第3回「広報の目的とは、未知のものごとを対象者に正しく正確に届けること」【講演】ゲスト講師:牧 紳太郎さん
広報リーダーシップ学の授業は、講義と演習とゲスト講師の講演で構成しています。
第3回目となる今回は、ゲスト講師として凡そ20年間の広報経験を持つ、プロフェッショナルな広報マン、牧 紳太郎さんをお招きしました。
広報の目的とは
私はイオングループの農業の会社に所属しており、現在は農場で勤務しています。
次は経営戦略や事業戦略の仕事をしたいと考えていますが、数年前まではずっと、広報と広報活動による会社全体から商品に至るまでのブランディング業務に従事していました。
広告代理店時代から数えると凡そ20年間、広報の業務に携わってきました。
広報とはパブリック・リレーションズですから、ステークホルダーとの関係づくりの仕事と言えます。
今回、こうしてお話をするにあたって、広報の目的とは何か?
言語化するとどうなるだろうかと自分なりに考えてまいりました。
「未知のものごとを対象者に正しく、正確に届けること」
私はこんなふうに定義しました。
「牧さん、それって目的じゃなくて手段なんじゃない?」ってよく指摘されるんですが、手段こそが目的という場合もあるんですよね。
そして手段といっても様々で、それぞれに特色があります。
企業はプロダクトやサービスなど、世の中に伝えたいことがたくさんあって、新聞記者も社会の役に立つことを発信したいと思っていて、記者を通して企業と社会との接続をするというか、的確なマッチングをすることが可能であるならば、そうしたハブの役割を担うのが広報であり、広報の目的なんだと自分は思うわけです。
そのあたりのことをもっと詳しく、私のこれまでの経歴をたどりながら説明していきたいと思います。
農業つながりのわらしべ長者
私が広報の仕事をするようになった経緯を語るには、大手自動車メーカーで勤務していた頃まで遡ります。
当時から自然に興味があった私は、会社が経営していた自然学校で先生をやりたいと思っていました。
ところがプレゼンテーション能力を評価されて、2005年の愛知万博(愛・地球博)のエコポイント実証実験パビリオンの運営ディレクターを任されてしまいました。
地球上で起きている様々な環境破壊の現状と、それを救う手立てを来場者にプレゼンし、エコポイント実証実験への参加を呼びかける役割とスタッフ教育が私の主な業務でした。
その仕事が結構うまくいったので、テレビやラジオに出演したりして、当時、ちょっとは私も顔と名前が売れていました。
万博期間中は休みもなく働き通しだったので、万博終了とともに長期休暇をとって、環境をテーマに、バングラデシュ、インド、ネパール、タイ、カンボジアと旅をしたんです。
バングラデシュでは、ゴミの山で働く人々を、インドでは環境教育の現場を、ネパールでは温暖化によって溶解の進む氷河や氷土とその下流域に暮らす人々を知りました。
そうした国々で、日本のODAの支援の現場を目にしました。
日本はたくさんお金を出して支援しているのですが、発展途上で、貧しくてどちらかといえば今日明日の食べ物にも困っている国の人々にダムをプレゼントしたり、高速道路をプレゼントしたりしていました。
巨大なプロジェクトをたくさん拝見させてもらったのですが、いやいや違うだろう、ここは農業だろうと私は思ったわけです。
それですぐ会社に電話して、帰国したら全寮制の農業の学校に行きたいから、1年間休ませてくれと希望を出しました。
その希望が通って、私は農業学校で学びはじめました。
たしか白菜の作付けの作業をしていたときだったと思いますが、大手の広告代理店から私に電話がかかってきました。
エコポイントが国策として推進されることになったので、牧さん手伝ってもらえないですか?という引き抜きの電話でした。
まあ、いいお話ではあったのですが、私は農業がやりたかったので、エコポイントの仕事と同時に農林水産省の仕事を担当させてもらえるのであればと引き受けました。
そうして広告代理店に転職した私は、会社が受託した農林水産省の広報業務に6、7年の間、関わりました。
これが私の広報マンとしてのスタートです。
大手広告代理店ともなれば専門性のある人材は多くいるでしょうが、全寮制の農業学校で農業を学んだ奴なんて私くらいのものだったので、仕事は多くもらえていましたね。
メディアプロモーション業務のほか、ホームページの制作、ロゴやロゴマニュアル制作の仕事なども担当しました。
イオンアグリで広報・ブランディング
2013年までは広告代理店に在籍し、2014年からイオングループのイオンアグリ創造株式会社(以下、イオンアグリ)で働きはじめました。
ここで働くようになったきっかけは、広告代理店を辞めて、イオンアグリに手紙を書いたんです。
自分を広報として採用すれば会社はこうよくなります、という手紙です。
広告代理店で広報をしてきて、広報の仕事に自信があったということもありますが、日本の農業は待ったなしの危機的状況にあると思っていましたし、世の中のことを俯瞰的に見ることができる自分の使命みたいな思いがあったんですね。
そして、私の思いは伝わり、採用してもらえました。
肩書きは「社長室 広報・ブランディング責任者」。
責任者とはいえ、イオングループの中で最も小さな会社で、広報担当は自分一人しかいませんでした。
いわゆるひとり広報です。
ところが、国内のイオングループ数百社の中で、パブリシティ獲得実績が3年連続ナンバーワンという結果を私は出すことができました。
どんな広報戦略を取ったのか、それをこれからお話していきます。
目標は社説欄への社名の掲載
先ほども言いましたが、広報は会社の中で一番、世の中のことを俯瞰的に見なくてはいけないと思っています。
