんだ」とシェフが怒鳴った。
「だから、できる限りやってるって言ってるでしょ」
「できてない。全然下手くそだ。確かに、雇った俺が悪かった。でも、できないからと言って辞めさせることはできない。それがどれだけ辛いかお前にはわかるか」
「知らない」
「分かってるはずだ。本当は分かってるはずだ。自分がどれだけできてないか。俺はな、お前の接客が悪いから、せっかく来てくださったお客さんが気分を悪くして帰るのを見てられない。それがどれだけ辛いか」
「全部私のせい?」と店員も叫ぶ。
「そうだ」とついに言いたいことを言ったようである。「俺はな、接客の悪さでマイナスになってる分、オムライスの量を増やして、お客さんが喜ぶようにまでしてるんだぞ」と怒鳴る。……それにさほど意味はあるのか。
「しかし君は」とシェフはもう全てを訴え切るつもりだ。「君は、改善しない。するつもりも見えない。赤字続きだ。もう無理だ。君から辞めてくれ。頼むよ、君に接客は向いてないんだ」
とうとうシェフは泣き崩れてしまった。
女は何もこたえない。
私はそっと残りのオムライスも美味しくいただいた。届かないドリンクはもう諦めて、会計に回った。
私がレジ前で待つ間、女店員はカップルの彼女にオムライスを運んでいた。
それはバラエティー番組で見るような、バケツをひっくり返して作ったほどの、とんでもない巨大サイズオムライスだった。量でバランスを取ると言うやり方もやり方である。店員の質を店員のせいにするところなど含め、シェフは経営が苦手なようである。
「……はい。えっと、何円ですか?」
「2560」
「はい。現金で」
「……はい?」
「あ、現金で払います。これで」
女店員はお釣りを私に突きだした。
さすがの私もありがとうございますは言わずに店を出た。