コロナ発症〜陽性判明〜家庭内隔離〜回復まで、9日間の記録
オランダ・アムステルダム在住で、新型コロナウイルスに感染。発症〜陽性判明〜家庭内隔離〜回復までの記録を残しておきたいと思います。
1日目:5月7日(金) 風邪か?
早朝、息子(2歳)に起こされ、適当に動画を見せながら、僕はリビングルームで二度寝することに。すると、からだに寒気がして、「布団着ずに寝たから風邪引いちゃったかなあ」と。午前中はなんとか仕事できたものの、体調が徐々にわるくなり、午後からベッドルームで寝込むことに。結局、その日は一日中寝込んでいた。
2日目:5月8日 (土) 症状悪化
この日も息子と娘に朝早く起こされ、またリビングルームで二度寝することに。熱はないものの、倦怠感があり横になっていた。昼、奥さんが外出していた間も、またその後帰ってきてからも、一日中横になっていた。食欲もなく、ただただフルーツを食べていた。
3日目:5月9日 (日) 検査&家庭内隔離
引き続き、倦怠感がすごく、奥さんにコロナを疑われる。「縁起でもない」と思いつつも、たしかに熱も節々の痛みもなく、倦怠感だけがひどく続く・・・ というのは、いつもの風邪とはなにかが違う。そこでコロナ検査を受けることになった。午前中に予約して、すぐに12時10分に受けられることになった。
検査から帰宅後、家庭内隔離に入った。この日が倦怠感が最もひどく、ただただベッドに寝ていることしかできなかった。パソコンを開く気にはまったくならず、スマホも10分もさわっていると負担に感じた。それでも、夜には少し症状がマシになってきたのか、映画を観ることができた。
夕食はおにぎり半分と味噌汁。この日から奥さんはリビングルームで寝ることにした。しかし、この日はあまり寝られなかった。倦怠感と腹部の痛み、気持ちわるさで目が覚めた。結局、1〜2時間の睡眠を、2〜3回に分けて取っただけだったと思う。
なかなか寝られなかったことで、いろいろと考えてしまった。「自分にもしものことがあったときのために、書類を作っておいたほうがよかったかな」とか。「6月末にワクチンを受けられるはずだったけど、それに間に合わなかったか・・・」という気持ちだった。
4日目:5月10日 (月) 陽性判明
前日に受けた検査の結果待ち。子どもたちと奥さんは、学校と保育園に行く準備をしていた。そのとき、午前8時ごろ、検査の結果が出て陽性と判明。濃厚接触者ということで、奥さんと子どもたちは自宅隔離。家族と隔離できるように、自宅の動線や洗面所の使い方など、気をつけるようにした。
その後、奥さんと子どもたちはすぐに検査を受けることに。僕の元には保健所 (GGD) から電話で40分間、問診があった。直近一週間の行動や、家族との隔離状況などについても聞かれた。
僕が一番心配したのは、もしも奥さんが陽性だった場合の子どもたちのお世話についてだった。陽性で、倦怠感のあるからだでどうやって育児をすればいいのかを尋ねると、家事などを助けてくれるボランティア機関を教えてもらった。
午前中はベッドで軽い仕事ができた。あまり頭を使わない仕事であれば、1〜2時間ならできた。
ランチどきになると少しずつ食欲が戻ってきて、パスタを一人前食べることができた。毎回、食事でなにかを一口食べるごとに、味覚がまだ残っているか、確認するのにヒヤヒヤした。それにしても、先週末から子ども2人の育児を急に一手に引き受けることになった奥さんへの申し訳なさがすごい。料理、洗濯など、できることは全部アウトソースしてほしい・・・。
こんなときにかぎって、日本からの荷物が近所の本屋に届いているらしい。しかし、もちろん外出禁止で取りに行けない。そこで友人に相談することに。こういうときに頼れる友人がいるのは本当にありがたい。
