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本物の読書家

本物の読書家  乗代雄介


狂ったようにエアコンをつけて
9月だというのにもったいぶってる。
夏目漱石の千円札が懐かしい。
どんなことをしても欲しかったやつ。
でも手に入らなかったやつ。
マッカラーズさんは、書くことは神に会うことと
教えてくれたけれども、そいつはどうかな。
学校をサボって映画を観たい。まるで。
もうこの時間から今夜の月を楽しみにしている。

あとであのひとに電話をしてみよう。
電話料金が落ちなくて、止められてなければの話だけど。
その前に服を脱いでシャワーを浴びて、そうめんを茹でなきゃ。
家賃10万そこそこの腐れたこの部屋で想うことはディズニーランド。
仲の良いネズミとアヒル。犬とブタ。
かわいいともだちがまっている。
もう夜の月を想像している。
心の汚れたひとには決して見えない、あの月を。
うさぎがはりきって杵を持ち上げている。
ひとり5千円を徴収して餅を配っている。
戦後にあった、あの配給めいて。

好きなことをもっと語ってよ。
細部にわたって聞かせてほしい。
愛の歌を語るがごとく、騙してほしい。
好きなことをもっと語って語って。
いままでに無いようなメイクで驚かせて。
きっとそれが未来のヴィジョンに変わるから。


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