TheBazaarExpress117、『ペテン師と天才~佐村河内事件の全貌』、8章、交響曲第一番HIROSHIMA、最初の三角形の完成
・ゲーム業界とクラシック界
「近年、交響曲第一番に着手」
2001年1月11日発売の「鬼武者オリジナル・サンドトラック、交響組曲『ライジング・サン』」の二枚組CDに添えられたパンフレットに書かれたその言葉。
それこそが、佐村河内から新垣に与えられた次のミッションを予告する言葉だった。
佐村河内は「次は交響曲です」という言葉を、99年の段階でお茶の水のホテルに籠もって「ライジング・サン」を書いていた新垣に告げている。この時新垣は、目の前の作業に熱中していて受け流していたが、作業を終えてみると、次第に「交響曲」の魅力に取りつかれている自分を感じていた。
佐村河内は、このミッションのスケールをこう語った。
「今度の曲はCD一枚分、74分のフルオーケストラの規模で書いてください。これまでの3曲は素晴しい出来ばえでした。今度は、全ての作業を新垣さんにお願いします。要望は出しますが、テーマとなるメロディもアレンジも全てお願いします。ゲーム音楽を聴いている若者たちに聴かせる交響曲をつくりましょう。報酬は、今までの作曲が全てボランティアでしたから、今度は200万円を考えています」
新垣は、この依頼を引き受けるかべきか否か、相当逡巡した。これまでの3曲は、いずれも映画音楽やゲーム音楽だった。それならば、クラシック以外の世界の音楽を作るためのスタッフ、あるいはアシスタントとしてプロダクツに参加したという大義名分が立つ。その作業の内実がどんなものであれ、クラシックの世界の住人である新垣には、「所詮よそ事」の気持があった。
ところが今回は「交響曲」という、クラシックの世界でも最高峰の楽曲の依頼だった。「何でもスケールの大きなもの、史上初のもの」が好きな佐村河内らしい依頼だ。たとえ依頼者がその内実を理解していないとしても、今回ばかりは「よそ事」として逃げるわけにはいかない。
ただし、佐村河内の意図は「ゲーム好きな人間たちにクラシック音楽のよさを聴いてほしい」だった。そうであるなら、クラシックの住人である自分が作曲して、ゲーム好きな若者たちをその世界に引っ張ってくるのには意味があるのではないか。たとえ作品はフィクション(ゴーストライティングされたもの)でも、やるべきではないかという思いもあった。
この曲ができたら、佐村河内は自ら「交響曲の作曲家」として世の中に出て行こうとするだろう。けれどその意思は、ゲーム業界の中で宣言しただけなのだからまだクラシック界には届いていない。
ならば自分がこの仕事を引き受けても、クラシック界には知られることはないだろう。大丈夫かな―――。
そう考えると、この仕事は極めて魅力的なものだった。
何より、クラシック界においてCD一枚分74分もの楽曲を委嘱されることはまずない。それが実現すれば、大編成のオーケストラが演奏してくれる予定だという。およそそんなことは、今日のクラシック界においては荒唐無稽のこと。多くの人にその演奏を聞いてもらえたら、作曲家としてこんな冥利なことはない。
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