TheBazaarExpress52、素性を選び抜かれた素材の力~手作り桶「桶栄」編
「そうか、桶栄さんの桶はそんなに繊細なんだ---」
今年二月。東京ドームを会場とするテーブルウエア・フェスティバルを取り仕切る代理店の担当者、佐藤雄太は改めてそう驚いた記憶がある。
「ドーム内の湿度は何%ですか」
開幕を前に商品のセッティングを終えた桶栄四代目、川又勝美がそう訊ねてきたからだ。
無理もない。今年で十四回目となるこのイヴェントは、主にテーブルの上を飾る世界の陶磁器を中心に展開されてきた。
そこに今回、川又が造る江戸の木桶が陳列されることになった。審査を経ないと参加は認められないから、桶栄の商品群は、陶磁器や漆器と並ぶ美しさが認められた事になる。「それにしてもドーム内の湿度があまり低いと、木によくないですからね」
広いドームを見回して川又が言う。
その手もとには、洋銀製の箍を使ったワインクーラーやアイスペール、ウッドコンテナ等が並べられている。洋食器と並んでも遜色のないその存在感こそが、一二〇年の歴史を誇る桶栄と銘を打たれた木桶の真髄だ。
※
「うちでは素材となる木は、それなりの素性があるものでないと使えません」
深川にある工房を訪ねた時、川又はそう言った。目の前の庭には、柾目に割られた木がキャンプファイヤーのように一〇数段に組み上げられている。素人がそれを見ただけではわからないが、木曽の山奥の国有林から切り出される天然物の椹で、樹齢が二〇〇年以上のものでないと使えないという。
「そうでないと木目が美しくないし木質が荒くて鉈で割れません。全て手作りのうちの工法に耐えられないんです。もちろん仕上がりも香りも、この材が最高です。長年使っても黒ずんでこないんです」
今日では林野庁の方針で、この条件にあてはまる木材は一年間に山で育った分だけしか伐採が許されない。だからいくら大金を積んでも買えるものではないという。
「うちがこれを買えるのは、先々代から取り引きがある木場の材木屋さんとの信頼関係です。この前木曽に木を見に行きましたが、野球場四面ほどもある材木置き場中を見ても、これだけの材はありませんでしたから」
しかも桶栄では、その材を海水と淡水が混じる木場の堀に浮かべてヤニを取り、風雨に晒してアクを抜いて天日で乾燥させる。作業前に材木をたっぷり暴れさせるた方が品物になった時に狂わないからだという。
こうした材料の吟味や工法が確立したのは、二代め栄吉の頃からだった。少年の日、川又は作業場の木屑で遊びながら父と祖父の仕事を見るとはなしに見ていた。
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