会社が生活者や世相に注視せず、会社のことだけを考えた正しくない意思決定をしていたら、それに迎合せずに、社長にだって正面から異議を唱える必要があると思っています。
そのため私は、会社に出勤したら、主要な新聞から業界紙に至るまでほぼすべての新聞に目を通すことから一日をスタートさせていました。
今は新聞を購読することは少なくなって、WEBに代用されてきています。
今の私の部署でも新聞を取っていないので、仕方なく家で日本農業新聞と日本経済新聞だけは読んでいます。
社会の中で事業をしている我々は、社会にどういう動きがあって、どう見られていて、どんな課題があって、それらに対してどう事業を行い、どう整合させていくか考えることが仕事であり、社会の動きを知らずして戦略も何もないと思います。
昨今、WEBでは特定の記事しか読まなくなってしまいます。
新聞には社会面だけでなく経済面や生活面など様々な切り口があります。
4コマ漫画や広告なんかも実は世相を反映しているので目を通すことには意味があると思います。
そして何より社説です。
私は社説を重視していて、広報として各社の社説に会社名を載せることをいつも目標にしてきました。
社説は新聞社にとって特別な場所であり、主義主張を声高に唱えられる聖域です。
魂と言えるかも知れません。
特に私が最大の目標としていたのは日本経済新聞の社説欄です。
広報は会社と社会をつなぐハブ
そして私の定義した、広報の目的へと話はつながります。
「未知のものごとを対象者に正しく正確に届けること」
広報というフィルターを通すことで、事実がねじ曲がってしまってはいけません。
良いニュースも悪いニュースも誤魔化さずに届ける必要があります。
「正しく」「正確に」と言葉を重ねたのは、事実を正確に伝えることに加えて、倫理的に正しいという意味があるからです。
「対象者」が新聞記者だとして、記者は私たち広報社員に友だち関係を求めているわけではありません。
そして広報社員である私の話を100%鵜呑みにすることもありません。
いくら懇意にしていて、人間関係がつくられていたとしても、足もとを掬われることはあります。
それは人を信じていないということではありません。
新聞記者は公益性という正義感で記事を書いているからです。
ですから、すべてがこちらに都合が良いように書いてくれるということなんてありえないと思わなくてはなりません。
それから、ニュースソースによって「対象者」が誰かを考慮する必要があります。
例えば新商品の発表をするときには、食品であれば経済新聞よりも食品の業界紙の方が良いかも知れないし、冷凍食品の専門紙というのもあります。
「未知のものごと」とは今言ったように、新商品かも知れないし、中期経営計画の策定や環境配慮の施策かも知れません。
何を伝えたいのかによって、それを媒介してくれる対象者は違います。
それを正しく把握するためには全メディアに目を通しておく必要があるのです。
そうして、このニュースだったら、あの記者に書いてもらったら良いということが分かってきます。
広報が会社と社会をつなぐハブであると考えたなら、情報の鮮度が落ちないうちに適切な発信者を見定める交換士のようなものであり、つなぐこと自体が重要な目的と言えるでしょう。
だから広報は情報を届けるという手段自体が目的であると私は思うのです。
そして、広報業務をおこなう上で大切な指針が3つあると思っています。
それは、「情報整理力」「コーディネート力」「社会デザイン力」です。
大抵の場合、ニュースソースの発生源には、膨大な情報と熱意や背景がある場合が多く、対して事件事故の場合では、確度の低い情報ばかりという状況があります。
それらの情報をきちんと整理して、何が肝なのかを理解して、どんなストーリーで伝えるべきなのか伝え方を考えて、そして伝える先としてふさわしいメディア、ふさわしい記者をコーディネートします。
「社会デザイン」とは広報マンとしてのビジョンのことです。
例えば日本の農業がこうなって欲しいというビジョンを私たちが持って、私たちの会社が頑張ることによって公益性が保たれて、その最前線に立つ広報マンが、分かりやすく整理された情報とコーディネート力で、理想とする社会に近づけていくことが広報の醍醐味だと思います。
記者の過去の記事まで徹底的に調べる
広報をよく知らない学生などは、「広告宣伝や販促などと広報は似ていますよね」というのですが、本質はまったく違います。
お金を出したら広告や販促はできますが、お金を出さずに正しく情報を発信して、それを社会のためになるようにメディアの皆さんに書いてもらうことは、かなり高度な次元の仕事です。
価値ある仕事と認識して、私は誇りを持って広報してきました。
イオングループの中でパブリシティ獲得ナンバーワンになれたのは、新聞記事や記者のことを徹底的に研究したからです。
新聞記者は、それぞれ専門や得意な分野があります。
本当に気に入った記者がいて、絶対その記者に記事を書いてもらいたいと思ったら、バックグラウンドや執筆歴、ニュースの出し方などを徹底的に調べ上げて、ニュースの文章を丸暗記するくらい勉強して会いに行きました。
自分に興味を持ってくれて、自分が過去に書いた記事に感想を言ってくれる広報社員がいたら記者も悪い気はしないですよね。
先ほども言ったように記者は友人ではありません。
味方になってくれることもありますが、敵になることだってあります。
徹底的に調べることで身を守ることもできるし、好かれることもできると思います。
2015年4月1日の日経新聞社説
最後に私の広報としての自慢話を二つして、本日の講義を締め括りたいと思います。
先ほど私は、新聞では社説がとても重要で、新聞社の魂であると言いました。
私は広報マンとして、社説に自分の会社の社名を掲載することを目標にしてきました。
4月1日は社会では何の日ですか?
