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南禅寺の記憶・・哲学の道で17才ノデキゴト 序章 秋の出会い
紅葉が鮮やかに色づく京都の秋。南禅寺の水路閣の下には、観光客が足を止めて写真を撮っていた。その風景の片隅で、優香はスケッチブックを膝に広げ、黙々と絵を描いていた。秋の澄んだ空気の中で聞こえるのは、水路を流れる静かな音だけだった。
「…よし、あと少し。」
優香は木々の間から差し込む光と、風で舞い散る紅葉を丁寧に描き込んでいく。そんな中、スケッチブックを落としてしまったことに気づかず、鉛筆を走らせている。
「これ…落としたよ。」
声をかけられて顔を上げると、スケッチブックを手に持つ少年がいた。彼は黒髪を少し乱し、リュックを背負いながら軽く微笑んでいる。
「あ…ありがとうございます!」
優香は慌てて立ち上がり、スケッチブックを受け取った。
「上手いね。これ、君が描いたの?」
少年がスケッチブックを指しながら尋ねる。
「ええ、まあ…まだ未完成ですけど。」
優香は少し照れながら、スケッチブックを抱きしめるようにして言った。
「未完成でもこれだけすごいなんて、完成したらどんな絵になるんだろう。」
彼の言葉に、優香は嬉しそうに笑った。
「私は天野優香っていいます。あなたは…?」
「桐生アキラ。高校生で、ちょっとしたバンドやってる。」
「バンド?それって音楽ですか?」
「そう。俺はギター担当で、趣味で仲間と一緒に練習してるんだ。」
アキラは肩にかけていたリュックからギターピックを取り出して見せた。
「すごいですね。音楽と絵って、どこか似てる気がします。どちらも自分を表現する手段というか…。」
「たしかにそうかもね。」
アキラは優香の言葉に頷き、哲学の道の方を振り返った。
「このあたり、静かで落ち着くよね。南禅寺とか哲学の道とか、俺もよく来るんだ。」
「私もです。絵を描くには本当にぴったりの場所です。」
優香は小さく笑いながら言った。
二人は自然と並んで歩き始めた。哲学の道へ続く石畳の上で、紅葉が風に舞い散っている。観光客が少なくなり始めた夕方の道は、静寂と温かみを併せ持つ不思議な雰囲気だった。
「優香さんは、絵をずっと描いてるの?」
「ええ。小さい頃から好きでした。でも…本格的に始めたのは中学生のころかな。京都に引っ越してきてから、絵がさらに楽しくなったんです。」
「京都って、たしかに絵になる景色が多いよな。」
アキラが目を細めて道を見渡す。
「アキラさんは、どうして音楽を?」
「うーん、父親は医者なんだけどさ。俺も将来はその道に進むつもりなんだ。でも、勉強ばっかりじゃつまらないから…音楽をやると気分転換になるし、自分を表現できる感じがいいんだ。」
「医者と音楽…。全然違う道みたいだけど、アキラさんの中ではどちらも大事なんですね。」
「そうかもな。でも、どっちつかずになってる気もする。」
アキラは苦笑いしながら肩をすくめた。
道を歩き終える頃、二人は再び南禅寺の近くに戻っていた。空はオレンジ色に染まり、遠くから鐘の音が聞こえてくる。
「今日はありがとう。スケッチブックを拾ってくれて。」
「いいえ。こちらこそ、絵の話が聞けて楽しかった。」
アキラは手を振りながら言った。
「またどこかで会えるかな?」
優香が小さく聞くと、アキラは少し考えたあと答えた。
「この道なら、またいつか会える気がする。」
そう言って微笑む彼の顔に、優香も自然と笑顔になった。
「そのときは、完成した絵を見せてください。」
「約束します。」
二人は手を振り合い、それぞれの道へと向かった。舞い散る紅葉の中、静かな哲学の道にはまた新しい記憶が刻まれた。