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南禅寺の記憶・・哲学の道で17才ノデキゴト 第二章 冬のすれ違い

冬の冷たい風が京都の街を吹き抜け、哲学の道は枯れた木々と薄い霜に覆われていた。いつも賑やかな場所も、この時期はひっそりとしている。アキラはバンド練習を終えた帰り道、久々に哲学の道を一人で歩いていた。

「…最近、優香さんと話してないな。」
彼の頭をよぎるのは、文化祭が終わってから少しずつ疎遠になっている優香のことだった。文化祭のステージは大成功だったが、優香はどこか浮かない表情をしていた。それ以来、彼女はバンドの練習にも顔を出さなくなっていた。


その頃、優香は南禅寺の水路閣の下でスケッチブックを広げていた。しかし、描かれる紙の上は真っ白なままだ。冷たい空気が指先にしみる。

「どうして…こんなに描けないんだろう。」
優香は小さくため息をついた。頭を支配しているのは、東京の音楽プロデューサーから受けたスカウトの話だった。


回想シーン:スカウトの話
文化祭当日のステージが終わった後、観客の一人が優香に声をかけた。
「君の歌、素晴らしかったよ。ぜひ、東京で本格的に音楽活動をしてみないか?」

その言葉に優香は戸惑った。絵を描き続けるつもりだった自分が、なぜ歌の道に誘われるのか。しかも東京――それは母親との生活を捨てることを意味していた。


「…どうすればいいんだろう。」
スケッチブックを閉じた優香は、スマートフォンを取り出し、アキラの連絡先を見つめた。だが、結局メッセージを送ることができなかった。


アキラの葛藤
一方、アキラも自分の将来に悩んでいた。父親は医師の道を強く勧めているが、バンド活動を通じて音楽への情熱も捨てられない。大学受験が迫る中、練習の時間を減らさざるを得なくなっていた。

「これでいいのか…?」
自室の机で参考書を開きながら、ふとギターに目をやる。その瞬間、文化祭のステージで優香が歌った光景が浮かんだ。

「俺にとっても、優香さんにとっても、音楽はただの趣味じゃないんだよな。」


再会:哲学の道でのすれ違い
ある日曜日、アキラは久しぶりに哲学の道を訪れた。枯葉が風に舞い、石畳の上に音もなく積もっている。前方に人影を見つけ、思わず足を止めた。

「優香さん…?」
振り返った優香の顔には疲れが見えた。彼女もまた、考え事を整理するためにこの道を訪れていたのだ。

「アキラさん…久しぶりですね。」
「本当に久しぶりだね。最近どうしてた?」
アキラは優しく声をかけるが、優香は少し俯いたまま答えた。

「いろいろ考えることがあって…。その…文化祭のあと、東京から音楽の話をもらったんです。」
「東京?それって、すごい話じゃないか。」
アキラは驚きながらも、どこか胸がざわつく感覚を覚えた。

「でも…母は反対していて。私も、どうしていいのか分からないんです。」
優香の声が小さく震えていた。アキラは一瞬言葉を失ったが、思い切って言った。

「もし、優香さんが歌いたいなら、行くべきだと思う。俺は応援するよ。」
「…本当にそう思いますか?」
「思う。でも、優香さんが決めることだよ。」

優香は静かに頷いた。だが、その表情には不安が消えていなかった。


別れの予感
その日を境に、優香はアキラとの連絡をさらに避けるようになった。彼女は東京行きを真剣に考え始めていたが、アキラにどう伝えればいいのか分からなかったのだ。

アキラもまた、自分が優香に何を言うべきか分からず、悶々とした日々を送っていた。
「…本当にこれでいいのか。」
二人の間に少しずつ広がる距離感は、哲学の道の冷たさと重なり合っていた。


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