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受け入れること
ある日わたしは、余計な物がなくて片付いた部屋って気持ちいいなと気づきました。とある滞在型ホテルに宿泊した時のことです。
物が少ないので散らかることもなく片付けに追われることがありません。心の余裕が生まれて、子供たちと過ごす時間を楽しむことができました。
私は頭の中で家の部屋を思い浮かべ、部屋の中に並ぶ数えきれないほどの物たちを見渡しました。あるのが当たり前になっていたけど、実は使うことや片付けることに追われて私は時間をうまく使いこなしていなかったのではないのかと思いました。時間に追われて生まれた小さなストレスが、いつしか成長して背後霊のように私にくっついて家の中を歩き回っている様子が思い浮かびました。
私は家に帰るとさっそく断捨離を始めました。これまで片付けの本で読んだことを思い出し、長いこと使っていないもの、これからしばらく使う予定がなさそうなもの、ときめかないもの、ただ何となく保管したままで、あることも忘れてたいた思い出のものなど毎日、毎週、手放し続けました。たくさんの物と一緒に"必要だ"という思い込みも捨てていきました。
ところが、いつまで経っても生活は変わらず、ひたすら早く片付けなきゃ、と焦るばかりの毎日が続きます。ごちゃっと物が並んでいる部屋を見渡してはため息が出ます。
部屋は使う人の頭の中を表しているんだよ。と聞いたことのある言葉を思い出して情けなくなります。整理収納の勉強もして資格を取ったりして理屈は理解しても、実現することができません。
次の引越しに期待して、その時に生まれ変わろう!とあやふやな決意で自分を誤魔化そうともしますが、心の奥底ではすっきりしない片付けのことが引っかかったままです。
そんな日常を過ごしながら、ある時車を運転していると、「物を捨てきれていない、片付けがうまくできていない私はダメな人間だ。」と自分にダメ出しをする自分の存在に気づきました。
私の心がすっきりしないのは、片付けができていないことではなく、片付けができていない自分を責め続けているからだったのです。
本当は、たくさんの方たちが書いている整理収納の本をよく読み真面目に取り組んだり、プロに頼めばもっと理想の生活スタイルを手に入れることはできたのかもしれません。
でもその前に、できていない自分を許すこと、認めてあげることが大事なのかもしれません。
「これはいらない、必要ない、あったらダメなもの」と物に対して持っていた考えを、自分に対しても思っていたのでしょう。
すっきりした暮らしを実現する前に、まずはずっと排除しようと必死になっていたものたちの存在を認めてあげようと思います。
そして片付いていなくてもいい、家族とリラックスして過ごす時間を楽しむことを何よりも最初にしたいと思います。
わたしはただおおらかに笑っていたいのです。やり残したことがたくさんあっても、おおらかに笑って過ごすことを自分に許可します。