小説「魔法使いのDNA」/#012
12
恭輔
晃さんとライブハウスに行って以来、銀ちゃんの息子の怜がよくオレの家に遊びに来るようになった。
音楽の趣味は重なることが多かったけど、音楽の知識は怜の方がオレよりもはるかに持っていた。
オレは怜のギターの音色の選び方のセンスと、知っているフレーズの多様さと練習量に裏付けされたテクニックにただただ感心した。
オレは受験生で受験勉強の追い込みに入っていたので、音楽の話をして遊んでいる暇なんてもちろんなかったのだけれど、怜は大学1年生で有名私立大学に通っていて、家庭教師のアルバイトをやっていたりするが、オレの勉強はただで見てくれた。
特に英語の教え方はサイコーだった。
「俺と一緒にバンドを組んでプロになったらアメリカをめざそう。」
と怜はふざけているとも真面目とも判断がつかない口調で言った。
親父のこと覚えてる?って怜に聞かれたけど、正直、よくは覚えていない。
あんなに大好きで、トイレの中にまでくっついていっていたくせに薄情な奴だなって兄貴は言うんだけど、自分の気持ちとかは別にしてホントによく覚えていないんだから仕方がないっていつも言ってる。
頭では覚えていないんだけど、街を歩いていて急に胸がきゅうっとなって、意味もわからずに目頭が熱くなる時がある。
たぶん、親父と一緒の思い出にオレの中の何かが反応してるんだろうってオレは言った。
「俺の親父覚えているだろ?普段からあんな感じでチャラチャラしてる。昔からそうで、父親参観日とかに学校に来る時も目立つ格好で来ちゃって、俺は恥ずかしかった。でも、ずっとあのスタイルで通しているのが最近カッコ良く思えてきた。ダサカッコイイって奴だな。パロディとか演出とかじゃなくて本気で自分がカッコイイと信じてやってるカッコ悪さの中からにじみ出るカッコ良さ。」
「少しだけ理解る気がする。」とオレは答えた。
「そんな俺の親父がさ、お前の親父は俺の永遠のライバルなんだ、って言うんだよ。」と言って、怜は本棚に立てかけてあるギターを持ってベッドの縁に腰を掛け、弦を一本ずつ弾いてチューニングをはじめた。
「うちの親父もお前の親父も音楽で飯を食ってたわけじゃない癖に、ライバルとか言っちゃってるのは変だけどな。でも、そんなのって嫌いじゃないな俺。」
と怜は言って、ギターを弾きはじめた。
「俺の親父、お前の親父が昔かけた魔法が今もとけないのさ。」
オレは「ふ~ん。」とだけ答えた。
何度目かに怜がオレの部屋に遊びにきた時に、怜がこんなことを言った。
「そういえば、俺たちがはじめた会ったあのライブハウスで恭輔と一緒に来た、算数の先生が、お前が好い声しているって言ってたよな。ちょっと歌ってみろよ。」
「たいしたことはないよ。」
と言いながらオレは怜が持参してきたアコースティックギターを膝に乗せた。
「何、歌ったらいいかな?」とオレが聞くと
「RCサクセション。」と怜が言った。
日本には忌野清志郎という偉大なロックスターがいたけれど、オレがRCサクセションを初めて聴いた時にはもうすでに天国に行っていた。
「う~ん、歌える歌はあるけど、ギターが弾けないな。」と言うと、
「俺が弾く。」と言って怜は俺の膝からギターをさらっていった。
「Oh!BABYは知ってるか?」怜が俺の顔をのぞき込む。
「メイビー。」オレは頭の中でメロディを思い浮かべる。
イントロからいきなり歌がはじまる曲なので歌い出しが難しい。
怜がギターのボディを軽く叩いてカウントを4つ取って、呼吸をあわせてオレは歌い出した。
オレが歌い出すと怜はハッとしたようにしてオレの顔を見て、ギターを弾く手を止めた。
そして「悪い、もう一回良いかな。」と言ってカウントを取り直し、もう一度最初から曲を弾きはじめた。
ワンコーラス歌い終わると、右手の掌でギターの残響を押さえて止めて、膝からギターを降ろして、座っていたベッドに立てかけた。
「いいよ、すごくいい。」
怜は正面の壁を見つめて言った。
そしてくるりと首をまわしてオレの方に顔を向けると。
「お前、ホントに好い声だなあ。」と言った。
「あと、どんな歌を歌える?」と怜はオレに質問した。
オレが自分から答えるまでもなく、あの曲は歌えるか?これはどうだ?と聞きながらオレの机の上のメモ帳を引きちぎってメモをしていった。
「これから、路上ライブをしに行かないか?」と興奮したように怜が言った。
オレは面白そうだなと思ったけれど、町で歌うなんてしたことなかったので少しだけ躊躇った。
「まあ、なんでも経験だよ。」
怜はギターをハードケースにしまうと、立ち上がってオレを促した。
家の外に出ると、いつの間にか外は夕暮れが近づいていて、続いていた暑さも少しやわらいでいた。蝉の声もどこか力がなくて儚い気がした。
頭の上をトンボが2匹通り過ぎて行き、秋がやってきたんだなとオレは思った。
「人前で歌ったことはあるか?」と怜が聞いた。
「音楽の時間に。歌のテスト。」とオレは答えた。
「いや、そうじゃなくて。」、苦い表情をした。
「ジョーダン、ジョーダン。」
「楽譜は読めるか?」と怜。
「メイビー。」
「タブ譜?」
「オレ、こう見えてもピアノをずっと習っていたから。」
「そうか、ピアノが弾けるのか。それはいい。」怜はうれしそうに行って空を見上げた。
「雨が降るかも知れないな。」
いつの間にか黒い雲が空を包みはじめていた。
オレと怜は電車に乗った。
駅を出るとそこそこの人の通りがあった。
