TheBazaarExpress105、「ゴーストライター論、第二章」
著者の人生をデザインする喜び~黄金のゴーストライティング作品、「矢沢永吉激論集成りあがり」が生れるまで
2000年のこと。「長崎ぶらぶら節」で直木賞を受賞したばかりの作家・作詩家のなかにし礼氏をインタビューしたとき、のっけからこう質問して少々怒らせてしまったことがあった。
―――作詞家は、いくらヒットを生み出せても、最終的に作品は歌手のものになってしまう。それが寂しかったのではないですか?
なかにし氏は、少し乱暴な口調でこういう内容のことを語りだした。
―――確かに歌は歌手のものだけれど、歌手の個性を自分が書いた歌詞で色濃く制限してしまうことがある。ある意味で、その歌手の個性を殺してしまうほどに。一人の歌手に、死ぬまで歌わなければならない宿命を背負わせてしまう。それが歌づくりの冥利につきるのだ、と。
つまり一つの歌がヒットして、大衆がその歌を歌手の代表曲と認めた時、歌手は一生その歌を背負って生きていくことになる。たとえば北原ミレイにとって『石狩挽歌』は、一生下ろすことのできない業のようなものだ、と言うのだ。
その言葉を聞いたとき、私の背筋には冷たいものが走った。
実はゴーストライティングにも同じような「喜び」がある。
著者と対面し、インタビューを繰り返し、時には著者とともに現場を取材する。同じ時間、同じ体験を共有しながらその歩みやエピソードを聞き出し、周辺の関係者にも取材しながら一冊の書物を練り上げていく。その作業の中で、ライター(インタビュアー)は、前の章で書いたように、著者の中から本人が自覚していないもう一人の人格(魅力)を掘り起こしていく。彫刻師が、一本の木の中に眠る如来像を掘り起こすかのように。
その作業に次いで「構成」という段階もある。筆者が語る人生を時系列で記しても何の感動もない。読者が読みやすいように、感情移入しやすいように、物語が立体化するように構成する。ここにこそ、ライターの「腕」が発揮される。
そうやって生れてきた文章は、著者の当初の思惑から大きく変態し、別の魅力をおびながら世の中に巣立っていく。著者が思ってもみなかった価値がそこに宿り、読者は、それこそが著者の姿だと「錯覚」する。
つまりそれは、著者の人生を「デザイン」しなおすことだ。著者の人生に、著者が思いもしなかった輝きを与え、読者には新たな感動を呼び起こす。その文章を読んだとき、誰よりも驚くのは著者だ。私の人生はこれほどまでにドラマティックだったのか、これほどまでに深いものだったのか、と。
かつてとある芸能人の著者が、執筆の感想を問われて「まだ読んでない」と思わず語ったことがあった。その光景がゴーストライティングという作業の象徴として揶揄されるケースがあるが、本当にゴーストライティングが成功したケースの著者の動揺と感動はこんなものの比ではない。その作品の質によって人生の立ち位置を決められ、その作品の質感によって翌日からの人生を支配される。それは見方を変えれば、ゴーストライターが著者を「かどわかした」と言ってもいい。
本来文学とは無縁の者が突然著書を持ってしまうのだから、それもまた当然だ。
この章では、そんな結果をもたらした「黄金の作品」を紹介しよう。
1、 中野サンプラザのどよめき
当時30歳に手が届こうとしていた小学館の編集者、島本脩二氏(1946年生れ、現在は退職)が驚いたのは、ステージ上の矢沢永吉のパフォーマンスだった。
―――ロックも大人の文化になったなぁ。
時は76年1月8日、中野サンプラザホール。75年にソロアーティストになったばかりの矢沢は、ロサンゼルスでレコーディングした「アイ・ラブ・ユーOK」や「セクシー・キャット」等の曲を熱唱していた。
客席は満杯とは言い難かったが、ヤンキー(不良少年少女)風の若者たちが興奮している。後年になると、その肩には「E.YAZAWA」と大書きされたタオルが登場するのだが、まだ定番のロゴはできていなかったのではないか島本氏は記憶している。
ステージ上の矢沢は、アップテンポのロックンロール調の曲もあるが、むしろ野太いボーカルを十二分に生かしたスローバラードが圧巻だった。ステージ後半で見せるマイクスタンドを使った「マイクターン」も絶品だ。白い特製のマイクスタンドに白いビニールテープでマイクを固定して、それを蹴りあげて回転する派手なパフォーマンスを見せる。
それまでロック・コンサートといえば、自立前の子どもたちがただ騒ぐだけの「集会」だった。けれど島本氏は矢沢の姿を見て、「大人に向けたエンタテインメント性」を感じていたのだ。
このころ島本氏は、74年に創刊された「GORO」の編集者だった。及川正通の劇画や写真ページ等、女性のグラビア以外はなんでも担当していたが、自分では音楽、しかも「ロック」がメインストリームだった。
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