家庭隔離中、とにかくやることがないので、常にパソコンやスマホと向き合って仕事をしているが、さすがに目が疲れてくる。雑誌がほしくなる。
夕食どき、子どもたちの顔を見るために、ダイニングルームとベッドルームをLINEでつないでもらったけど、一分も話しているうちにしんどくなってきた。画面を通じてだれかと話すのは、倦怠感のあるからだにはかなりの負担だということが分かった。ということは、たとえ健康なときであっても、ビデオ会議はそれなりの負担がかかっているということではないだろうか。
ちなみに、食事の受け渡しはこんな感じだ。奥さんがベッドルームのドアを開けて、そこに食事を置く。そのとき、僕はドアから2メートル以上離れた場所に立っておく。食事を置いたら、奥さんは部屋を出て行く。扉が閉まったのを確認して、僕はその皿を取りに行く。
子どもたちがドアの下のすき間から手紙を書いて渡してくれた。残念ながら、僕から返事の手紙を出すのは衛生上よくないので、できないのが寂しい。
5日目:5月11日 (火) 徐々に回復
この日は、午前6時前に子どもたちの声に起こされるまで、ぐっすり眠ることができた。倦怠感も少しだけマシになってきた気がする。
ただ、痰が絡んだような咳が出るようになって、大きく息を吸い込むとノドが痛む。朝、シャワーを済ませて、1時間半だけ仕事。原稿を一つ編集するので限界。午後はランチを食べて、映画を観ながら寝ていた。体力が落ちている。子どもたちと会えないこの数日の間に、息子が急に日本語を話せるようになっている気がする。
6日目:5月12日 (水) 体力が戻り始める
今日も6時前に子どもの声で目が覚めたけど、その後、二度寝して7時半まで寝ていた。昨日よりもまた倦怠感が少なくなった気がする。
午前中は一時間半、企画やポッドキャストの台本作成に取り組んだ。もう少し仕事できる体力がある気がしたが、一応セーブしておこう。それでも、少しずつ体力が戻り始めている気がする。
数日前よりもベッドから起き上がる回数が増えて、からだがなまって思うように動かないことが気になるようになってきた。子どもたちがドアの隙間から入れてくれる折り紙の手紙の山がすごいことになってきた。うれしい。
7日目:5月13日 (木) ほぼ回復
また昨日より倦怠感がマシになった気がする。朝からパンを食べるほどの食欲は、まだないけれど。それでも朝から昨日と同じくらいの仕事をして、その後、めずらしく2時間のロングミーティングにも参加できた。それくらい、回復してきたんだと思う。
午後、一時間半昼寝したけど、その後は仕事再開。久しぶりにしっかり仕事して、お酒はまだいいけど、おつまみを食べたい気分にはなった。夜には倦怠感ももうほとんどない。たまに咳が出るくらい。週末には大丈夫そうだ。
その後、8日目、9日目にかけて、徐々に無症状化していき、5月15日 (土) の午後から家庭内隔離を解除。家族と再会できました。
どこで罹ったんだろう?
娘は学校、息子は保育園に通い、おそらく家族の中で、人と接触する機会が最も少なかったのが僕です。
また、奥さんとはほぼ常に行動をともにしていて、違いがあるとすれば、家具屋で立ち寄ったトイレか、カードでお金を払うときにふれたマシンか、あとはだれかとすれ違ったときに飛沫を受けたか・・・ はっきりとしていません。
普段、気をつけてはいたのですが、罹ってしまったらもう仕方がない、としか。とにかく友人にうつしていなくて(そのはず・・・)、それだけはよかったです。
万が一のときのために「一筆書いておけばよかった」とは、本当に思いました。寝込んでいる間にたまってしまった仕事が落ち着いたら、取りかかろう。みなさんもどうぞ、お気をつけて・・・!
読んでいただき、ありがとうございました。みなさまからのサポートが、海外で編集者として挑戦を続ける、大きな励みになります。