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赤白の軌跡 禁断のCBX-三ない時代を駆けぬけた青春の記録-バイク小説 プロローグ

1987年晩秋。バブル経済の熱気が街を包み、若者たちの欲望と規制が交錯する時代だった。

生徒会室の窓から差し込む夕陽が、机上の書類を赤く染めていく。
三ない運動推進委員会の報告書、違反者リスト、そして事故統計。
城南高校生徒会長として、僕はその数字の重みと向き合っていた。

「バイクは危険です。乗らない、買わない、免許を取らない」 下校指導での自分の声が、まだ耳に残っている。
制服の胸の徽章が、その責任の重さを思い出させる。

そんな帰り道、瀬川モータースのショーウィンドウに、一台のバイクが佇んでいた。

NC07E型エンジンを搭載したCBX400F。通称「赤白」。
空冷フィンが刻まれたシリンダーヘッド、四本出しマフラー、レーシーなカウルライン。すべてが、風を切り裂く瞬間を永遠に閉じ込めたかのようだ。11,000回転まで吹け上がるエンジン。その存在が、規制と情熱の狭間で揺れる僕の心を、強く揺さぶる。

「また来てるじゃないか」

低い声に振り返ると、瀬川大介さんが立っていた。25歳。元全日本ロードレース選手権ライダーで、このバイク工房の主人だ。作業着姿の彼は、右足を僅かに引きずっている。かつての激戦の痕跡。その目には、まだレースの世界への情熱が残っていた。

「ただ、見てるだけです」 僕は少し慌てて答えた。

「見てるだけか?」 瀬川さんは、僕の目をじっと見つめる。 「バイクの、何がそんなに気になる?」

「エンジンです」 即答した自分に、少し驚く。 「あの四気筒DOHCエンジン。11,000回転まで回る心臓部が...」

言葉が途切れた時、瀬川さんの表情が変わった。

「面白い。生徒会長なのに、随分詳しいじゃないか」

「父が...昔、バイクに乗っていて」 自然と言葉が続く。 「ガレージで、よく整備してるんです。見よう見まねで」

瀬川さんは、しばらく黙って僕を見つめていた。 そして— 「中に入るか?本物のエンジンを見せてやる」

その一言が、僕の人生を大きく変えることになる。 技術への情熱と、立場との狭間で揺れ動く青春の物語が、今、始まろうとしていた。

続く


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