『地獄おっさん』⑤
コウジ、くわえていたタバコをテーブルに落とす。
マサキ、振り返りコウジの視線の先を見る。
マサキ「(呟き)は?…な、なんで?」
マサキ、視線をコウジに戻す。
コウジは落ちたタバコを拾い、火を消している。体は小刻みに震えている。
マサキも、体振るわせ、震えて声で口を開く。
マサキ「コ、コウジ。どうする? どうするよ? なぁー、なぁー」
白いセダンのおっさんは、隣の隣のテーブルに座る。
席に着き、すぐにタバコをくわえる。
女性店員に、野太い声で無愛想にコーヒーとだけ告げる。
コウジ、視線を落としたまま、しっかりした口調で小声で話し出す。
コウジ「マサ、落ち着け! 落ち着かねーと、おっさんに変に勘ぐられちまう。あいつは俺らの車のナンバーも、何にも見てた気配はねーんだ。だから何もねー感じで居ろ!」
マサキは、小さく震える体を、自分の両手で押さえた。
マサキ「そうだよな。あいつは俺らが、あそこにいた事もしらねーんだ。…でも、ホントに、あのおっさんだよな? ちょっとバレねーよーに、軽く見てみるわ」
コウジ「そうだな。一番見ていたのはお前だしな。…だた、ぜってー変なオーラ出すなよ!マジで!」
マサキ「あぁ、わかってる、わかってる…」
マサキ、ゆっくりと視線を隣のおっさんの方に向ける。
おっさんは、マサキから見て左側に座っている。
おっさんは、40代後半くらいの太った体つきに、ハゲた頭。
髭を口のまわりや頬にも生やしていて、顔は油でテカテカと光っている。
目はどこを見ているか分からなく、覇気の無い目をしている。
無駄な動作は一つもなく、淡々とタバコを吸っている。
マサキは、ゆっくりとおっさんを観察する。
太った体でパツパツになっている白いシャツの所々に、何かでふき取った様なシミがある。そのシミは薄っすらと赤みが、かかっている。
マサキ、下を向いて黙っているコウジに見る。
マサキ「…コウジ、やっぱり…やっぱり、さっきのおっさんだよ…」
コウジ「(残念そうに)はぁー…やっぱそうかー…ちなみにさ、念の為に、もう一コだけ確認して欲しいんだ」
マサキ「なんだ?」
コウジ「お前んトコから、駐車場見えるだろ? そこに、さっきの白いセダンってあるの?」
マサキ、視線をガラスの向こうの駐車場に向ける。
駐車場の入り口付近に、さっきの白いセダンを見つける。
マサキ「あるな…」
コウジ「…完璧だな」
店内では、子連れ四人の家族が、会計を済ませ店を出て行く。
先程の女性店員がコーヒーを持ってくる。
店員・女「お待たせいたしました。ホットコーヒーでございます」
女性店員、コーヒーを置き、伝票をおこうとする。伝票がヒラヒラと床に落ちる。
女性店員、その場にかがみ、伝票を拾い上げようとする。
その瞬間、おっさんはさっきまでの覇気の無い表情から、目を見開き不動命王の様な目つきと眉毛で、女性店員の尻を見る。
女性店員が伝票を拾い上げると、また覇気の無い表情に戻る。
店員・女「ごゆっくりどうぞ」
女性店員は、またカウンターへと戻っていく。
マサキ・コウジ、その一部始終を目撃し、青ざめた表情になる。
おっさんが、二人の視線を感じ、覇気の無い目を、一瞬二人に向ける。
二人はおっさんの視線に驚き、スグに視線を戻す。
おっさんは、覇気の無い顔で、二人をじっとみる。
マサキ「(囁くような小声で)おっさん、まだ、見てるだろ?」
コウジ「ちょー視線感じるな…」
コウジ、バレない様に、ゆっくりとした動作で、おっさんの方を見る。
おっさん、まだこちらを凝視している。
コウジ、またスグに視線を戻す。そして自分で押さえようとするが、押さえがきかずに、体がガタガタと震え出す。
二人は、おっさんにバレないように、囁く様な声で会話を始める。
マサキ「おい? どうした! おい!」
コウジ「だ、だめだ。…あのおっさん、スゲーこっち見てる…」
マサキ「どうする? 店員呼ぶか?」
コウジ「いや、もう警察呼ぼう。車から携帯とってくる。鍵かしてくれ!」
マサキ「わかった!」
おっさんの覇気の無い目は、まだこちらを凝視している。
マサキ、ポケットから鍵を取り出し、テーブルの上、コウジ寄りに置いた。
音「ジャラ」
鍵は音をたてた。
と、その瞬間。
音「ガタン!」
おっさんはその場に立ち上がり、何も言わず素早い動作で、入り口の方へ早歩きでスタスタ歩いていく。