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小説「魔法使いのDNA」/#014

14 
慎太郎

 夢を見た。
 
 ある冬の寒い日、僕は上野公園で大道芸をしていた。
 
 集まってくれたお客さんはまだ10人くらい。
 スティックでトスジャグリングしながら、10人程のお客さんたちに親しく話しかけて笑いをとる。
 大げさに演技をして、わざと失敗したりもしながら、自分で持ち込んだラジカセから流れる効果音と音楽で人々の関心を引く。
 ヘッドセット型のマイクで拡大して僕の声はスピーカーから聞こえるようになっている。
 僕の陽気な声と明るい音楽が公園中に響き渡り、広場が、何かお祭りをやっている的な、イベントをやっている的な雰囲気に包まれて、音に気がついて興味を持った人たちが、磁石が砂鉄を吸い上げるように少しずつ集まってくる。

 広場に集まってきた人たちは、みんな寒そうにしていて、コートを着込んでマフラーを首に巻き、手袋をして、肩を丸めている。
 日だまりを見つけてそこに立ち、太陽の光が表情を笑顔に変える。

 僕は薄着で、真冬の寒空の下、半袖のTシャツに七分丈のパンツという姿。
 広場に降りた日だまりをスポットライトにしてショーをしているけれど、時々吹く木枯らしは凍えるように冷たい。
 
 スティックをしまって、ディアボロという名前の、棒についた紐でコマを回す芸をする。
 両手を上下左右に動かして紐の中央にあるコマを回す。
 時々コマを跳ね上げて宙に浮かし、それをまた紐でキャッチしたりする。  
 視線をコマに向けたまま、観衆に向かって話しかける。
 焼そばを焼きながら会話をする屋台の親父みたいな感じだといつも思う。
 紐のついた棒をもう一つ紙袋から出して来て、いつの間にか人だかりになった観衆の中から中年の男性を選んで前に引っ張り出した。
 紐のついた棒をその男性に渡して、自分がコマを空に放り上げるからそれをキャッチしてくださいと説明する。
 男性は落ち着きなくソワソワしながら観衆の中にいる自分の知り合いを探しながら「わかりました」と返事をする。
 僕はその男性に名前を聞く。
 「野村です。」と男性は生真面目に答えてくれた。
 僕はディアボロを回して、どんどんスピードを上げていき、「さあそれでは投げるので野村さん、ちゃんとキャッチをしてくださいよ」と言って、「1、2」とカウントをとりはじめる。
 野村さんも、観衆の誰もが「1、2、3」の3のタイミングでコマが投げられると思っているが、僕はタイミングを外して2でディアボロを投げる。
 しかもみんなが予想している場所を裏切る方向に。
 当然、野村さんはキャッチすることはできずに、コマは地面を転がる。  
 僕は動きを止めて、転がったコマを眺めてボーッと眺め、ため息をつく。
 野村さんの方を振り返り「ダメじゃないですか」と言って、失敗を野村さんの所為にする。
 野村さんは決まりが悪そうに苦笑いを浮かべている。
 計算通りのリアクションだ。

 そうしたネタを繰り返して行くうちに、観衆はだんだんに盛り上がりはじめ、笑い声や拍手の音が大きくなる。
 僕は快感を感じる。
 ますます調子に乗ってわざと失敗をほのめかしたりしながら芸を続ける。
「次は本番で初めて挑戦する技です」とかうそぶきながら技の難易度を上げていく。
 さらにはギネス記録が4メートルなので、自分は5メートルに挑戦しますとか言ってみる。
 ラジカセを使って流す効果音が芸を盛り上げてくれる。
 
 最後はハシゴを使ったパフォーマンスをする。
 固定されていないハシゴをもったいつけて、一段ずつゆっくりと昇って行き、てっぺんにたどり着いたところで剣を使ってジャグリングする。
 逆立ちは危ないのでやらないけれど、なんとなくそれっぽく見えるポーズを取ってみる。
 「コレは大変危険な技です」とか「何かあったら僕の家族に僕の勇姿を伝えてください」とか危険度をアピールするジョークを交える。
 ショーのクライマックスはハシゴのてっぺんに立って、口に火のついた棒をくわえて、さらに両手で火のついたスティックのジャグリング。
 派手なパフォーマンスで軽い語りに、観衆は大いに盛り上がり、盛大な拍手が湧き上がった。

