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やさしさに包まれて

「急だけど今日午後三時からお茶のお稽古しませんか?」
朝から雨模様の寒い日にお師匠さんからラインが来る

お師匠さんもダメ元と思っていたが
気づいたらもう十一月も残り少なくなっている
今月中にもう一度お稽古をと、お師匠さんの気持ちがうれしくて
少し悩んだけどエイヤァ〜と気合いを入れて「行きます」と返信をした

間をおかず「あれ、来られるの!すごい、お弟子さんの鏡、雨だけど気をつけて」とお師匠さんから返事がくる

わさわさとしている間に出掛ける時間がすぐに来てしまう

ちょっと珍しいレモンとジンジャーのチョコレートがあったからおみあげに持って行こう

時間通りに行くとご主人のタツ先生と娘さんのミナ先生の顔が見える

入って行くと先日お茶会でお会いした姉弟子さんがお客さんをしていらっしゃる
もうひとり初めてお目にかかるベテランの姉弟子さんはお点前をしている
二人共、和服姿である
ミナ先生に呼び入れられて、私もお客さんになる
「お茶に必要な物は?」
手ぶらで入ろうとする私にミナ先生は質問をされる
あっ…いけない、いけない
バックから帛紗ふくさばさみに入った懐紙かいしや楊枝入れ、帛紗、扇子の入った数寄屋袋を取り出して正客さんの隣り座り
慌てて扇子を前に置いて挨拶をする

正客役の姉弟子さんは十二月初旬にお点前デビューをすると言われ、ベテランの姉弟子さんのお点前を注意深く拝見している
この間お茶会デビューをしたばかりの私にはどれもこれもがちんぷんかんぷん

丸二年でお点前デビューをする姉弟子さんとお点前をされるベテランの姉弟子さんの所作をただ見詰めるだけ

若いミナ先生はピリリとして、しっかりとメリハリをつけた指導をされている

私はふわっと包み込むような優しいすず先生に上手に仕込まれていることを幸せだと感謝する
上手く上手く手のひらに乗せられて、何とか半年続けられてきた

お菓子を頂き、薄茶を飲む
あゝしあわせの瞬間
それでも気を抜けない
不思議だけど背筋が伸びる

お菓子を食べた器と空になった抹茶茶碗は誰もいない私の縁内へりうちの左手に置いておく

なつめ茶杓ちゃしゃくを拝見して
拝見した棗や茶杓を正客さんと共にご亭主にお返しをする
初めてやる所作は難しい、一度では覚えられない
やっぱりお茶は奥が深い
次々と新しいことがやって来る

まだまだ先は長いぞ…

姉弟子さんたちがお稽古を終えられて帰られる
「かなちゃん、こっちでお稽古をしましょう」
隣り和室からすず先生に呼ばれると
水屋で盆略点前の準備をする
準備をしてから扇子を前に置いて
「盆略点前のお稽古、よろしくお願いします」
と挨拶をする

最近では滅多に可笑おかしなことはしなくなり、でも左右の足の出し方をまだまだ覚えられないでいる

これでも本当にお茶を習っている人の姿になっているのか?

少しずつ少しずつ今までは見逃してもらっていた所作も注意されるようになって来ているが…

やっぱり柳のようなしなやかすず先生は教え方が上手いのね

お弟子さんたちが帰られて、お茶のお稽古を終えたミナ先生は隣りの部屋でつづみの練習を始める

何だか面白い、合いの手と鼓の音を聞きながらお茶のお稽古をするなんて…

すず先生との略盆点前のお稽古はゆっくりゆっくり進んで行く
さすが、私のペースを分かってくれている

左利きの私は右手でお茶をたてるのが苦手である
「かなちゃん、左手でお茶をたててもいいのよ」と言って下さるが
いつも私は「右でやります」と答える

家ではちゃんとお抹茶が泡立つのに
やっぱり人前だと緊張するらしい

なんとかお稽古をやり終えて、挨拶をして
外へ出るともう真っ暗
あゝくたびれた

お客さんでの初めての所作をしてから
略盆点前のお稽古を二回すると…

どこへも寄らずに真っ直ぐ帰る

バタンキューから翌々日のことであるにもかかわらず
どうしてもお稽古をやりたくなる

すず先生とのお稽古はやっぱり楽しい
お師匠さんのやさしさに包まれて
何もかもが心地良い



やさしい、柔らかい、楽しいものに出逢えてしあわせ

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ノリかな
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