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2003年3月20日、私は渋谷駅前で配られた、多国籍軍によるイラク侵攻の号外を取らなかった。
ウクライナ侵攻による民間人死亡者数、
3,541人(5月6日/国連人権高等弁務官事務所)。
イラク侵攻による民間人死亡者数、
11万6千人(英医学専門誌『ランセット』)。
無論、数の多寡ではない。
二つは共に許されぬ「侵攻」なのだ。
2003年のあの日、
渋谷駅で降りた私は、
ハチ公像の向こうで号外を
配る姿を見た。
しかし、
「大量破壊兵器を保有している」という
疑惑を疑惑にしたまま、
イラク攻撃を行った多国籍軍による
「侵攻」を許すことができなかった私は、
「いまこの号外を受け取ったら、
自分も戦争を単に野次馬的に見る
その辺の輩と同じになってしまう」
と、
一瞥して通り過ぎた。
この侵攻を支持した自民党政権(創価学会の党は論外)を
あのとき多くの日本人は支持し、いまも支持し続けている。
この事実をメディアは語っているか。
日本人は覚えているのか、
と問いたい。
私は、日本人が口にする平和の願いの
何をどう信じてよいのか分からないのだ。
自民党政権は、イラク侵攻をまだ総括していない。
つまり、反省をしていない、ということだ。