「メディア疲れ」の救世主? 米で人気再燃――読み切り型のニュースレターメディアに今注目が集まる理由
この記事は、ポッドキャスト「グローバル・インサイト」で、行武温さんと収録・配信したエピソード、「メディア疲れ」の救世主? 米で人気再燃――読み切り型のニュースレターメディアに今注目が集まる理由、を記事化したものです。
「ニュースレター」人気が米国で再燃
デジタルメディアの編集という仕事柄、日頃、いろんな国、分野のメディアを定期的にチェックしている。お気に入りは、IKEA傘下「SPACE10」のようなイノベーション・ラボや、「The Future Laboratory」のようなマーケティング・シンクタンクが運営するものだ。
しかし、そうしたメディアのコンテンツにふれようとする際、Webサイトのトップページを訪れることはめったにない。「Feedly」などのRSSリーダーアプリや、インスタグラムのストーリーズなどSNSで新着記事が公開されたことを知り、そこからアクセスするのがほとんどだ。
そうしたコンテンツに最初にふれるための場所として、ここ数年、アメリカを中心にメディア業界やコアな読者から注目を集めているのが、「ニュースレター」だ。少し懐かしい響きに感じたかもしれない。しかしいま、このニュースレターに「再発明」が起こっている。
新興メディア、Quartzによる「再発明」
ニュースレターを再発明したと言われているのが「Quartz」。それまで、メディアのニュースレターといえば、直近一週間に配信した記事のリンクをまとめたものが主流だったが、Quartzでは、リンク先に飛ばずとも、そのメールの中で記事の本文を読めるようになっている。
つまり、ニュースレターは、元々読者をWebサイトや記事ページに呼び込むための道具として位置づけられていたものが、そうではなくなりつつあるということ。そのため、内容が薄いわけでもなく、Quartzのニュースレター「Daily Brief」では、他メディアの記事の引用すら行っている。
ニュースレターで取り上げられたトピックに関心を持った場合には、そこから記事ページに飛んで情報を深掘りすることもできる。そうでなかったとしても、「今日はこの話題だけ知っておけば大丈夫」という程度には、世界でなにが起きているかを知り、安心感が得られるだろう。
そして、ニュースレター最大の利点は、自分のメールボックスに直接届けられること。だからその内容次第では、私信のように、書き手の顔、熱量が従来のメディアより感じられるようになり、結果的に、情報への信頼度が増すことも考えられる。
ニュースレターで見直す「読者体験の質」
ニュースレターは、たしかに読者にとって便利だろう。しかし、僕のようなメディア運営者からすれば、「読者との接点がニュースレターだけで完結し、Webサイトや記事ページに来てくれなくなるおそれがあることはどう捉えればいいのだろう?」と、複雑な思いと疑問がわく。
ただ、このニュースレター人気の再燃が、デジタルメディアがビジネスモデルを転換する、大事なきっかけとなるかもしれない。
つまり、なにもWebサイトや記事ページだけが、収益を生み出す場所だと思わなくてもいい、ということ。サイトを訪れた読者に広告を表示して稼ぐ、その「次」のモデルを模索する段階へと進めるかもしれない。実はすでに、読者が有料購読するニュースレターもある。
たしかに考えてもみれば、これまでなんとなく、「記事はWebサイトで読むもの」だと思われていたが、読者にとって本質的な価値とは「情報や知識を得ること」。ニュースレターは、その価値提供を妨げるものではなく、むしろ読者体験の質を高めていくことができる手段とも言える。
個人にとっても情報発信力を高める機会
ニュースレター人気の再燃は、メディアだけでなく、業界ニュースなどを発信する個人にとっても機会と言えるのではないだろうか。
というのも、先ほど、ニュースレターには「今日はこのことだけ知っておけば大丈夫」という安心感を与えると言ったが、それはつまり、ニュースレターでは、執筆・配信する人への信頼=ブランド力がものを言うということになるのだ。
たとえ、個人でカバーできるニュースの幅や量に限界があったとしても、「この分野に関して有益なニュースレターを配信しているのはこの人」となれば、熱心で、一定数の読者が集まるかもしれない。
すでに、個人でニュースレターを配信し、特定の分野でマイクロ・インフルエンサーと呼ばれるようになっている人も現れ始めている。肝要なのは、メディアにしても、個人にしても、情報の飽和に苦しむ読者たちの体験の質を向上させることとと、ブランド力の2つだ。
Mailchimpでニュースレターを自作してみた
さっそく、僕もニュースレター作成を試してみることにした。今回は、海外で人気のメールマーケティングツール「Mailchimp」を使うことに。
ニュースレターであつかうテーマは、ポッドキャストと同じく、いま世界で起こる、ビジネス・カルチャー・ライフスタイルの潮流、その背景にある人びとの新しい価値観。
そして、以下のリンク先が自作のニュースレターだ。
自作してみて、普段、4000〜5000字の記事で伝えているトピックでも、そのエッセンスだけなら約10分の1のボリューム、400〜500字で伝えることは十分に可能だと感じた。
このメールをきっかけに、トピックに興味を持ってもらえたら、記事ページに飛んで、さらに深追いしてもらえばいい。そこまで興味を持ってもらえなかったとしても、400〜500字という短文だからこそ、「今こういうことが起こっている」くらいのことは知ってもらえる。
ニュースレターの末尾には、最近始めたポッドキャストの告知と、自分のブログ、各種SNSアカウントの紹介も添えた。このように、他メディアと連携させ、読者に回遊を促せるのも、配信者にとっては利点だろう。
ただし、初回ということもあってか、このニュースレターの執筆には3時間を要した。「短文の寄せ集め」「手軽に始められるメディア」くらいに思っていると、途中から後悔することになるので注意してほしい(苦笑)。
さっそく、行武さんからも「読者の視認性を上げるため、セクションタイトルを設けるのはどうか」「トピックの詳細や基本情報を知りたい人のためにリンクまとめを末尾に添えるのはどうか」など、貴重なフィードバックをもらうことができた。
このニュースレターのトライ・アンド・エラーが、メディア戦略全体を通じて読者体験の質を高めるための思考やテクニックを学ぶきっかけになればいい。
編集者/Livit代表 岡徳之
2009年慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。その後、記事執筆の分野をビジネス、テクノロジー、マーケティングへと広げ、企業のオウンドメディア運営にも従事。2013年シンガポールに進出。事業拡大にともない、専属ライターの採用、海外在住ライターのネットワーキングを開始。2015年オランダに進出。現在はアムステルダムを拠点に活動。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア約30媒体で連載を担当。共著に『ミレニアル・Z世代の「新」価値観』。