 僕はハシゴから降りると、道具をしまって、深々とお辞儀をして、観衆のみなさんに感謝の言葉を述べた。
 ふと思い出したように、小道具の詰まった袋の中から大きな帽子を取り出して来て裏返して自分の目の前の地面に置いた。
 「僕はもっともっとみなさんに楽しんでもらえるように、アメリカでジャグリングの修行をしてくるつもりです。みなさんどうぞ期待していてください。そして僕の修行を応援してやってください。応援していただく気持ちは大変うれしくて、ありがたいです。気持ちは大切です。目に見えない気持ちももちろん大切ですが、目に見える気持ちも僕は大好きです。修行にはコレがかかるんです。」と言って僕は右手の親指と人差し指で輪っかをつくった。
 「拍手も本当にうれしくて励まされますが、こっちもうれしいです。みなさんのご厚意を僕は期待しています。」と冗談めかして言うと、大きな拍手と笑いがおこり、すぐに観衆の何人かが僕の前にある帽子に小銭を入れて行ってくれた。

 ショーはこれでお終いで、人だかりの人たちは、またそれぞれの自分たちの目的のために散り散りになっていった。
 人だかりをつくっていた一部の、僕の芸に感心してくれた人の何人かが、その思いを伝えるために小銭や時にはお札を持って僕の前にやってきてくれた。
 女子高生の何人かとは一緒に写真を撮った。
 僕は全力の笑顔を心がけた。
 髪の薄くなったおじさんが握手を求めてきた。観光に団体でやってきたおばさんたち。
 おじいちゃん、おばあちゃん、中国からやってきた旅行客。
 何人もの人と握手をした。
 小さな子どもを抱き上げて一緒に写真も撮った。
 僕なんてまだまだ修行中の大道芸人なのに、サインを欲しいと言って可愛らしいノートを広げて持ってくる女子も居た。
 ショーが終わって時間が過ぎて行くと、段々と人は少なくなっていった。
 
 「どうするお前もお金を入れてくるか?」
 
 お父さんの声に自分がそこに立っていることに気がついた。

 僕はちょっと感動していた。
 大道芸人のお兄さんの芸が終わっても帰ろうとしないで公園に立ちすくんでいる僕にお父さんが声を掛けた。
 「帽子に入れてこいよ。」
 そう言ってお父さんは手袋をした僕の小さな手に五百円玉を握らせた。
 お兄さんの近くにはもうあまり人もいなかった。
 大学生らしい女の人と話しているみたいだ。
 僕はお父さんに背中を押されて、大道芸のお兄さんに向かって駆け出して行った。
 息を切らして走って行って、お兄さんの目の前に立ってお兄さんの顔を見て、そして帽子の中じゃなくて直接、握りしめた五百円を渡した。
 「ありがとう。」
 長身のお兄さんはそういって視線を下げて、少し屈んで僕の顔を見た。

 笑顔をつくって、そしてその笑顔が変な感じに歪んだのはなぜだろう。
 
 この少年は僕だ。
 この少年は僕じゃないか?
 
 僕はあの日、お父さんと美術展に来ていた。
 小学校に入ったばかりの僕に絵なんてよくわからないからお父さんが来たかった美術展につきあって来ただけだった。

 朝早くから家を出て上野にある美術館の一つを訪れた。
 ナントカ美術館展というどこかの国の美術館の作品を集めて開催している美術展で、カラバッジョとかいう名前の人の絵が今回の目玉だったみたいだ。
 僕はカラバッジョってサッカーの選手じゃなかったかな、と思った。
 お父さんにくっついてゆっくり絵を見て回った。
 人物や景色の絵が多くて、退屈ではなかったけれど、どれが良い絵なのかは僕にはわからなかった。お父さんが出口のところで、「どの絵が一番好きだった?」って聞いたけど答えられなかった。

 お昼近くに美術館を出て、僕たちはお腹が空いていた。「早く家に帰って、お母さんと三人でご飯を食べよう」と言いながら駅の方に向かって歩いていくと、途中に広場があった。
 その広場から賑やかな音楽が聞こえていて、人がどんどん集まって来ていた。
 何かやってるみたいだった。
 なんだろうと思って、僕とお父さんは立ち止まって、そして人だかりを掻き分けて何をやっているか見えるところまで潜り込んだ。
 広場の真ん中にはくるくると器用にボーリングのピンみたいなマラカスみたいなスティックを回している大道芸のお兄さんが居た。
 ちょっと見て適当なところで帰ろうと僕もお父さんも思ったけれど、芸もお話も結構面白くて、引き込まれてしまってとうとう最後まで見てしまった。
 あんな芸が僕にもできたら好いな。
 僕も人を楽しませるショーをやりたいな。
 そう強く思ったあの日、あの時から僕はジャグラーになることを目指したのだ。
 
 そしてやっぱりその時にも、僕の隣には父がいた。
 
 大道芸人を目指すことは父が望んだことではないかも知れないけれど、父と美術展に来たことが僕の人生に大きな影響を与えたことは間違いない。


#014を最後までお読みいただきありがとうございます。
#015は4/24(月)に配信します。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。


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