新年度のはじまり、入社式の日ですね。
2015年の4月1日の日本経済新聞の社説はこんな内容でした。
大見出しには、
「若者が魅力を感じる農業の将来像描け」
とあり、国内農業の窮状を伝える言葉が並ぶ一方で、若者たちが自らの出世よりも社会や人のためになる仕事をしたいという、とても前向きな文章が綴られていました。
そして小見出しには、
「新人と向き合う職場づくりを」
とあり、
「イオングループで野菜などの生産を担うイオンアグリでは今春の40人の採用計画に対し、100倍の応募があった。企業などが受け皿を整えれば農業を志す若者は増える」
と掲載されたのです。
日本の農業は労働基準法に除外された産業で、1日が休憩なしの12時間労働であっても問題ありません。
休日や割増賃金に決まりもありません。
また、18歳に満たない者に時間外労働や深夜労働に就かせてもお咎めがありません。
そんな産業だから若い人は誰も農業をしたいとは思わないわけです。
ところがイオンの農業は、週休二日制で、半年に一度10連休を取ることが義務付けられています。
給料も一般企業並みに支給され、ボーナスもあります。
農業の知識や技術を学べて大型トラクターを運転できるなど、スキルアップ、学習、成長の機会があります。
これなら若い人が農業に目を向ける。
イオンアグリは日本の農業を変えるだろう、と日経新聞の記者は実感してくれたのです。
私の中では日経新聞の社説に掲載されることは広報として何より美しい、崇高なことと思っていましたので、この社説を目にしたときは天にも昇る気分でした。
株主総会で拍手喝采
もう一つエピソードをご紹介します。
赤字の会社を子会社化したことで、親会社が大幅な赤字決算に陥った年がありました。
親会社の人たちだってもちろん分かっていましたが、それを承知で、私は親会社を訪れて「このままじゃ株主総会だいぶ荒れますよ」と迫りました。
グループの一番小さな会社の広報社員が生意気なことを言うので相当うるさがられましたが、何度も何度もしつこいくらい本社を訪ねました。
そうしたら「お前は何が言いたいんだ⁉️」というわけです。
実はその言葉を待っていました。
「一つだけ方法があります」と私は言いました。
今年は赤字に転落したけれど、一方で大きな産業に育ちそうな可能性を秘めている、グループで唯一の生産者でありメーカーであるイオンアグリの動画を、株主総会の冒頭20分に流すべきだと言ったんです。
当時、イオンアグリの農場に農学部出身の女性の農場長がいて、自分の子どもに食べさせたいと思えるような健康に配慮した、安全な農作物を作りたいと私に話してくれたことがあります。
そんなインタビューを動画にして、「会社は、重要な社会課題に目を向けていて成果があがっています。その成長産業で、女性の農場長がいきいきと活躍している姿を株主の皆さんに見ていただきたい。」と社長が紹介をしたうえで動画を流しましょうと提案しました。
結果的に私の提案は通り、動画が放映されました。
そうしたら大幅赤字の年の株主総会にもかかわらず拍手喝采が起きました。
株主は、もちろん現在の会社の業績にも注目しますが、新しい可能性が見出せるならば、期待を持ち、応援してくれるのです。
新聞記者も大幅赤字について書こうと待ち構えていたのが、ガラリと雰囲気が変わりました。
これは私が広報として、会社の誰よりも高い視座で世の中を見ていたからこそできたことだと思っています。
以上2つのエピソードが、私の20年間の広報生活の中で胸を張ってお話しできることです。
本日の私の講演はこれでおしまいです。
いかがだったでしょうか?
広報がどんな仕事なのか、何が大切なのかを少しだけでも感じていただけたらうれしく思います。
ご清聴ありがとうございました。
牧さんに盛大な拍手をお願いします。
牧さん、貴重なお話ありがとうございました。
本日の授業は以上となります。
みなさん、お疲れ様でした。
次回は、ステークホルダー・コミュニケーションです。
一方向の情報伝達ではなく、SNSを活用したコミュニケーションやオウンドメディアについて学んでいきたいと思います。
どうぞお楽しみに。