まだサラリーマンが帰宅する時間にはなっていないけれど。
制服を着た高校生の姿が多く見られた。
知り合いがいるかも知れないけれど、気にはならなかった。
慣れているようで、怜は適当な場所を見つけるとギターケースを置いて、ギターを取り出してストラップをつけて肩にかけた。
そして、手際よくチューニングをはじめた。
怜はいつものように黒いジーンズを穿いていて、Tシャツにはマークボランがプリントされていた。
オレはブルージーンズでバスケをする時に着ていた胸にマークの入ったナイキのTシャツ。
素朴この上ない。
ギターを持っているのは怜だけでオレは歌うだけ。
ちょっと手持ち無沙汰だし、照れくさい気もする。
だけど、二人でギターを持って立ってる姿は想像できない感じがした。
通り行く人たちはそれぞれの目的のために足を速め、オレたちの存在なんて気にも留めずに素通りして行く。
この町でも弾き語りをする若者はさしてめずらしくはなかった。
怜が丁寧にチューニングを終えると、ジャランとギターを鳴らした。
ジーンズのポッケからさっき書いたメモを取り出して、マスキングテープでアコギのボディに貼り付けた。
「これ、セットリスト。見えるか?」
見ると、曲名が書かれていた。
演目のことをセットリストっていうのか、と心の中でつぶやいて、「ああ、見えるよ。」と言った。
その答えにうなずくと、怜は余計な音を出さないですぐにイントロをはじめた。
オレが唄い出すと、人々が息を呑むのがわかった。
一瞬の沈黙があって、振り返る人がいて、立ち止まる人がいた。
誰かと話をしていた人はその話をやめてこっちに注目した。
だけど、その沈黙は時間にして数秒。
またそれぞれの日常に帰って行く。
何かが気になって立ち去れなかった人たちけが少しずつオレたちの周りに集まってきた。
1曲終わる毎に去って行く人がいたけれど、集まって来る人も相変わらずいた。
歌える歌が全部終わって「ありがとうございました。」とだけ挨拶をすると、散り散りにみんな帰って行った。
帰りがけに怜のギターケースの中に小銭を放り込んで行ってくれた人が少しいた。
怜はその小銭を集めて、すぐ後ろのキヨスクでビールを買った。
オレは真面目な高校生というわけではなかったけれど、ビールは飲んだことがなかったし、飲みたいとも思わなかったのでコーラにした。
最初からずっと聴いていた高校生の女の子が居た。
演奏を終えてコーラを飲んでいる時も帰らずに歩道の縁石に腰をかけてオレたちを見ていた。
オレたちはガードレールのところにいて、怜はガードレールに寄りかかって、オレはガードレールに腰を掛けていた。
女子高生は躊躇なくオレの隣に来て、身軽にぴょんとガードレールに飛び乗って腰を掛けた。
そして、「お兄さんたち、大学生?」と聞いた。
「どうして?」とオレが質問すると、
「ビール飲んでるから。」と言って笑った。
「俺は大学生だけど、こいつは高校3年生。受験生だよ。」と怜が言った。
女子高生はオレと怜を交互に見て、
「兄弟?イケメン兄弟だね。」と言った。
「いや、怜は兄貴じゃない。オレのイケメン兄貴はギタリストじゃなくてジャグラーだよ。」と言った。
「ジャグラー?」
怜が反応した。
「ああ、今はアンソニー・なんたらいうジャグラーに師事してアメリカに勉強しに行ってる。」
「そうなのか、スゲー。」
「カッコいい。」
二人はそれぞれに驚いた。
「さすがうちの親父が認めた家族だけあるな。まともな奴は一人もいねーぜ。」
「オーイェイ。」
その、オレのイェイに女子高生は反応した。
「君ホントいい声してるね。」
よく見ると案外可愛い。
「オリジナルの曲はやらないの?」
「まだ俺たちさっき結成したばかりのバンドだからな。」と怜が言った。
え、これってバンドだったんだ、と思ったけれど口には出さなかった。
「オレ、オリジナルあるよ。」と言って、家から持ってきたノートをパラパラとめくった。
何度も開いたページなのでそのページはすぐに見つかった。
オレはメロディを口ずさみながら怜にコードを伝えた。
怜はギターに貼ったメモをはがして、裏返し、女子高生からシャープペンを借りて時々メモを取りながら音を確認していった。
オレたちのはじめての共同作業だった。
そして、あっという間に準備は整った。
「おい、お前きっと自分が思っている以上の天才だぞ。」と怜はうれしそうにオレに言った。
「そりゃそうさ、魔法使いのDNAだからな。」とオレが言った。
「何、それ?」と女子高生は首を傾げたが、オレたち二人はそれを無視した。
町はもうすっかり暗くなっていたが、どうやら雨は降らないらしい。
オレたちは今、打合せをしたばかりのオリジナルの曲を演奏した。
駅は家路に向かうサラリーマンたちでずいぶんと人気が多かったけど、オレの声はよく通った。
立ち止まる人も多かった。
「好い曲ね。」女子高生がつぶやいた。
このショートカットの高校生の女の子が、実はオレの人生の物語の中で、後々に大きな役割を果たすことになるのだけれど、その話はまたの機会にとっておくことにする。
#012を最後までお読みいただきありがとうございます。
#013は4/10(月)に配信します。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。
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